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異形塔のトートロジー  作者: Damzel
第一章「堕王の都」
3/3

爪痕の主

ひたひたと忍び寄る、四足の音。

「───それで、お前さんはこの写真の奴についてなんも知らねェと。」


「えぇ。来て下さったお客様の顔は必ず覚えているから間違い無いわ。…ところで、その写真は何方?この辺りで物騒な事が起きてるって言うのは聞いたのだけど…また新しく死体が出たのかしら。」


事務所からしばらく歩いた大通りにあるバーや店に立ち寄り、話を聞いてみたが未だ有力な情報は得られない。懇意にしている酒屋の店主も知らないとなると、この近辺で頼りになるような情報源は無くなったようにも思われた。


「いや、違ェよ。ただの人探しさ。…ところで、物騒な事って言うと…あれか、変死体がごろごろ転がってるってやつか?」


「あら、ご存知なの?つい昨日もそこの路地で死体が見つかったのよ。顔を爪か何かで掻き毟られて…酷い有様だったらしいわ。」


「顔を掻き毟られて…ねェ?ひでェ殺し方するやつも居るもんだ。一体誰が殺されたんだ?」


「そこの診療所のお医者さんの…晧さんだったかしら。50代後半くらいの優しい雰囲気の人だったわね。…実は晧さんね、ずっと前の事だけど弟さんも同じような死に方をしていたそうよ。すごくショックを受けてて、犯人は絶対に許さないって街の皆と協力して長い間探し回ってたんだけど…本当に残念だわ。」


「兄弟そろって顔を潰されてたのか?」


「ええ、爪でずっとガリガリ引き裂かれたようだったって。第一発見者が晧さんだったから、尚のこと…ね。」


「ほーう…その兄弟は、恨みを買うような人物だったか?」


「まさか、二人ともとても優しくて慈悲深い人だったわ。誰にでも分け隔て無く接して施しを与えるような、善意を人間にしたような人達よ。」


「…良い奴ほど先に逝く、って言葉が有ってな。善意ってのは悪意にも成りうる。その行為が正しく皆に受け入れられると信じているから余計タチが悪い。ま、今回もそのケースかどうかは分からんがね。…そろそろ行く。仕事の邪魔して悪かったな。」


「いいえ、これくらいお安い御用だわ。それより依頼を今度頼みたいのだけど、いつが空いてるかしら?息子の面倒を見て欲しいの。」


「おいおい、それは凡そ探偵がやる仕事じゃねェだろ。俺は何でも屋じゃねェんだよ。」


「冗談よ。…気をつけて、いってらっしゃいね。」


軽く口元に笑みを浮かべ店を後にすると、人並みに揉まれながら先程得た情報を頭の中で整理する。


先程依頼主から貰った資料にあった被害者は全て五十代程度の男性だった。昨日上がったとかいう死体も含めると10人程度。死に方はまばらだが、被害者の年齢層が限定的だ。持ち物などの紛失も無いらしいので、目的は金品などの強奪でも無い。


(復讐か、或いは特定の人物に対する当てつけ…いや、なら何故顔を潰す?同じ年齢層で似たような顔つきの者に対しての見せしめ、或いは当てつけであるならばそんな事はしないだろう…)


顔を引き裂かれて死んでいた被害者は10人のうち2人、晧とかいう人物と花屋の主人だったとかいう男。どれも優しげな目元の老人で、特筆して怪しいような印象は無い。後、気になると言えば同じ死に方をした晧の弟という奴だが。


「…全く、面倒な案件だな。」


「おにーさん、ちょっと良いかな。」


目の前に立ち塞がるように、人の波の中から青年がひょこりと現れた。自分より少し歳若い程度で、つややかな黒髪と金色に光る丸い瞳が猫を思わせる。


(────猫?)


「ぼくちょっと人混みに酔っちゃってさ、どこか人通りの少ない場所で休みたいんだ。案内してほしいな。」


「…何でわざわざ俺に頼むんだ、お前。」


「えぇー?別にいいじゃん。おにいさん優しそうだし、声をかけて止まってくれたのおにいさんだけなんだ。ほら、この街の人って皆私利私欲の塊でしょ?黄狐が治めてるんだからそうなって当然だし。ぼくみたいな金の無い奴が頼んでもきいてくれないんだ。」


青年はうふふ、と金色の瞳を細めてにやりと笑ってみせる。くるくると指先で髪をいじる仕草やその風貌は、まさに猫そのもののようにも見えた。


───初老の男性と、黒猫。あまりにも雰囲気の違いすぎる写真。獣に引き裂かれたような傷。猫を思わせる青年。


かちりと何かが噛み合うような感覚がする。


(あまりにも出来すぎている、が、)


この青年が偶然の事象でないとも限らない。ひとまずは脳の奥で立った仮説を頭の隅に追いやり、青年の横を通り過ぎる。


「悪ィな、急いでんだ。他を当たれ。」


「えー…やだなァ、おにいさんしか頼れないんだよ僕。ねえ、お願い。もう人混みに居るの気持ち悪いんだ。」


細い腕が背中から回され、ふわりと後ろから軽く体重がかかるのが分かる。抱きつかれたのだと理解するまで数秒かかった。


「…人ごみから出るまでだからな。大通りから出たら地図を渡してやるから自分で行け。」


「ほんと?いっしょに行ってくれるの?わぁいありがとう!!あ、ぼくはマオ。あだ名でも何でも好きに呼んで。おにいさんは?」


「名乗る必要も無ェだろう、通行人Aでいい。」


「えぇー、残念。…じゃあ次会った時には名前教えてね、おにいさん。」


するりと腕に青年の細い腕が絡み、しなだれかかるようにして身体をこちらにすり寄せてくる。顔もやや中性的であるせいか、店の娘にも見えてきそうだ。自分の趣味には合わないが。


「おにいさんはさ、お仕事何してるの?」


「あー…まぁ、警察。」


「ヘえ、大変なお仕事だね。特にこの街で取り締まりなんかしたら、一日に何人捕まるか分かんないね。最近は殺人事件も多いし。」


「俺は捕まえる側じゃなくて指示を出す側だからなァ、別に取り締まり云々は部下に任せるさ。…まァ部下がとんだじゃじゃ馬だから扱いは大変だがな。」


「ふふ、大変だね指示を出す側ってのも。」


「…あぁ、大変さ。」


───まァ迷惑をかけたじゃじゃ馬ってのは俺の事ではあるのだが。もう6年前も前のことだ。


大通りは食品店や酒屋、娯楽施設などがところ狭しと並んでいる。それ故に道幅が狭く歩くのにも一苦労だが、抜け道となる細い路地が其処彼処にある。長年住む物はどの路地がどの店への最短ルートかということを熟知しているのだ。その話を昔誰かから聞いたような気もする。


「…えーと、この店とこの店の路地を右、左、左…だったか。」


「へえ、詳しいんだねおにいさん。」


「…知り合いが近くに住んでたんだ。」


「凄いね、その人。余っ程長くこの場所に住んでるんだろうなぁ」


「…さァな。」


路地には湿った空気が満ち、乞食や闇市がひっそりと息づいている。こちらに気づき濁った暗い瞳を向けてくるが、それに気づかないフリをしてしまえばそれまでだ。腕にしがみついてくる青年は慣れていないのか、きょろきょろと辺りに視線を向けていた。


「…おい、前だけ向いてろ。下手に奴らを刺激してやるな。」


「…ごめん、なさい。初めてこんな場所にくるから…慣れなくて。」


きゅ、と腕を掴んでくる手に力が込められる。怯えたように伏せられた視線は無害そのもののようにも見えた。


「…ハ、ひでぇ顔。」


「…うるさいな。」


むっとしたように顔を顰める青年の頭を引き寄せ、腕で目を隠してやる。そのまま引き摺るようにして路地を進めば、公園はもう目と鼻の先であった。


「この道を真っ直ぐ進めば公園だ、もう話しかけんなよ。」


「ありがとうおにいさん、助かったよ。」


背を向け、先の路地を戻ろうと背を向けた刹那。


「──いつかご主人様の所に連れて行ってあげるね。」


ざらりとした暖かい何かが項を舐め上げたような、気味の悪い感覚が走る。はっと体を反転させ先の青年の方を向いた。そこにはとうに青年の姿など無く、野良猫が大きな欠伸をしながら寝転がっているだけであった。


明けましておめでとうございます。

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