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待ち人

その少年は、今流行りのキャラクター柄のパジャマを着ており、その胸元には鍵のような形をした首飾りが光っていた。

少年は、和俊を下から一目見ると、何事もなかったかのように、走って行ってしまった。

「何なんだよ、一体…?」

謝りもせずその場を去ったことに少し苛立ちを抱きつつ、和俊は千春にメールを送った。


元気か?

あんま変なとこには行くなよ。

何かあったら、いつでも連絡してくれ。


送信完了の表示が出て携帯電話を折り畳む。

そして、病院をあとにしようとした時、なにやら雲行きが怪しくなってきていた。

小雨が降ってきたようだ。

やれやれと、鞄の中から折り畳み傘を取り出す。

帰りも公園の中を通るのだが、小雨が降ってきたせいか、先程と比べると人数がだいぶ減っていた。

しかしそんな中でも、所々に色とりどりな景色が見られた。

小雨の降る中、少し寂しくなった公園の中をゆっくりと歩く。

そして、噴水の近くを通りかかった時だった。


「シャリーン」


また、あの音が聞こえた。

その方を見ると、やはり、あの女の人がベンチに座っていた。

傘も差さずに。

さすがに、和俊は心配になってきたので、思い切って、その女性の元へと近寄って行った。

近くで見ると、まるで小雨は彼女のところにだけ降っていないかのように、あまり衣服は濡れていないかのように見えた。

「あのー、すいませんが…」

和俊が話しかけると、その女性は静かに顔を上げた。

何やらもの悲しそうな表情を浮かべながら。

「雨降ってきたから、どこか屋根のあるところに行ったほうがいいんじゃないですか?」和俊が話すと女性は、何かを思い出したかのような表情を浮かべ、口を開いた。

「…新…一…?」

「えっ?」

微かに聞こえた彼女が言ったのは『新一』という、誰かしらの名前だった。

急な話の展開だったので、和俊は戸惑いを隠せなかった。

しかし、女性は話を続ける。

「やっぱり…帰ってきてくれた…」

何を言っているのか全く分からなかったが、唯一つ、この女性は自分をその『新一』という人物だと思い、人違いをしているといことが分かった。

「あの…、たぶん人違いだと思うんですけども…」

和俊が言うと、その女性は黙りこんでしまった。

「あの…、とりあえず移動しましょう…ね?」

和俊は、その女性をベンチから立たせ、近くにあった休憩小屋へとやってきた。

連れてきたはいいものの、初対面の彼女に一体なんと話しかけたらいいのか分からず、気まずい空気がその小屋のを包み込む。

「雨…」

突然、女性が口を開いた。

「雨は…心にしみる…。降り注ぐ雨の雫は誰かの涙のようで…。ともに鳴り響く雷鳴は怒りのようで…。まるで、ある人の心情そのものを表しているかのよう…」

降りやまない雨を眺めながら、女性はなにやら呟いた。

どこか寂しげに語る彼女を、ただ和俊は見つめていた。

しかし、ただボーっとしていてはダメだと思い、日頃の疑問を彼女に尋ねることにした。

「あの…。何故、そこまでして、その…新一っていう方を待っているんですか?」

女性は静かに口を開ける。

「新一は…必ず帰ってくるって言ってた。…だから、いつも決まった場所にいないと新一が困るから…」

言い分は分かったが、少し変わっているなぁと和俊は思った。

恐らく、この女性と新一という人は恋愛関係にある。

決まった場所で想い人を待つ。

まるで、とある恋愛ドラマのシチュエーションのようだった。

「あなたは誰なんですか?」

思いふける和俊に今度は彼女が話を振ってきた。

確かに、お互い初対面にも関わらず、会話を続けていくのは、何かとマナーに反する。

「あっ、スイマセン。紹介が遅れてしまいましたね。和俊って言います。花田和俊。あなたは?」

「サキ…」

「サキさん…ですね?」

女性は静かに頷いた。

それから、会話が途切れ、再び沈黙状態となった。

「もう…戻らなきゃ」

サキは、そう言うと立ち上がり、小屋から出ようとした。

「ちょっと,待ってください。雨降ってるんですよ?また体が濡れてしまいますよ」

「でも・・・いかなきゃ」

和俊はサキをここで雨宿りするよう説得するが,どうも,先ほどの噴水前のベンチに向かいたがっているようだった。

「じゃあ,コレ・・・持って行ってください」

和俊は,カバンの中からもう1つの折り畳み傘を取り出し,サキに差し出した。

「普段から傘は予備として,2つ持ってるんですよ。コレ,貰い物なんで良かったら使ってください」

「でも・・・」

「使ってください。俺毎日とはいえないけど頻繁にこの公園を通るんで、その時に返してくださってもいいし、別に貰ってくれても構いませんから」

和俊はサキに傘を使うよう、念を押した。

初めは躊躇ったが、そのうち、サキはその折り畳み傘にゆっくりと手を伸ばした。

「…ありがとうございます。では…」

傘を受け取ると、サキは和俊に一礼し、少し暗い色をした傘を開き雨の中へと静かに消えていった。

その様子を最後まで見送った和俊は、なにやら身体中の力が抜けたような気分になり、椅子に深く腰掛けた。

「不思議な人だったなぁ〜」

独り言を自然と発してしまったが、和俊には今の全ての環境下において、最早、それはどうでもいいことだった。

そして、一息ついたところで、和俊も立ち上がり、小屋をあとにした。

公園を抜けると、また交差点に歩みを止められた。

すっかり暗くなった夜道の中、信号が青になるのを待つ。

頭の上では、ポツポツとリズミカルに傘の上を泳ぐ雨の音だけが響き渡る。

少し肌寒く、どこか切なく、町を染めゆく。

見慣れた町も、この雨によって、どこか違う場所に見えてくるようだった。

「お兄ちゃん」

はっと思い、和俊はその方を振り向くと、そこには、赤い小さな傘を指した女の子がいた。

「信号、青だよ?」

「えっ?…あ」

いつの間にか、信号は青色になっていた。

「一緒に渡ろ」

女の子は、笑顔で和俊に言った。

「すいません、どうも…」

すると今度は、その女の子の隣にいた母親が、話しかけてきた。

「いつものクセなんです。すいません…」

母親は、もう一度謝罪すると、その女の子の手を優しく引っ張り、先に横断歩道を渡って行った。

「バイバイ、お兄ちゃん」

横断歩道を渡り終わり、向こう側でもう一度女の子は振り向き、和俊に向かって、その小さな手を振った。

和俊も、笑顔で彼女に向かって手を振った。今日は、なにやら物思いにふける長い1日だったように思った。

後半部,私の思う「雨」というものを言葉に表してみました。

主人公の心情と重ねつつ,表現することも大切なのかなと勝手に思いつつやってみました(笑)

あなたは「雨」に触れて何を感じますか?


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