吸血君と静かな出会い
連載モノ、精一杯頑張ります!
となりの席にいる小日向君は、成績優秀、社交的で素敵な男の子だ。
これが少なくとも、席替えをした最初の日に感じた彼の印象だった。
今はそんな印象嘘だ、と自分を叱ってやりたい。
***
「奈々ちゃーん!お早う!」
「あ、美琴ちゃん。お早う。」
美琴ちゃんのいつものスライディングハグを受けながら、奈々は冷静にそう言う。温度差にヒヤヒヤする人もいるらしいのだが、これが私達の付き合い方であるからして、別に特に気にすることはない。教科書を開いて1時限目の数学の予習をしておく。
「げっ、奈々ちゃん真面目すぎだよぉ...。私教科書見ただけで気絶できそう!」
「気絶というのは、脳幹や大脳の血流が一時的に遮断されることで起きるので、教科書を見ただけで気絶することはない。」
「辞書みたい...。」
口を手で覆ってわななきながらそう言う美琴ちゃんに向かってにっこりと微笑むと、「辞書になりたいのよ。」と冗談めかして言った。これが私のできる精一杯のジョークなのだが。
「え、そうなんだ!じゃあ人間辞めなくちゃ〜!」
これで通じないのが美琴ちゃんだ。紙になるにはどうしたら良いんだろうね、と私に聞き笑う。そもそも紙になるには後世に期待するしかないし、そうでなくても紙になる方法を知っているのならとっくに辞書になりたい人は紙になっている。
「ねえねえ、教科書よりこれ見てよ!都市伝説のお話!!」
美琴ちゃんは意外とホラーや都市伝説が得意らしく、毎週雑誌の切り抜きを学校に持ってきている。今週の特集は何だろう、とまあまあ奈々も気になっているものだ。折角なので、勉強の息抜きにでも見させてもらおうと切り抜きを覗きこむ。
【吸血鬼、ヴァンパイア特集】
この世には在らざるものの名前が書いてあって、奈々は思わず吹き出してしまった。何時もならリアルさを混ぜつつ書いてあるのに、何だか今回は嘘っぽい。
「ちょっと、何で笑うの!!吸血鬼は立派な都市伝説なんだよ!」
「え、だって面白くって...。」
立派な都市伝説とは何だろう、と考えながら奈々はそうごく正直に答える。見出しの下に書いてある情報を読むと、更に吹き出してしまった。
【人の生き血を吸う魔物。】
生き血を吸うだなんて、感染症のリスクが高いしそもそも血は鉄分の味がして美味しくなんてない。面白い、と奈々は目を細めて美琴ちゃんを見つめた。
「もうっ、失礼だよ!でも、血を吸われるのはちょっと勘弁だよね〜。」
「...そう?私は血を吸われたいけれど。」
「嘘でしょッ!?」
美琴ちゃんをまたいつものようにからかいながら、奈々はまた教科書に目を戻した。
***
「いっただきま~す!!」
昼ご飯の時間、中庭のテーブルにお弁当を広げて手を合掌する。暫くの間は皆勉強で減った体力を取り戻そうとばかりに無言でご飯をかきこんでいたが、少し余裕が出来てくるとお喋りが始まった。
「今日数学一番分かんなかったんだけどさ、誰か息抜き出来るような話ある?」
「あっ、はーいはーい!ポテチはコンソメ派ですー!」
「いやのり塩だし!」
「それよりも、今日の都市伝説特集見る〜?」
紗代ちゃんの質問に、我先にと手を上げて答える友達を見て、奈々は苦笑混じりにジュースを啜る。息抜き出来るような話というよりは、どちらかと言えば自分達の主張に近い。
「あっ!見る見る!うちめっちゃ気になってたの、今週の見れなくってさあ。」
意外と美琴ちゃんの発言は効果絶大だったらしく、皆口々に見たい見たい、と言っている。実は彼女らも奈々と同様、切り抜きを密かな楽しみにしている。
「今日の特集は、吸血鬼です!はい、パチパチ〜!」
皆がおお、と顔を輝かせて文章を読んでいく。吸血鬼というものは、奈々にとっては非現実的で単純に面白い、と思ったぐらいだったが、どうやら皆は妄想を膨らませるのに充分過ぎる情報を得たそうだ。嬉しそうに微笑みながら、話がどんどん進んでいく。
「私だったら、竜崎君には噛まれても良いかも!」
「え、まじで!?私は池尾先輩だよ。ほら、2年B組の。」
「いやぁー、蘭定先輩でしょ!女性だけどかっこよすぎるもんー!」
「うちは小日向君かなー!あの可愛さとカッコ良さの融合された感じがどストライクだよ!!」
次々と有るはずのない会話を展開していく皆を見つめて呆れつつ、「奈々は!?」と鼻息荒く聞かれた質問に簡単に、「私?教科書とか?」ととぼけて返しておいた。皆が鈍い、とか鈍感、とか言いながらしぶしぶ引き下がったには口では言い返しながらも心の中ではお礼を言っておく。
そうしてお昼ご飯が終わり、皆各々のクラスに文句を言いながらも戻っていくのであった。
***
「大原さん、本当に申し訳ないんだけれど、委員会実は再来週じゃなくて明日だったの。変わったの言い忘れていたわ〜。」
ふわふわとした口調で担任がそう言うのを聞いて、奈々は苛立ちが込み上げてきた。いや、言い忘れずにちゃんと言っていて欲しい。再来週だと思ってやっていなかったクラス状況や中間報告等も、明日までとなるとキツいところがある。
「まだ中間報告やスピーチを書き終えてはいないのですが...。」
「あら〜、大原さんだからやっていたかと思っていたわ。放課後教室貸すから、終わらせて欲しいわ。」
「...はい。」
溢れ出る感情を抑えようと努力をしながら、奈々はクラスの鍵を握った。
文字を書く音が教室に反響する。スピーチ用に文章を考えながら、奈々はクラスを見回した。明日スピーチをするのは、自分達のクラスの今までの功績、それから自分達のクラスのテーマについてで、奈々は言わばクラスの代表者として全責任を背負っているのであった。背中が重すぎる、とシャーペンを用紙に走らせて奈々はそう思う。
「...眠い。」
昨日までテスト勉強と称してこっそり刑法を読んでいたからだろうか、とても眠い。
(ちょっとだけ...。)
そんなテンプレお約束にまんまとハマった奈々は、文字通りそのまま机の上で寝落ちするのであった。
さらり、と誰かが髪を掬って撫でている感触があり、奈々は跳ね起きて辺りを見回した。となりの机に頭をのせて、此方を見ている男子と目が合う。
茶髪のかかった髪はふわふわとしていて、此方を見ているその姿は不思議と犬を連想させた。時偶光の加減で目が鋭く、クールな印象にも見える。
(可愛さと、カッコ良さの融合...。)
友達の会話を思い出し、またとなりの席に座っているという事実から奈々はそれが誰だか分かった。
「あっー!!!!!小日向夏雄!!!」
ガタン、と椅子と机を派手に動かして席を立ち、指を指してそう言った。あまり話していなくてほぼ初対面の人にそんな無礼なことをするなんてどうかしているかもしれないが、いや、人が寝てる時にそれをまじまじと見ている人も見ている人でおかしい。
「ん?どうしたの、お早う。」
何事もなかったかのように接せられ、反応や対応に困りつつもしっかりと「寝顔見た?」と確認する。一応奈々も乙女なので、其処だけは知っておきたい。
「寝顔?ヨダレ垂らしていた寝顔なんて僕は知らないけれど。」
詳しく寝顔を説明してくれ、奈々は制服の袖で顎や口を慌てて拭うと、「何よ、小日向君。」と聞いた。理由は言うまでもなく、彼はずっと此方をじっと見ているからだ。
「え?ああ、えっと、本日はお日柄も良く...。」
「良いから、要件があるのならさっさと言って。」
「じゃあ、言わせてもらっても良い?」
席から立ち上がると、先程までの弱気は何処に吹っ飛んだのか勝気な笑みを浮かべてそう彼が言う。
「僕の餌になって下さい。」
にこやかで朗らかな笑顔で、彼は奈々にそう言った。
***
「...は?」
明らかに蔑みの感情を目に浮かべて、奈々はそう言う。新手の嫌がらせの類か、或いは道を間違えた告白か。どちらにせよ奈々にとってはお断り案件だ、直ぐに断ろうと口を開く。しかし、その前に小日向君が口を開いてえらく饒舌に語り始めた。
「いや、別に悪い意味ではないよ。そのままの意味で。僕の餌になって欲しいんだ。」
「え、あ、いや、ちょっと何言ってるか分からないです。」
そのままの意味で考えてみても何を言っているのか分からないし、悪い意味しか思いつかない。
「な、なんで私が餌にならなきゃいけないの...?」
やっとの思いでそう奈々は反論する。
「説明はしにくいんだけどね、僕は現代で俗に言う吸血鬼なんだ。」
「...え?」
「えっとね、好血症とか吸血病とか言うんだけど、つまり血を飲みたくなる病気みたいなものね。僕、それにかかってるんだ。」
だから吸血鬼、とあっけんからんと笑っている彼を見て、奈々は頭の中で状況整理をしようと必死になっている。そもそもそんな病気、聞いたこともないし存在さえ知らない。只、自分の医学に対する知識もまだまだ足りない所があるので、なんとも言えないのだが。
「でも、なんで私の血を?」
「え、だって朝クラスで吸われたい、って言ってたし、奈々ちゃんの血美味しそうなんだもん。」
「...。」
ナチュラルにちゃん呼びしているのは一旦置いておいて、そう言えば、朝そんなことを言った気がする。でも、それは本当に言ったわけではなく、あくまでも冗談だ。しかも、美琴ちゃんに対してであって小日向君に対してではない。
「衛生的にそれはどうかと...。」
「問題ないよ、仮に感染症のリスクがあるとしてもそれは僕にでしょ?奈々ちゃんに対してではないし、良いでしょう?」
僕が飲みたいと言っているんだから良いんだ、と胸を張って小日向君が言う。いや、感染症のリスクを負ってまで飲むことの何が良いのかさっぱり分からない。首を振って嫌だ、とジェスチャーで伝える。
「そもそも、どうやって摂取すんの?」
「...じゃあ体で示す。」
いや結構です、と言おうとする前に、彼が此方に近づいてきた。
(!?)
一瞬何が起きたのか分からなくて、目を閉じてまた開けると眼の前は肌色で覆われて見えなくなっていた。口の方に、何か異物が入って流れ込んでくるような違和感がある。ぬるぬるしているが、何だか分からない。
ブツッ。
不意に唇が噛み切られ痛みが走り、奈々は顔を歪めた。その痛みがどんどん痛みから恍惚に広がっていって、段々と躰が浮くような気持ち良さが現れる。其処から血が吸われ、抜き取られている気がした。そして最後にぬるぬるした何かが奈々の唇を丁寧になぞると、そのぬるぬるはやっと離れ、眼の前に肌色じゃなくて小日向君がいた。
「血、ご馳走様でした。」
ぺろり、と唇を舐めて血を味わいながら、小日向君、ことこれから吸血君と呼ぶことになる彼がそう言った。




