ワーキィズ
南歴203年。勇者アマデウスは魔王システインの封印に成功し、世界に平穏が訪れた。
それでも、魔王の遺物は世界に蔓延り千年経った今でも脅威となっていた。
そんな魔物を倒すために傭兵らが結託し作った派遣隊ギルド。彼らは、要請さえあれば西へ東へ。頼りのある屈強な人材を送り込み、魔物の脅威から人々を守る仕事をしていた。
故にギルドに入隊するには辛く厳しい試験が用意されている。その試験を受け落ちた人曰く”蓬莱の玉の枝を持ってくるように”また別の人物曰く”龍の逆鱗を持ってくるように”
つまりは、ギルドは何人たりとも入隊させる気はないのだ。しかし、毎年何人かは合格者が出る。
故に、そのギルドに入隊できた運命に選ばれた人間をこう呼ぶ。
――――勇者、と。
南歴1256年。アマデウス国レイン地区ハイデローゼ。
北東にレーヴァテイン火山が月に5回ほど噴火し、火山灰降り注ぐ街から要請がきた。
『レーヴァテイン火山付近で、魔物が出た。狩りが出来ず困っている。討伐を要請したい』
ギルドは三人の勇者を派遣した。男2女1のパーティだ。
この三人を知る仲間はみな彼らのことをこう呼ぶ、ワーキィズと。
「やるぞォォ!!」
男が木々を震わせるほどの轟音で周囲の仲間に鼓舞する。
その覇気に怯えたスラリー状の魔物は、後方へ後ずさる。その隙を男は見逃すことはなかった。
「天まで轟く我が雷名、汝は知っているだろう! 爛れるほど熱く盛る魂携えて、貴様の最期を飾ろうぞ!」
男の右手は閃光を放つ。闇も消し去る煌々しい光は、拡散と収束を繰り返しやがて光は一点に収斂した。
その男の強さに恐れ戦き、魔物は身動きがとることが出来ずに停滞することしか出来なかった。
「よろしい。ならば喰らえ、我が滾り堪らぬ筋肉を!」
疾風が吹き抜けて、枝に積もった灰が落ちた。それを合図に男は地を蹴った。二足で魔物との距離を詰め、再度地面を蹴り高く高く空へ跳ぶ。あれほど大きかった魔物をも上から睨めて、不敵に無敵に笑う。
「マッッスルッ! マジカルパンチッッ!!」
光に包まれた男の拳は、”スラリー状”の魔物の表面にぶち当たる。
――そして、拳は魔物の中に飲み込まれる。
「ガババ、ガゴゲバ! (馬鹿か、テメエェは!)」
魔物に既に飲まれていた青年は、口にスラリーが入ろうとも魂から叫ばざるを得なかった。直後、青年はむせ返す。
「ゴボガガボ、グゴグボバババグゲク!(スライムに、物理攻撃くらうわきゃあねえだろ!)」
「ゴガ、ボゲボガガボグガ(いや、俺のは魔法だ)」
「ガッググゴゲッゴウググ(マッスルの接頭辞で物理確定だろ)」
「ガッ、ボガガガッギ(な、気づかなかったぞ!)」
男性は世紀の大発見をしたような表情で、固まった。その表情に青年はさらに悶えることとなったが、何とか言葉を飲み込んだようだった。
「阿呆共、敵中でコントをやらないでください」
『クギュググググググググググッ』
発音器官が全く見当たらないというのに魔物は悲鳴を上げた。元、その魔物が居た場所には一筋の光線が空に向かって奔り、やがて収束していく。発射源には腕に大きな煙を吐いている砲台を取り付けられている女性が立ち構えている。
魔物は体を周囲にまき散らし、浮くものを失った男たちは自由落下し、地面に叩き付けられた。
男の方は見事に受け身をとって、青年の方は無様にも顔面から落下して。青年の落下音は実に嫌な音が鳴った。
「ちっ……」
青年の許に先ほどの光線を放った女性が近寄って、後頭部にまだ冷却の完了していない銃口部を突きつける。
「あっつ! フランケンシュタインさん? さっきもそうだったけど殺そうとしないでください? 光線が腹を掠めてったよ?」
「なにを申されているのですか、害悪? ああ、遺言でしたね。既に死ぬ覚悟は出来たようで、わたくしはとってもとっても嬉しい限りであります。それとわたくしのことはフランとお呼びください」
あまりに純朴な笑みを浮かべたフランケンシュタインと呼ばれた女性は、トリガーに指を掛ける。
「随分と曲解されているようで……どんな演算したらそうなるんだ」
「いえ、わたくしの演算能力はいたってグリーンでございます。間違っているのは害悪さんの方かと」
「そうだぞ! パーシヴァルよ! そのえんざん?なるものは解らぬが、正しきは筋肉! 力こそが正義なのだ!!」
「筋肉だけじゃそのうち立ち行かなくなりますわよ。シュウエット様?」
そう馬鹿にされているとも知らずにシュウエットと呼ばれた男は己の肉体に酔い痴れる。
青年は地面を這って銃口から逃れ、自分の顔に付いた泥を払う。
「ぬっ! 大丈夫か!」
「あぁ、ありがとう……」
青年はシュウエットに手を借りて立ち上がる。今度は服などの体を払うと、砂埃は宙に舞い、鼻を擽りくしゃみが漏れた。
「残念でございます。間もなく、閻魔様とお遭い頂けると思ったのですが……」
「地獄行き決定なのか、俺は」
「当然でございます。わたくしを壊して、あまつさえセクハラを働いた罪。死を受け入れるのは至極当然のことでいらっしゃいましょう」
「なに!? 犯罪を犯したというのかパーシヴァル! このっ馬鹿者がッッ!!」
「ねぶたっ!」
シュウエットが力の限り放った張り手は、パーシヴァルと呼ばれた青年の頬にめり込み、5本程の木々をすり抜け顔面から落ちた。
ちなみに、この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体、ましてはねぶた祭りとは一切関係ない。たまたま『ねぶたっ』と悲鳴を上げただけだ。どんな悲鳴だ。
顔にとてつもないダメージを受けたパーシヴァルは、少し涙目になっていた。怒りよりもこんな奴らと組まざるを得なくなった運命を憐れんだからである。
(なんで、こんなことに……)
しかし、類は友を呼ぶ。まともな人間にはまともな人間が集まるものである。しかし、彼の下に筋肉バカのヤベエ奴と自分を殺そうとするヤベエ奴が募った時点で、既に彼はヤベエ奴だったのだ。
「あっっ!! あれは!!」
「どうかしましたか? 泥水の水溜まりで醜い己を再確認してしまったのですか? おそらくきっと好きになってくれるもの好きも偶々居ると思われますよ、たぶん」
「そうだぞ、筋肉さえつけばあらゆるものから羨望の眼差しが向くぞ、鍛えろぉ!」
そんな嘲笑も的外れな発言も聞いておらず、パーシヴァルの視線は向こうの崖に向けられていた。
「ああ……何やってるんですか! シュウエット様!! 飛ばすならあっちでしょう!?」
「なるほど、奈落に落ちてでも耐えうる筋肉が真実だと言うのか!! フランよ! なんという真理を教えてくれたものだ!! これしかない俺には、考えつかないものだ……」
力こぶを作ってパチンパチンッと筋肉を鳴らす。
噛み合っていないのは間違いない。ネジが一、二本外れた者同士が会話するとこうなってしまう可能性は上がるので注意。
パーシヴァルは、四つん這いで谷へと駆け寄り、下を覗くと、そこは底も知れぬ深淵が伸びていた。
彼に付いて二人が谷に近寄る。フランが蹴った小石は放物線を描いて奈落へと落ちていき、闇に消えた。
「筋肉っっ!!」
試しにシュウエットが、奈落に声を掛けてみたけれどいつまで経っても言葉が返ってくることはなかった。どれくらい深いのかを測る為なので言葉のチョイスに意味はない。何故かと問われたなら、『そこに筋肉があった』からと彼は答えることだろう。全く意味が解らない。
「ぬっ! 落ちれば俺の筋肉でも無傷である自信は万全ではないな……」
「助かる自身はおありなのですね」
呆れているフランの表情に気づかずに、胸を張って大胸筋をピクピクと動かし仁王立ちのシュウエット。
一方、パーシヴァルは谷の下の方を眺めて涎を垂らしていた。
「うむ! 万が一ではあるが、五点着地が完璧に行われなければな! お主はどうだ、フランよ」
「わたくしの装甲は、ダイヤモンドよりも強固ですから、大気圏から自由落下しても死にはしません」
「なぬ!? お主もその鎧の下に筋肉を隠しているのか!」
「筋肉ではありません。装甲です」
フランが胸を叩くと、金属の甲高い音が森中に響き渡り、鳥たちが羽ばたき逃げてゆく。
コップ一杯分の涎を失ったところで、パーシヴァルは我に返り、背後の二人に気づく。
「見てくれ! 見てくれ! あれを!!」
彼が指さした方向。闇と光の境目、目視でもぎりぎり見える程度の向かいの壁面の位置に何やら植物が生えているのが三人は確認できた。
「……あれ? 四つん這いした位置から見えないはずですよね?」
フランが先ほどの場所を確認して軽く測定してみてもここまで十メートルはある。どうやって感知したのか。フランはパーシヴァルを気持ち悪く感じて唾を吐きかけたが、彼が振り返った拍子に避けられる。
「あれはツメツメクサと言って爪を詰める草でツメツメクサなんだけど。そもそも爪というのは呪術関連、正確には感染呪術の部類に入るんだけどね――」
既にシュウエットは耳から煙を噴きだし思考停止、フランは慣れた風に黙って聞き流して話が終わるのを待つ。
「ということで爪を詰める草という名前でな、これがポーションに加えると効果が倍増。ポーション界では欲しい人間が引く手数多というわけよ。まさに、伝説の薬草。百年に一度の薬草との別名もあるんだが、ちなみに一万年に一度の薬草もあるし、百光年に一度の薬草もある」
「三ワードで纏めてもらえます?」
「超レア薬草、ポーション素材に、欲しい」
はい、皆さんが静かになるまで、十五分掛かりました。
「そうですか、まああなたには出来ぬ願いですよね。あなたに――」
慣れたように罵倒したところで、フランの視界からはパーシヴァルが消えていた。特に助走もなく、彼はあの薬草に向かって跳んでいたからだ。
「げへへへへへへへへへへへへへ!!!」
リアルにいるはずない奇声を上げて、パーシヴァルは落ちていく。……いないよね?
「ふっ!! 中々の度胸よ!! 見直した! 俺もお供するぞぉぉぉぉぉっっ!!」
シュウエットは助走をつけて、宙に跳び出した。その脚力を活かして、彼は向こう岸の壁面に張り付くことができたが薬草よりもかなり上で着壁してしまった。
そして、先陣をきったパーシヴァルとは言うと――
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「やっぱりポーションバカでございましたね……よろこ……いえ、お労しい……」
フランは落ちるパーシヴァルを眺めて合掌。二度と逢うことのないことを願って。そうして、パーシヴァルは闇に消えていった。
さようなら、パーシヴァル……安らかに眠らんことを……
しかし、残念。フランの願いは叶わなかった。
「あっぶねぇぇぇっっ!!」
パーシヴァルは何とか奇蹟的に壁面にしがみ付いたようだ。しかし、目視で確認は出来ない。
フランは、視覚に暗視のフィルターを掛けて再度深淵を覗き込む。薬草の位置のかなり下。それでも、まだ下があることに彼女は少々驚いた。先ほどは、ああも息巻いたが本当に落ちてしまったならば自分だって一溜まりもない、と思ったからだ。
体内のギアがおかしな音を立てて回る。
(機械のわたくしが、こうも恐怖を掻き立てられるとは……)
体は機械で出来ているとはいえ、心は一人の少女で構成されている。死に怯えるのは、当然とも思えた。
「うわああああああああ!! たす、助けてぇ!! すいません! 調子乗っててすいませぇえんッッ!!」
パーシヴァルは情けなく喚き散らす。その度、フランの苛立ちは募って、より死を願うようになる。そして、フランの怒りに満ちた表情をしていることを感じ取って、パーシヴァルは余計に泣き喚く。負のスパイラルであった。
「なぬっ! 下から助けを呼ぶ声が聞こえるッ!! 行かねば!! とぉうっっ!!」
シュウエットは体を大の字に広げて闇に落ちていく。その姿はまさに大空を自由に滑空する鷹。その姿はまさに困った人たちを助ける正義のヒーロー。しかし、残念。この男、バカである。
「どこだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!!!!」
パーシヴァル視点からは、落下していく彼が見えたことだろう。そして、そのままパーシヴァルを素通りして行く様子も。
「俺ここおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「どこだぁぁぁぁぁぁ……ぁぁぁぁぁぁ……ぁぁ……」
声は遠くなっていき、やがて聞こえなくなった。二人の額には嫌な汗が流れ、同時に溜息が漏れた。
「……よし! 全員事故死ですね」
「あいつは兎も角、俺は生きてるぞ」(いやまあ、限界だけど……)
パーシヴァルは死を悟った。なんとか掴んでいる両手ももう痛みが限界だった。震えも全身まで回り、腕は血が十分に回らずに冷たく寒気を感じた。
(ここでおしまいか、俺は。薬草とろうと、無謀にジャンプして失敗して地面に抱擁。自分でも思うよ、なんともアホな死に方だ)
悲鳴も上げずに静かに手を離した。瞼を閉じて、己の終焉を待つ。
死はドロリと体を纏わりつき、呼吸することすらも出来なくなってしまう。それだけでも恐ろしく、寒く、淋しく、悲しかった。
それでも、もう受け入れるしかなかった。何故ならこの結果を招いたのは紛うことなきパーシヴァルのせい。己の失敗は自分で被る。当然の報いだ。
パーシヴァルは死を受け入れぬまま、死んでしまうことを受け入れた。
「わたくしが殺す前に勝手に死なないでもらえますか??」
冷たい掌に温もりが包む。正しくいうなら、彼とその温もりの正体が相対的に正体の方が温度が高かっただけだ。彼の腕が冷えていなければ、ソレの方がずっと温度は低かっただろう。
パーシヴァルは空からの眩しい日光に抗って、閉じていた瞼を開けると、フランが必死に彼の掌を掴んでいた。
「ぁ、なんで……?」
「先ほど申したはずですが、もう記憶が失われてしまったのですか? 鶏は三歩で忘れると言いますが、パーシヴァル様は鶏以下でございましたか、記憶を改めさせていただきますね」
「ああ、平常運転だな、フランは」
パーシヴァルが疲弊した笑みを浮かべると、フランは笑みを返した。彼にとってその微笑みは天使のように思えた。
「……では、上がります」
彼が掴むだけで精一杯だったものをフランは片手と両脚で器用にゆっくりと登っていく。道中でツメツメクサの収穫も忘れずに、崖を登って、登りきった。
「では、到着でございます。」
フランはパーシヴァルを雑に地面に投げ降ろす。本日三回目の顔面着地。既にボロボロの顔面は余計に崩れる。それはもう酷い様だ。
パーシヴァルは涙を拭って、立ち上がった。体に纏わりついた土埃は多く、払うことを諦めて、帰って洗濯することを心に決めた。
パーシヴァルは掌の泥と汗を服で拭って、握手を求めて手を伸ばした。
生きている、という曖昧な思いが脳裏に浮かんだ。
そのワードを思い出すと、徐々にパーシヴァルの意識は覚醒に向かっていった。
耳に入ってくるのは、よく知る女性の嗚咽する声とよく知る男性の息苦しそうな声。同時に脳裏にフランとシュウエットの表情を思い出す。
そして、じわじわと思い出す。最後の記憶。
ポーションの材料として見つけたツメツメクサを見つけて我を忘れて跳びこんだが、叶わず奈落に落ちてしまった。記憶はそこで途切れている。
思い出すと、胸の内が恐怖を思い出し、遅れて喜びの感情が湧きあがる。それは、自分がまだ生きている喜びもあったが、なにより仲間が助けてくれたということと今悲しんでくれていることが一番の理由だった。
(そうだ、俺は帰らねば。助けてくれた二人の為に。)
眩しい日光を目に入れて徐々に視界は鮮明になり、最初に映ったのは二人の姿だった。
「――なにやってんだてめぇら」
二人の姿には間違いない。しかし――
「見て分かるだろう!! 筋トレだ!! 今日は自分を虐め抜くために指だけで腕立て伏せだ!!」
「いえ、これは注射でございます。虚弱者」
フランの握っている注射器の筒には何も入っていないように見えた。しかし、しっかりと押し子は引かれている。
「それ、空気だよね!? 入ってるの!!」
「ええ、そうですよ。」
「開き直りやがった!?」
悪魔のような表情で上からパーシヴァルを見下ろした。後ろではフンッフンッと筋トレしている声が聞こえる。
「てか、その表情で思い出したぞ!! てめえ、俺落としたろ!!」
時は戻って、崖から登った後。
「では、到着でございます。」
フランはパーシヴァルを雑に地面に投げ降ろす。本日三回目の顔面着地。既にボロボロの顔面は余計に崩れる。それはもう酷い様だ。
パーシヴァルは涙を拭って、立ち上がった。体に纏わりついた土埃は多く、払うことを諦めて、帰って洗濯することを心に決めた。
パーシヴァルは掌の泥と汗を服で拭って、握手を求めて手を伸ばした。
「フラン、ありが――――えっ?」
彼の視界はゆっくりと空を映し出す。そのまま空は遠くなり、背中に強い風を感じるようになった。
「言いましたよね? わたくしが殺すと」
空は更に遠くなり、岩の天井と床が視界に入り始める。そして、人影が見える。その表情は、地獄に巣食う悪魔の笑み。それが眼球に焼き付いた。
「ちくっしょおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
今度こそ、さようならパーシヴァル。安らかに眠らんことを……また来世で――――
「いえ、全く記憶にございません」
「便利な記憶構造しているな!!」
「なに!! 俺も覚えたことはすぐ忘れるからな!! しょうがないことよ!!」
「あんたの脳は筋肉で埋まってるからな!! 覚えるスペースもありゃせんもんな!!」
「何をうじうじ申されてるのですか? しょうもない……」
「殺人未遂をしょうもないですか、犯人さん!!」
「なに!? 殺人だと!? どいつだ!?」
「「こいつです」」
パーシヴァルはフランを指さし、フランはパーシヴァルを指さした。
「うむ、どちらも犯人なのだな! くらえ!!」
シュウエットは構えをとると、周囲から光のオーブが彼の右手へと次々集まってゆき、光球はみるみるうちに大きく育っていく。
「おい、あれまともに喰らったらやべえぞ……ってもう居ねえ!?」
フランが居たところには、木の丸太と『フラン』と文字が書かれただけの紙が落ちていた。
「うむ!! 二人ともそこにいるな!! マッスル!! マジカル!! パンッッッッチィィィィィィィッッッッ!!!」
「いや一人いな――ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「ふう、危なかったですね……」
フランが後方を振り返ると、パーシヴァルが魂を口から出して、宙を飛ぶ姿が見えた。そのまま、彼は建物の陰に消えて行き、どこかの市場に墜落した。
それを眺めて、合掌&嘲笑。視線を動かして、青空を眺める。
空はどこまでも澄み渡っていて、まるで自分たちの未来のよう。太陽も未来を明るく照らす希望のようにフランは感じた。
(また、一歩進んでいきましょう。世界が闇に包まれようと、わたくしたちの胸が希望の灯を絶やさぬ限り、明るい未来はきっと待ってくれているはずでございますから……)
また冒険に出かけようと、門へ向かってフランはまた一歩歩きだした。
「いたぞ!! シュウエット!!」
「何事ですか!!」
フランが振り返ろうと足を動かしたが、何故か動かすことは出来なかった。
恐る恐る下を確認すると、全身血まみれの男がフランの足をがっちりと掴んでニタリと厭らしい笑みを浮かべていた。
「逃がさねえぞ……何良い感じに終わらせようとしてんだ…………」
「この外道がッ!!」
拳でパーシヴァルを殴りつけて、剥がそうと試みたが彼は意地でも手を離さなかった。
「そっくりそのまま返すよ。おい、ここだ!!」
病院のドアから、殺気を漂わせたシュウエットが出現。その瞳は正義に燃えていた。
「なるほど、身代わりの術と言うやつか……思わず騙されたぞ、フランよ」
「いや……近づかないで……やめて……!! 仲間でしょう!?」
「否!! 仲間だからこそ、正しい道へ導いてやらねばならぬ!!」
「そうだぞぉ……フラァン……一発殴られとけぇ……?」
血まみれのパーシヴァルはニタニタと笑む。
「マァァァァァァスルゥゥゥゥッッパァァァァァァァァァァンンンンンチィィィィィィィィッッッ!!!!」
もはやマジカルでもない。魔術師としてのアイデンティティすらもかなぐり捨てて、物理一筋の攻撃を打ち放った。
「やめ――きゃああああああああああああああああ!!!」
ここは、レイン地区ヨルムンガンドの街。
異世界 転生/転移系勇者が三番目に訪れる街。程よく強くなって、調子に乗り始めた勇者たちが滞在する大きくも小さくもない街。
この次に進むには、知恵の洞窟を通らねばならない。
よって、調子に乗った結果思考回路が外れ、それに気付かずに先に進めなくなってしまった者。そもそも頭のおかしな者がまともな思考をすることが出来ず先に進めなくなった勇者が、この街に滞在する。
そのヤベエ奴の中でもヤベエ奴の集団。人呼んで、ワーキィズ。
これは、ワーキィズの冒険の一幕。涙(仲間からの虐め)あり、笑い(仲間を嘲笑)あり、苦難(仲間のせい)あり、の冒険譚である。