スーパーでの仕事ぶり
明智はアルバイトに出かける。
車の運転が苦手なので、店舗に列車で行かねばならず。その列車が信号機の故障で20分立ち往生した。
遅刻した明智は、さっそく上司から大目玉を食らい。その日の仕事は暗澹たる気分でスタートした。
先輩のパート職員に会って「おはようございますぅ」と語尾が消え入りそうな元気のない声で話しかけると
「昨日の値引き、またまちがっていたわよ。明智さん、もっと気合いを入れて仕事してよね」
と叱責されて、とぼとぼと冷蔵庫へ向かった。
これが明智の日常だった。
「最悪の始まりだな。ったくツキがねえ奴だ」
「いつものことだ」
「問題は、ここの上司が叱って鍛える方なのよ。彼、叱責に弱いでしょ」
「早く生活保護受けろ。なーご」
明智はと見ると、気落ちして元気がなかった。
「どうして僕はいつも失敗ばかりするのだろう。真剣にしているのに」
「明智にも問題があるのよ。道化キャラで接しているから、ふざけていると思われるのよ」
おせんが珍しくきつい口調で言い飛ばした。
「その通り、明智は自分が他人にどう見られているのかまったく分かっておらぬ」
利長も同意する。
「するってえと何かい。明智は、ふざけなから仕事をしてるってえのかい。そいつはダメだぁ」
やがて荷物が搬送されてくる。カゴテナを受け取ると檻に入れられた囚人のように鉄棒をつかみ、
「ここから出してくれ~」と叫んだ。
「受けないのに荷物が来ると必ずあれをやるのよ。冗談は人間関係の潤滑油と思っているみたい」
「でもすぐ終わるんだろう。ま、やらないに越したことはないけどよ」
いつも同じことをしているので、たった数秒間の行為でも上司に見つかり注意された。
慌ててカゴテナから手を離し、黙々と倉庫を移動する。表情は始終しかめっつらだ。
不愉快というわけではない。彼の場合、何故か心と表情が一致させられない。
「何で怒った表情なんだ? 」
「わからぬ。だが、彼は気が弱くて、今は泣きたい気持ちでいっぱいであろう」
「あれぐらいの注意、俺なら屁でもないぜ。なんならちょっと代わらないか?」
「守護霊背後霊任務心得第13条。いかなる理由があろうとも憑依行動を禁ず」
「そうだったな。ごめんよ」
昼食時間、明智は一人だった。仕事ができないことに引け目を感じているせいか、誰にも話しかけようとしなかったせいもある。
たいくつそうに、今まで20回は見たであろう少年漫画誌を読むふりをして時間を潰した。
頭の中で軽くクロッキーができるぐらい見飽きた表紙と、コマ割りを見るのは苦痛だった。
「誰かと話せばいいのに」
「おそらく、誰かが話しかけてくるのを待っているのであろう」
しかし、仏頂面でもくもくと少年漫画誌を黙読しているむくつけき男に話しかける物好きはいなかった。
彼は座敷に上がり込んで寝たふりをした。
「しまったああああ! 寝過ごした」
寝たふりをするうちにいつしか本物の眠りについたようだ。
腕時計を見る顔が青ざめている。
「どこで油売っていたんだボケェ」
上司の怒りが炸裂する。世の中ついていないもので彼の上司は短腹で口が悪いので有名なのだ。
「起こしてくれる奴もいないのか。人情薄いなー」
「友人がおらぬゆえ、不便なものよ」
「私たちが起こすわけにはいかないしね」
「生活保護受けたら寝放題。なーご」
守護霊背後霊規約により、直接本人に働きかけてはいけないのだった。
できることといえば、間接的にヒントになるような暗示をすること。
本当の危機に陥った時、守護霊が身を呈して守ることは許されている。
明智は、半分泣きながら商品を陳列していた。
でもなぜか、表情は怒っていた。
「笑顔にならんか笑顔に。それと大声でいらっしゃいませは? 」
明智の顔を見た上司が、いらつきながら檄を飛ばす。
めいっぱいスマイルしようとするが、表層筋が上手く働かず、人を小馬鹿にしたような顔に変わる。必死に頭の中で笑えることを思い出そうとする。その分動きが悪くなる。
「いらっせいませ。いらっせいませ」
半ばやけくそのように同じフレーズを繰り返し、声を出した分動作は遅くなった。
「いっぺんに二つのことができないみたいね」
「左様。声を出せば作業がおろそかになる」
「この職場向いてないんじゃねえの」
「早く生活保護受けろ。なーご」
陳列している最中、お客様に商品の位置を聞かれて案内に行き、その後、迷子になった。
「チンタラ遊んでるんじゃない。クソカス」
売り場で迷っているところを上司に運悪く見つかり怒鳴られた。
「はい。ごめんなさい」
心は泣いているが、顔はしかめっつらのままだった。
それが上司の感情を更に逆なでした。