2. 彼の存在はとても大きくて
家の鍵を開け中に入る。
「ただいま〜。」
と言うと
「ちょうど良かった!おかえり。」
とキッチンの方から声がした。
そっちに行くと祐介が丁度ハンバーグを作り終えたところだった。
「ハンバーグ、今出来たよ。先ご飯にしなよ。
ほら、手洗って。うがいもするんだよ?」
「もー!子供扱いしないでよ!」
そう言いつつ、頬を膨らませながらも、彼の優しさが嬉しかった。
「だって、咲希は子供っぽい所あるじゃん。」
「ないよっ!」
「あ、拗ねた。じゃあ聞くけど、珈琲は飲めるようになった?」
私が、珈琲にこだわるもうひとつの理由はこれだった。
「今日もちゃんと不味かったですよーだ!」
私はさらに頬を膨らませる。
「ふふっ。その反応も子供っぽいんだよ?咲希。
ま、僕はそんな所も好きだけどね。」
突然の言葉に少し頬が赤くなるのが分かった。
「……うるさい。」
祐介め……、よくそんなことを簡単に言えるよね……。
「分かった分かった。もう言わないから。さ、冷める前に食べよう。」
2人でテーブルを挟んで座り、いただきますと言って食べ始めた。
「ねぇ、聞いてよ、祐介。」
「ん?今日もなんかあったの?また、上司とトラブル?」
「そうなの!でも、今日のは今まで以上にムカーッ!ってなったのよ。」
「今日はどんなトラブル?なんでも聞くよ。」
「あのね、ここ1週間くらいかけて新商品を考えてたんだけどね。」
「あぁ。最近、夜遅くまで起きて何やってるんだろう?って思ってたらそんな事してたんだね。お疲れ様。」
「そうなの。そんなに時間かけて考えた書類、よく見ないでパラパラって読んで『やり直し。』って言われてさぁ!
せめて、ちゃんと読んでから言えっつーの!
そんなの、一生かかって考えても無駄だと思わない?
あー!思い出したらまたイライラしてきた!」
「まぁまぁ、そんなにカッカしないで。落ち着いて。」
祐介がなだめる。でも、私のイライラは治まるどころか、勢いを増していった。
「だって、これで4回はやり直しだよ!?!?本当ありえない。
何がダメか聞いても、『君なら出来ると思うんだがね。もう少し考えてみてくれないか?』って言うのよ?」
私は、嫌味ったらしく上司の真似をする。
すると、祐介はツボに入ったのかしばらく笑っていた。
「ふはははっ。あー、面白い!今日一番笑った。お腹痛い!」
彼は、笑って出てきた涙を拭きながら、ハンバーグを頬張る。
「笑い事じゃないよ!も〜!何をやり直せばいいか分かんないよ〜……」
私はうなだれながらハンバーグを食べた。
「ねぇ、今日のご飯美味しい?」
突然、祐介がそんなことを聞いてきた。
「なに?急にどうしたの?まぁ、美味しいけど。」
「本当に?」
次は、私をまっすぐ見つめて聞いた。
「うん。……え?なになに?」
どうしたんだろう?
「いや……、特になんでもないよ。美味しいならいいんだ。
あ、僕も咲希に聞きたいことがあったんだ。」
「?」
なんだろう。私に聞きたいこと?
「もうすぐ、クリスマスでしょ?」
あ……、そうか。もうそんな季節なのか。
「私、仕事の事ばっかり考えてて、すっかり忘れてたわ。」
そう言いながら、カレンダーを確認する。
「えっ!あと、1週間後!?だから、最近あの噴水広場もピカピカしてたのか……。」
「そうだよ。というか、噴水広場なんて懐かしいね。」
噴水広場とは、私たちの初デートの場所だったり、他にも2人の沢山の思い出が詰まった場所である。
「最近行ってないね……。」
「いいこと思いついた!」
彼が手をパチンと叩く。
「今年のイブは噴水広場でデートして、クリスマスは家でゆっくりしようか。」
そう笑顔で提案してきた。
「……!うんっ!」
私は目をキラキラさせた。今からワクワクしてきちゃった♪
どんな服を着よう、どんな髪型にしよう……と色々頭の中で考えていると
「んじゃあ、咲希には頑張ってもらわないとね。」
「……?何を?」
彼は笑顔のまま言う。
「仕事の書類。」
あ……、そうだった……。
「もう!嫌なこと思い出させないで!」
「でも、間違ってないでしょ?頑張ってもらわないとデート出来ないよ?」
「分かりました。頑張ります。」
適当に返事をして、ご飯を進める。
「頑張れ。応援してるから。悩み事ならいつでも聞くからね。」
「一緒に考えてよぉ〜。」
上目遣いで甘えてみる。
「そんな顔しても無駄だよ。期待されてるんでしょ?」
「ちぇっ。……頑張るしかないか。よし。もうちょっと頑張ってみる。」
「うん!えらいえらい。」
そう言って頭を撫でてくれた。
私は少し頬を赤くした。
私にとって、素直になれる人は祐介くらいで、祐介といる時はいつも日々の緊張から解き放たれる唯一の時間だった。
いつしか、彼がいなければ、今の私がいなかったと言っても過言ではないくらい、大きな存在となっていた。