ダメフリーターの経歴
この作品は発達障害者を揶揄したり笑い者にするために書いたのではありません。
仕事をするのがどうしても向かない主人公を立てて、仕事というものが誰にでも出来るものではないことを伝えたかったのです。
明智秀則は、33歳のフリーターである。
彼は何をやらせてもダメという悲しい特徴がある。
人より秀でた才能も特技もなく、勉強も運動も苦手で、容姿もすぐれておらず。
普通の人ができること(アルバイトや雑用等)がまったく不得手だった。
何をさせても不器用で、毎日人に叱られてばかりいた。
叱られることは苦手で、すぐに泣きだし、相手の怒りに油を注ぐ結果になった。
「僕は何のために生まれてきたのだろうか」
大学は文系だったので、仕事は営業職しかなく、対人関係が上手く構築できないので営業は無理という矛盾。
他に文系でなれる仕事といえば教師だが、彼は外国語が押し並べて不得意だった。
英語は中学校でつまづいた。スペルと発音が違い過ぎると言うのが理由だ。
第二外国語のスペイン語は文法で詰んでいる。
いや、名詞に性別があるのが嫌だと主張していた。
スペイン語なら、英語と比較して単語を覚えやすそうなものである。が、残念なことにスペイン語も彼に救いの手を差し伸べてくれなかった。
数学も連立方程式でつまづいたため、理系には行けず、技術者など対人関係をあまり必要としない仕事にはつけなかった。
仕事が楽そうというイメージで誰もが一度は目指す職業の公務員もあったが、上記の理由により公務員試験も勉強がはかどらずに終わった。
「僕に向いている天職なんてあるのだろうか」
一つのことをやろうとすると、別の面で苦手なものが出てきて彼の希望を打ち砕く。
漫画家を目指したが、手と背景と右向きの顔が描けなかった。登場人物の着る衣服も悩みの種になる。ファッション雑誌を男女取り混ぜて参考にと買ってみたのだが、服のコーディネートが上手くいかず苦手を増やしただけになった。
ライターを目指したが、不用意な発言でクライアントや取材対象者を何度も怒らせてしまった。
お笑い芸人も考えてみた。天然ボケな自分なら適職かもしれないと思ったからだ。
しかし、オーディションでは一度もウケを取ることがなかった。
なぜなら、突っ込みの相方を見つけられず、おまけに自力でネタを作る能力がなかったからだ。
「はじめまして。『るで始まる』です。しりとりでつまったら使ってくださいね」
着眼点はいいかもしれないが、無名の芸人志望者の芸名なんて誰が使うか。彼はいつも肝心な視点が抜けている。
アルバイトすらまともに続かなかった。
動物好きだったのでペットショップに入ったが、犬が苦手なことを忘れていて、トリミング等の世話ができなかった。
理由は不明だが、どんな大人しいワンコでも、彼には牙をむいて吠えたてるのだ。
彼が好きな動物は、魚、爬虫類、昆虫に限られる。
その後、金魚の水槽で白点病を大量発生させて、ペットショップは首になった。えらに白い点がついている金魚を『追星』だと思い込んで放置したせいだった。事前に金魚の知識を専門書で仕入れていたのが仇になった。この点、彼はトコトンついていない。
レジ打ちは大の苦手で、レジ打ちの最中に頭が真っ白になって作業を止めてしまうことが多く。
各種カードの見分けがつかず、取扱い金券の区別もつかず、何度も挨拶や敬語を忘れてしまうので、
そこも首になった。なにせ、かごに商品を入れなおす時、温かいものと生鮮食料品を重ねておいてしまうのである。注意力散漫なのかやる気がないのか。
塾講師を目指そうとしたが、苦手な英語や数学の募集しかしておらず、唯一得意な歴史等の講師は求人がほとんどなかった。
しかも、彼は戦国時代と三国志時代以外は興味がわかず、日本(世界)史講師としても不適合なのは明らかだった。
「もしかしたら僕は、働くことができない人間なのかもしれない」
単純にみえたコンビニの作業は、やることが多くて固まってしまう。
タバコを吸わないので、たばこの種類が覚えられず、銘柄の違いも判らなかった。
おでんを落としたり、各種手続きの書類が書けなかったり苦難は続く。ネットマネーの取り扱いは、混乱してる彼に追い打ちをかけた。
車の運転は大の苦手なので、運転手もできなかった。
車に乗ると、街の看板や線路に見とれて、前を見ることがおろそかになり、ヒヤリとすることが多々あった。彼は電車好きなので、線路を見かけると居ても立っても居られない気分になる。踏切の警報器を見ただけで心が踊り、どんな電車が来るのか楽しみでたまらなくなる。気もそぞろどころではない。気が完全に電車の方へ持っていかれてしまっていた。
このままではいつ交通事故を起こすかと思って、不安になって運転そのものをやめてしまった。
それ以前に駐停車もかなり下手糞で、車と車の間には絶対に止められず。必ず片方が二車体分空いている
駐車スペースを探さねばならない。にもかかわらず、白線をまたいで注射することが多い。どうやらドアミラーに映った映像を理解していないのだろう。
今はスーパーで働いているが、急ぎの作業になるとミスを連発してしまう。
賞味期限がまだある品に、値引きシールを貼り、期限がもうすぐ切れる品を放置するため、上司に毎日叱られている。他にも目の前にある器具を見つけられなかったり、棚を取り換える音に驚いて、叫び声をあげたりする様なおかしな行動をしている。
また、何度も同じミスを繰り返すので、周囲からわざとミスをしている、やる気がないと思われている。
三流の私大だが、一応大学を出てるので、そのような頭のいい人間がするミスだとは思われないのだった。
「占い理論を勉強したら占い師で食えるかも」
日々ミスが多くて、生きづらさを感じているので、占いは趣味として彼の中では大きなウェイトを占めていた。
ただ、勉強嫌いが影響して、膨大な占い理論を把握することができず。市販の占い本を買って読むが、すぐに投げ出してしまう。今まで買った占いの書籍は、西洋占星術、インド占星術、紫微斗数、四柱推命、手相、人相、タロット、易と多岐に渡るが、マスターしたものは一つもない。占い学校に通えばなんとかなったかもしれないが、彼は口が軽く知ったことを何でもすぐ人に喋ってしまうので、口伝で秘術を教える占い業界では、事前に占断して決して彼を入門させることはないだろう。
音楽を聴くことは好きだったが、絶対音感もなく楽器演奏も苦手だったのでそちらの方には進めなかった。音楽評論家になるにしても、センスが必要だった。楽曲を文章化して枚数を稼ぐ才能はなかった。
良くいる、特に取り柄がない若者だったが、問題は仕事が全くできないことと、叱られるのに物凄く敏感だということだった。もしメンタル的にタフならば、多少の叱責を柳に風と受け流して職場にへばりついていられたかもしれない。だが、残念なことに彼のメンタルは、豆腐いや湯葉いやホエーぐらいの弱さだった。ホエーとは牛乳を温めた時に表面に出る膜の事である。
そのころ彼の頭の上では、新しく赴任した背後霊がイライラしていた。
「どうしたらいいんだよっ。手先が不器用では職人にもなれないじゃねえか」
と額にしわを寄せて悩む、着物姿で髷を結った年のころなら30代ぐらいの若い職人風の男性がいる。
名を清太郎という。
「私も頭を悩ませている次第で。これといった能力が見当たらぬ」
40がらみの武士の身なりの男が同様に頭をひねる。彼を若いころから守っている守護霊である。
彼の名前は園田忠左衛門利長。
「根はいい人だよ。やさしいし」
日本髪を結った年のころなら二十歳ぐらいの女性がフォローをした。
紅一点の背後霊で、名はおせん。女らしさ担当である。
彼の少女漫画好きは、彼女の影響である。
「それはわかってらぁ、だけどよ。この仕事を首にでもなったら、おまんまの食い上げだ」
「生活保護受けろ。なーご」
と口を開いたのは、彼についている動物霊の猫だった。虎の縞模様で彼の頭上で生あくびをしている。
怠け者担当。名前はとら。
「だけどよぉ。それじゃカルマの刈り取りができねえって、えらーい人がいってたぜ」
「左様、この世に生まれたものは、仕事を通してカルマの刈り取りをせねばならぬ定めなのだ」
「でも、この能力じゃねえ。何をやらせても失敗続きで本人も自信を無くしているわ」
彼の頭の上で、3人と一匹が行く末を案じていた。