ショックでぐだぐだなマインドどうする?
「職場放棄して、すみませんでしたぁ! 」
明智は深々と頭を下げて謝罪した。机がなければ土下座していただろう。
「いいから頭を上げてください」
菊池は、明智の謝罪を終わらせると、レジュメを彼の前に差し出した。
「あなたは視覚優位だと思うから、注意事項をまとめて書きだしておいたから」
見ると、電話対応で留意すべき点が、大きめのゴシック体で箇条書きされていた。
・なるべくゆっくりわかりやすく伝える。
・怒った口調でなく優しく話す。
・独り言は呑み込む。
・疑問点があればすぐに尋ねる。
「視覚優位ですか……目の前にあるのに気がつかないことがあります」
「そう」
菊池は、別にイラついた風でもなく、たんたんと話を進める。
「馬鹿正直な奴だなぁ。余計なことを言わなきゃいいのに」
「意外と彼女は、明智の扱い方を知っている」
「普通の人なら、ムッとしているところよ」
「新しい風が吹いたか。なーお」
「それと」
菊池は真剣な表情になり、彼を気にかけているように切り出した。
「失礼かもしれないけど、明智さんは、軽い発達障害の可能性があると思うの。支援センターが市内にあるから相談した方がいいわ」
「え、あ、はい」
彼自身、何か人と違うとは気づいていたが、具体的な回答までたどり着けてはいなかった。もともと、福祉方面に疎いせいもある。自発的に動くのが苦手だったりもする。典型的な福祉の手からこぼれた、支援を要する者だった。
聞き慣れぬ言葉に守護霊団も混乱していた。
「なんだよ。『はったつしょうがい』って」
「すまぬ、わしも不勉強でな。怪しいとは思っていたが、突き止めてはおらぬ」
「なんか変だとは思っていたけど、その『はったつしょうがい』ってのが明智の問題点みたいね」
「働けぬ原因だ。なーご」
それだけを伝えると、面談は終了した。張りつめた空気がゆるゆると戻って行く。
今回は特にこっぴどく叱られることはなく、明智にとってはうれしい誤算だったが、少々拍子抜けしているところがあった。恐る恐る疑問を尋ねてみた。
「あの、菊池さん」
「はい」
「どうして、そんなに親切にしてくれるんですか」
「あなたと同じような、息子がいるの」
「あ、はい」
秀則は面談室から出ると、自分の席に着いた。さっそく仕事を始めたが。頭の中で少しずつ、先ほど菊池から言われた意味が形をなし始める。彼の頭脳は、物事の理解に時間がかかるのだった。
「あっ、結婚していたのか」
急に関係ないことを喋ってしまい、電話が切れた。
室内を巡回していた唐沢が、呆れた顔で明智を見ている。
急に現実を掴んだ彼は、モチベーションが落ちて行くのがわかった。
「あらら、失恋してやんの。かわいそうな奴だ」
「明智がやけを起こさないように仕事に目を向けさせないといかん」
「やれることはやって、なんとか今日を乗り切るわよ」
「まだ傷は浅い。なーむ」
問題は山積みだった。失恋した彼を奮起させて、後半の仕事を乗り切らねばならないことと、支援センターに連絡しなければならなくなったこと。守護霊団も新しい概念の登場に、今までの認識を変えなければいけなくなった。
「俺は後で天界に行って、上級霊とかけあってくらぁ」
「頼むぞ」
「今は仕事をちゃんとやり遂げられるように奮い立たせなきゃ」
「久々の修羅場だ なーご」
意気消沈した明智のやる気を出してもらうため、責任感に働きかけたり、彼の真面目な部分に語りかけたりしている。傷心した彼は惰性で仕事を続けている。心境と表情がアンバランスなので、顔つきはきりりと引き締まっていた。それだけが救いだった。失恋の毒がじわじわと心を痛めつける前に、心を切り変えて、目の前のことに没頭してもらう必要があった。
「頑張れ。頑張れ」おせんが必死にエールを送る。
「過去のデータから見ると恋愛レベルは割と低いそうだ」利長が過去のデーターを引っ張りだす
「恋に恋するってやつか。なら何とか乗り切れそうだな」清太郎は努めて楽観的に考えようとしている。
「今日を乗り切っても。今後どうなるか。なーご」
問題は今後だ。明智は今度こそマーケティングの仕事を辞めてしまうかもしれない。支援センターへのアクセスは未知の世界だ。何とか、仕事を続けてもらって、辞職は回避したい。
「せっかく仕事の面白さを感じかけたんだ。辞めることはねぇよな」清太郎は自分に言い聞かせるように
呟いた。