桜
「神様はこの世界を7日かけて作ったという。ということは、壊すのにだってそのぐらい時間がかかるはずだ」
「僕たちだって長い時間をかけてここまで作り上げてきた。でもなんで、壊れるのは一瞬なんだろうね」
とあなたは言う。
私はただ、
「わからない」
と返す。
あなたの言葉は美しい。
神社で雅楽を聴いてるよう。
長く並んだ鳥居の中に紛れ込んでしまったみたいにあなたの言葉は私を包む。
でも突然そこに一陣の強い風が吹く。雅楽の奏者たちも一斉に弦を強く激しく叩き始める。
あなたの言葉は突然に芯を得て思いっきり私にぶつかる。
私はあなたほど強くないし、言葉もないから、受けとめてあげることしかできないわ。
でもね、受けとめてあげることはできるのよ。
あなたの言葉はいつ出てくるかわからない。
水無月の夕立のよう。
激しく私の心に雨を降らせて、そして何事もなかったかのように違う顔をすぐに見せる。
嫌いじゃないわ。だって必ず止むでしょ。
それでね、何か言い終わるとどこか寂しげな顔をするの。
紅葉した葉がひらひらを落ちゆく姿を見てるかのように。
でも落ちるだけじゃない。ちゃんと次の年には新しい葉を見せ、また美しい世界を見せてくれる。
そしてあなたは沈黙する。
なんの音もない、一面雪で覆われた雪原のように。
そこには生命の呼吸は聞こえない。
私が言うのもなんだけど、私は春の風なの。
その雪を溶かして新たな生命を作り出す。
そしてあなたはまた、私を知らないところへ連れて行こうとする。
私の好きな歌にこんなのがあるわ。
「世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし」
この世界に桜がなければ、私の心はのどかそのものだったでしょう。
この世界にあなたがいなければ、私の心もこんなにざわついていなかった。
今は、幸せすぎてため息がでちゃうもの。