4. 昔は何でも上手くいっていた
高校2年生の初秋。
「誰か生徒会長に立候補するやついるか?」
担任の先生のその一言で、クラスは一瞬で静まり返った。
少しの間沈黙が流れ、またざわめきが戻った。
私は席を立ち宣言した。
「はい。私がやります。」
ざわめきがより一層うるさくなる。
キーンコーンカーンコーン……
終わりのチャイムが鳴り、秋蘭が私のところへ来た。
「ちょっと、咲希!マジで会長やるつもり!?」
「うん。だって、誰もいないし。」
「そ、そうなんだけどさ~、やめておいた方がいいと思うけど。」
「なんで?」
「咲希~、あんたさー、真面目なのはいいんだけど、流石に部長との掛け持ちはマズくない?」
「そうかな?」
「そうだよ!大会とかないような部活だったら、話は別よ?だけどね、咲希、あたし達はバスケ部なの。……お分かり?」
「バスケ部だから、私は会長になっちゃいけないっていうの?」
「いや、いけないっていうか……、ほら、部活と生徒会の両立なんて大変だよ?
それに、咲希はバスケ部の期待の星なんだから。」
「じゃあ、秋蘭が会長に立候補してくれるの?」
「それは……!無理、だけど……。」
「会長と部長、同時になっちゃいけないなんて規則にないもん。私なら、大丈夫。
まぁ、たしかに、両立は大変そうだけど、その時は秋蘭がサポートしてよ!
やってみたいの!ねぇ……、お願い。」
私は秋蘭の手をきゅっと握る。
「咲希……」
「秋蘭……」
「また出た!咲希の『お願い』!そんな上目遣いしたって、今回ばかりはダメ!」
「えぇーっ!もー、そんなこと言わずにさぁ!チャレンジしてみなくちゃ分からないでしょ?」
「咲希の、真面目で、そこそこ頭も良くて、美人で、バスケも上手で、責任感強いところは本当に尊敬するし、羨ましい位だよ?
でも、そのなんでもチャレンジ精神は、もう少しどこかに置いてきてよかったんじゃない?」
「何よそれ!褒めてんの?それとも、……けなしてる?」
「半分半分。咲希は好奇心旺盛すぎるのよ。
既に部長に決まったのに、さらに会長だなんて、普通じゃ考えらんないからね?」
「だったら、私は普通じゃないのよ。」
「納得」
秋蘭はうんうんと首を縦に振る。
「じゃあ、貴方の清き一票をこの小林咲希によろしくお願いします!」
「……はぁ。知ってるわよ。やるって決めたら曲げないことも。
分かった。けど、無理だけはしないでよね。何かあったら力になるよ。」
「ありがと~~っ!秋蘭ぁ!」
私は秋蘭に抱きついた。
「うっ!苦し……咲希離れて……!」
***
数週間後……
「咲希、本当に会長になっちゃったじゃんっ!?」
秋蘭は私の肩をガシッと掴んで前後に振る。
「だから、なるって決めたじゃん。」
「でも、まさか本当になってしまうとは……」
「そう?ここの生徒会長に就任しました!」
「すげぇな、おい……。もう恐れ多いです。咲希会長。」
「それはどーも。さ、部活いこ!」
「さらに、部長でもあるんすよね……。ヤバイっすよ……。」
「何言ってんの?早く行くよ!秋蘭!」
「はぁーい。」
***
その後の高校生活も順風満帆で、特に大きなトラブルも無く、生徒会長をこなし、部活では全国大会まで出場した。
みんなから、これからも上手くやっていける。
咲希なら大丈夫だと言われて、口ではそんな事ないと言っても
私自身、これからの人生、つまずくことはないだろうと思っていた。
***
祐介の飲みかけの珈琲に手を伸ばす。
鼻を近づけて、すぅっと香りをすべらせる。
この香り、やっぱり職員室の香りだ。
部長と生徒会長をやっていると、職員室に行く機会が多く、その度に私はこの珈琲の香りに包まれていた。
この香りは嫌いではない。むしろ、あの上手くいっていた学生時代を思い出しては頑張ろうと思える特別な香りだ。
「でも、飲みたいとは思わないな。うん。」
なんで今はこんなに上手くいかないんだろ。
私は珈琲を元にあった場所に戻して、また企画書と向き合った。
15分位経っただろうか。
後ろから突然話しかけられる。
「髪の毛、乾かしてないの?ダメだよ、風邪ひいちゃう。」
そう言って祐介は私の首から下がっているバスタオルを使ってタオルドライしてくれた。
「いーよ、やんなくて!」
「だーめ。これで風邪ひいたら仕事出来ないよ?元も子もないじゃん。」
「分かったよ……。」
「僕が乾かしてあげようか?」
「うん」
「ん、ほらじゃあ、こっちおいで。」
彼の言われるがままについて行き、ドライヤーで乾かしてもらう。
温かい風と彼に触られている心地よさで、つい、うとうとしてしまう。
「眠いの?」
私はコクリと頷く。
「髪の毛終わったらもう寝る?」
首を横に振る。
「まだ寝ない。企画考えなくちゃ。」
「偉いね。……よし、終わり。」
「んー……、ありがと。」
まだ目をしょぼしょぼさせている私を見て、祐介が口を開いた。
「ねぇ、咲希?」
「ん?」
「咲希は、その企画を成功させたいと思ってる?」
そんな彼の発言に眠気がどこかに吹っ飛んでいった。
「はぁ?何言ってんの、当たり前でしょ?絶対成功させるんだから!」
「でも、上手くいかないんだね。」
そう、淡々と話す彼に私はカッとなって、つい、声を荒らげる。
「何よ!その言い方!バカにしてる!最低!」
眉間に力が入る。
「ごめんごめん。ちょっと言葉が足りなかった。
僕が言いたかったのは、咲希は多分他の人よりも人一倍成功させるって強く思ってるのに、なかなか結果が出ないっていうのは、何に原因があるんだろうって思ってさ。」
彼は顎に手を当て考えはじめた。
「私だって、失敗したくてした訳じゃないよ!沢山、考えて考えて考えて……」
そこまで言ったところで、言葉に詰まった。
今まで頑張ってきたことを思い出して涙が出そうだった。
思わず唇を噛む。
彼は突然黙りこくった私に気がついたみたいだった。
「……咲希?……泣いてるの?」
私は涙を堪えながらこう答える。
「商品開発なんて……右も左も分からないけど、私なりに頑張ってるの。なのになんで……!」
「うん、そうだね。咲希はすごく頑張ってる。その頑張ってる姿、少なからず僕は知ってるよ。」
その言葉が引き金だった。堰を切ったように涙が溢れだした。
それを見た彼は優しく私を抱きしめてくれた。
「前にも……話したこと……あるんだけどね……」
私は涙を流しながらポツポツと話し始めた。
「私……、高校の時……うっ、生徒会長と部長やってて……っ、両立なんて難しいって……周りから…言われたけど、私、やってみせたの……頑張れば……こんなに出来るって……私は出来る子だって……っ、……証明したの……」
「うん。」
「でも……、社会に出てみたら……いくら頑張ったって上手くいかないの……っ、私ならもっと出来るのに……なんで……?」
「そんな風に考えてたんだね。話してくれてありがとう。」
彼は私の背中をぽんぽんとしてくれた。
しばらくして、私の涙が落ち着いた頃、祐介が口を開いた。
「まずは、ちょっと上司と仲良くなってみたら?」
「え?どうして?」
「だって、いくらいい企画書だとしても、自分に歯向かってくる部下の企画書なんて良くは見えないんじゃない?」
「確かに、それは一理ある。」
「でしょ?その方の趣味とか好きなものとか知らないの?」
「そんな事話したこともないよ。」
「そこから始めてみればいいんじゃない?また、何かアイディアが出てくるかもよ?」
「そっか……、うん、やってみる価値はありそう。よし!明日に向けて、今日は早く寝る!」
「分かった。じゃあ、お布団いこうか。」
「うん!」
明日、会社に行くのが楽しみになった。