1. 私の企画は通らない
「駄目だ。やり直し。」
私が何時間もかけて考えた新商品の案が書かれた書類は、ものの数分で突き返された。
「なっ!なんでですか!?」
私はついカッとなって、上司の机に身を乗り出す。
「なんででもだ。……はぁ。」
呆れ顔でため息をつく上司を見て、ため息をつきたいのはこっちの方だ!と思った。
上司が珈琲を一口飲んで続ける。
「……君には期待してるんだがな。」
そう言いながら、席を立つ。
すれ違いざまに肩をぽんぽんとされた。
***
その後、仲のいい同僚の由美とパスタが美味しいと有名な喫茶店にランチを食べに行った。
「……そんなことがあったのね。」
私は由美に上司とのことを洗いざらい話した。
「そうなの!本当ムカつくっ!あの……ジジイ。」
そう言ってパスタで口の中をいっぱいにする。
「あははははっ!咲希それは言い過ぎだよ!本当面白いなぁ。咲希は。
あとさ、せっかく美味しいパスタ食べに来てるんだから、味わって食べたら?」
「……もう、こっちは本気でムカついてるんだからね?
……まぁでも、味わって食べるのは確かにそうだけど。」
「でしょ?」
「だけど……、美味しいご飯も不味くなる、とはこの事だってつくづく思うよ。」
「そんなにムカついてるのね。
……あ、すみません。食後に珈琲一つお願いします。」
由美は通りかかった店員に注文をした。
とっさに私も
「私も珈琲お願いします。」
と言った。
店員が、かしこまりましたと言い、私たちから離れる。
由美が不思議そうな顔を浮かべて言う。
「あれ?咲希、珈琲飲めないんじゃなかった?」
「……まぁね。」
苦笑いをして答える。
「?……じゃあなんで?」
「だって……、上司に子ども扱いされてるみたいで、胸くそ悪いんだもん。私だって、大人だから珈琲くらい飲めるわよ。」
眉間にしわを寄せて言う。
「大人って言ったって、咲希まだ21でしょ?」
「21なんて立派な大人じゃない。」
「そうだけど……、そんな珈琲にこだわる理由が分からないわ。」
「だって、大人って格好良く珈琲飲んでるイメージなんだもの。」
「別に飲めない大人だっているでしょ?」
「そうなんだけど……ね。」
だけど、私にはもうひとつ珈琲にこだわる理由があった。
パスタを食べ終え、2人の前に珈琲が運ばれてくる。
「お待たせいたしました。当店自慢の珈琲です。」
バリスタが爽やかに微笑んで机に置いてくれた。
「ありがとう。」
そう言って、珈琲を見つめる。
ふわっと香るその匂いは、学生時代の職員室を思い出す。
あの頃は全部上手くいってたのになぁ……。
そんな懐かしい気持ちに浸っていると由美が呟いた。
「あ……。ここの珈琲すごく美味しい……」
珈琲の香りも味も余韻も堪能したその顔は、私には羨ましく見えた。
ふぅーん……。この珈琲美味しいんだ……。
私も一口飲んでみる。
「うぇ……、苦い!」
やっぱり私には早かったみたいで、少し悔しかった。
「嘘?この珈琲すごく美味しいよ。いつか、この美味しさが分かるといいね。
……あ。咲希の分も飲んじゃっていい?」
「どうぞどうぞ。遠慮なく。」
これのどこが美味しいんだか。と思った。
***
ランチを終えて会社に戻った私は、お昼休憩の余った時間でまた新商品の企画書を考え直した。
お昼休憩が終わる数分前、一件の通知が入る。
画面を見ると、祐介からだった。
祐介というのは、私の彼氏でお互い同じ短大に通っていた。
その時から付き合っていて、喧嘩なんてしたことがないくらい仲がいい。
今では、同居生活を送っているくらいだ。
”今日食べたいものある?”ときたので、ハンバーグと返した。
彼はいつも私より先に帰るので夜ご飯を作って待っていてくれる。
本当に、心底感謝している。
それから、6時間ほど仕事をして家に帰った。