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異形塔のトートロジー  作者: Damzel
第一章「堕王の都」
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邂逅は騒々しさと共に

チャイムの音、横断歩道のメロディ、鳥の鳴き声。全てが目まぐるしく、無情な程に移りゆく。


人との出会いも又、それに近いのかもしれない。

半ば日も落ちた頃合、どこまでも広がる空の下、鏡面のように反射する水面をてくてくと「僕」は歩いていた。頬を撫でる風邪はどこか枯れたような匂いを運び、ちりつく寒さを伝えてくる。向こうに見える茜色の半球は、もうじき夜が訪れる事を知らしめるように強く強く燃えていた。


───探さなければ、


何か衝動のようなものに突き動かされるように「僕」は走り出す。ぴしゃりと雫が跳ね、ズボンを濡らす。それを構う暇すら与えない焦燥感に駆られ、茜色の半球に向かって足を懸命に動かした。


───彼女が、泣いている


ふと、燃える空の中に黒いシルエットが浮かび上がる。儚いピアノの旋律と、小さなすすり泣きが聞こえた。走れども走れども、彼女には近づかない。「僕」は彼女に大きく声を張り上げた。名前を呼んだ。しかしいくら叫ぼうと、彼女は見向きすらしない。どんどんと、茜色が藍に侵蝕されてきている。焦りは一層強くなる。


───助けなければ、


彼女がこちらに顔を向けた。表情は影になって見えないが、酷く怯えたように身体を竦ませている。彼女が悲鳴にも似た声で名前を呼んだ。断末魔のようにも聞こえた。彼女は必死に手を伸ばして、こちらへ走り寄ってきて────────




突然、けたたましいアラームの音が入る。がんがんと脳髄に響く無名のアイドルの歌声と意味不明なフレーズが耳障りだ。のそのそと身体を起こす間に、次の曲に移り変わる。これも同じ無名のアイドルの曲だったが。


枕元に落ちている大量の請求書と昨日呼んだ店の娘の媚びるようなメッセージが入った名刺が雑多になって散らばっている。間違いない、これは夢ではなく世間一般でいう「現実」なのだろう。

最悪な寝覚めのせいでカーテンから差し込む太陽の暖かな光にさえ苛立ちを感じるが、今更この程度にイラつく程子供では無い。


「厭世さんおはようございまーすッ!!いやー今日は良い天気ですよとっても、こんな日こそ仕事の一つや二つと言わずに六つも七つもこなしちゃいまs…おや?珍しいですねー起きてるなんて。いつもならアラーム鳴ってても起きないのに。やっぱアイドルはクズをも救うんですね!!」


「…何雇い主サラッと貶してんだヴィクターてめェ…ご丁寧にアラームまで音量いじった挙句訳分からんアイドルの歌に変えただと?一度去勢しないと凝りねェようだな脳みそ花畑野郎。」


「去勢とか言わないで!!僕のアイデンティティが無くなっちゃうから色々とッ!!」


「(脳みそ花畑は良いのか…)」


「…って、そーれーよーりーも!!久々にお仕事の依頼が来てるんですよ。わざわざ依頼主さんも事務所に来てくださってるんですからさっさと着替えてください。」


「は?今?まだ起きたばっかだぞ俺は。」


「お仕事のご依頼なら僕が承りますって言ったんですけどー、”本人に直接話させてもらう、取り敢えず寝坊助を叩き起してこい”と。


依頼主さん待たせるのも良くないですし?ついでに日頃花畑野郎だの顔面詐欺だの酷いあだ名で呼ばれた恨みも晴らしたいですし?ちゃちゃーっと叩き起しに来ちゃった的な?」


「張り倒すぞ」


「やーんひっどーい♡それじゃ依頼主さん応接間にお通ししちゃってるんで早めにお願いしまーす♡」


無駄にきゃぴきゃぴした助手(性別超越済)はわざとらしくウインクをしながら寝室から出ていく。どうせなら依頼主とやらが立ち去るまで籠城してやろうかとも考えたが、腕力ではヴィクターには敵わない。寝室が開放的になるのがオチだ。


「…面倒くせェ…」


洗面台に向かい、ぱしゃりと冷え切った水を顔に受ける。もう秋も半ばに差し掛かったこの頃は、夏の暑ささえ懐かしく感じるほど冬の近さを感じさせる。髪は適当に直した、少しだけ寝癖がついていた。


ノロノロとした動作で、きっちりとアイロンのかけられた(かけたのはアルバではあるが)スーツに身を包む。寝室を出た目の前の階段を降りてしまえばそこは既に仕事場である【ナナシ探偵事務所】の領域。出勤に時間のかからない仕事場というのは実に良い。


欠伸を噛み殺しもせずに応接間に入る。アルバの向かいに座り談笑していた軍服の男は、俺を見るなり鋭い視線を寄越した。


「客人を長く待たせるとは随分と偉くなったな、厭世。世を疎うならいっそ出家でもすればどうだ?雑念が無くなるかもしれんぞ。」


「お言葉ですが長官殿?その世の中には貴方のように難癖ばかりつけて開業時間すら守らない面倒な階級至上主義者も含まれているんですよ。世を疎う?ええごもっとも。では是非ともお引き取り下さいまし。お出口は右手でございます故。」


空気が悪くなるのを感じる。元より仲が良くない相手と話せば大体はこうなる性分なのだ、どうしようも無い。仲良くないを通り越して嫌いの域なら尚更だ。


「お二人は知り合いなんですか?とーっても良い感じの掛け合いですねッ!!良いなぁ、僕もそんな感じに本音で言い合える友達欲しいなァ…」


どれだけポジティブに捉えればそう変換されるのかとツッコミたくなるレベルの発言に、軍服の男はやや目を見開いた。嗚呼、良いな。こいつの抜けた面が拝めるのは中々気分が良い。


「…仲が良い、だってよライトちゃん?」


「次それで呼べば事務所ごと叩き斬るぞ、狂人め。」


「ハハ、そりャ勘弁なこった。こちとらアンタみたいに組織の上に座って正義だ何だと喚くほど暇じゃねェんだ。要件ならさっさと話しな。俺みたいな鼻つまみを宛にするんだァ、碌な内容じゃねェんだろ?【白牙の大狼(はくがのたいろう)】さんよォ。」


──白牙の大狼、3つに分かれた天楼の一角。

正義を掲げた偽善者気取りの奴らが犇めく帝都を治めるとかいう”統一された”正しい組織。ある意味で言うなら秩序の体現とも呼べるが、その実態は実に脆い。目の前の男や幹部共はまだしも、ひ弱な市民や隊員は指でつついて壊れるほどに矮小な正義を掲げている。それが正しく万能だと信じ込んだまま、普遍だと盲信し続けたまま。


「【黄狐の衆(きぎつねのやから)】の中に潜り込ませていた部下から連絡が有ってな。遼東異天街(りょうとういてんがい)にて蔓延していた非合法の薬物の輸送担当が四日前、収益金と薬物を持ったまま逃走したらしい。その後遼天街の中心部付近で不審死が多発している。これがその資料をだ。」


ぱさり、と机の上に書類が放り投げられる。きっちりと時系列ごとにまとめられた報告書に貼付された写真には、様々な死体が写っていた。顔を引き裂かれ死んだ者や、中から破裂したような死に方をした者。隣から写真を覗き込んだヴィクターがさっと顔を蒼くした。


「ほーん、黄狐ねェ。あんな陰湿な奴らから物奪って逃げるなんか正気の沙汰じゃねェな。廃人か狂人か…はたまた正義感か。ハハ、どれも笑えねェな?」


「俺達は三組織間の協定により、水面下での情報捜査しか行えん。遼天街を歩くだけでも、幾人かに喧嘩をふっかけられる始末だ。部隊でも投入してみろ、最早戦争は止められん。次いでに言うなら、別件にも追われているのでな。」


「んで?こっちにまで手ェ回す余裕無いから俺たちに犯人を突き止めろと。あわよくば薬物ってのを掠めとって狐に一泡吹かせてやりたいなーきゃぴきゃぴって感じか?」


「…そうだ。今はまだ全面的に対立する局面でもない、俺達が正しき道を市民に敷いてやらねばならん。故に、」


「いつでも切り捨てられる、かつ首を突っ込みすぎたと思えばいくらでも口封じの出来るお気楽な奴らを選んだ…と。」


「自覚が有るのは良いことだ、厭世狂。」


「はっ、そりゃどーも。…んで?期日は。」


「2週間以内だ。早ければ早いほど報酬は上乗せしてやろう。…まァ最も?【灰の狼】殿にはちと簡単すぎる事案かもしれんがな。」


「懐かしいお名前知ってらっしゃるのねー、長官殿は。…いい加減辞めた奴にちょっかいかけ続ける世話焼き体質どうにか出来んのか、全く。」


ふん、と鼻を鳴らして男は立ち去った。机の上にきっちりと並べられた依頼書には細かな記録が乗っているが、どれもこれも肝心な情報が少ない。信用の無さはこういう場所で仇となる。


「厭世さん、さっきの人お知り合いです?」


「あー…何だ、昔少しな。それよりお前は今回のこれ、どう思う。直感で構わんから言ってみろ。」


「んー…なんて言うんでしょうねー。悪意って言うよりは引っ掻き回す事をメインに考えたって感じがします。何かを探し回りながらついでに気が向いたからやってみたー…的な?」


「引っ掻き回す…ね。まァ、調べてきゃそのうち分かるだろうな。碌な情報も無しに勝手に押し付けて帰ってった長官殿には後で報酬増し増しで請求してやらんといけねェしな。」


「ついでに今月分と先月分のお家賃も払わないといけないですからね。あ、厭世さん僕思い出したんですけど僕のお給料日って先月の25日だったはずなんですけど未だに貰ってないですよ。詐欺です詐欺!!」


「ヴィクター。俺はお前を信頼している。だからこそお前にしかこの案件を頼めないんだ。やってくれるか?」


真面目な顔をしてヴィクターの顔を見つめる。ぶわっと顔を赤くしてへなへなとその場に座り込むと、年頃の乙女のように両手で頬を包みこちらを見上げてきた。


「ッ、厭世さん…!!そんなに頼りにしてくれてたなんて…えぇ分かりましたやってやろうじゃねェか最大限ッ!!早速聞きこみ調査ですね!!厭世さん行ってきます!!おやつの豆大福は食べたらダメですよ!!」


ばん、とドアを破る勢いで資料を手に街へと駆け出していく嵐のような助手を見送り、再び依頼書に目を通した。情報は伏せられているものが多く、写真も少ない。が、一つだけ場違いな写真が混じっていた。


「…初老の男性と、猫?」


暖かな光に包まれにこやかに笑う男性と、腕の中からまん丸の瞳を向ける黒猫の写真。撮られたのがかなり前だと分かるほど色がとんだその写真が何故紛れているのか?事件に関して猫に関わる記述などは一切見受けられなかったのだが。


ふむ、と悩ましげにため息をつきソファに寝転がる。外より人の営みの音や怒号が微かにメロディのように応接間に響く。朝のアラームよりはずっと心地好く、そして街に息づく生の有り様を物語る声。人は直接関わるより遠巻きに見ている方がずっと良い。関われば面倒しか齎さない。


「…まァ此処で憂いても仕方無し、か。面倒だがライトに恩を売る丁度いい機会と考えるのならば…この手の依頼も悪くはねェ。」


実に3ヶ月振りの仕事だ。大きく伸びをすると、外に出る為の身支度を始める。時刻は既に昼を過ぎ、暖かい秋晴れの空が頭上に広がる頃合であった。


いつまでも、無邪気なままで居たいと思います。

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