「好き」から『好き』までの境界線
なんかほっこりしたくて、作ったとても短い短編です。
よろしければ是非。
青空がすき。
快晴じゃなく、ちょっと歪な雲がポツポツと浮かんでるくらいのほうがもっとすき。
風の音が好き。
草木を揺らすくらいの、強すぎず、弱すぎず、吹き抜けていくようなのだとなおのこと。
日に透けた葉の色がすき。
さらにそこに影ができているのはもっと心惹かれる。
さわさわと流れる川の音がすき。
急流になって少し唸っている音も同じくらいすき。
それと同じ感覚で、私があなたをすきと言ったら…
あなたはどう思うのかな?
そんなことを思いながらふと自嘲染みた笑みを浮かべてみる。
「どうかした?」
ベンチに隣り合って座っていた彼が、手元の本から顔を上げてこちらを見てくる。
相変わらず、人の機敏に聡い人だ。
なんでもないというように曖昧に笑って首を横に振ると、彼はしばらく私をじーっと見たあと、ぽんぽんと私の頭をなで、そしてまた元の本の世界へと戻っていった。
そうして静かに本を読んでいる姿は彼らしい穏やかさが滲んで見える。
彼と付き合い始めたのは今から3ヶ月ほど前だった。
バイト先のカフェの、なんとなく居心地のいい先輩。
それがいつしかプライベートでも合うようになり、告白され、付き合うように…
変わらないはずの穏やかな空間。
それなのに時折彼の瞳に映る燻るような熱に…
私は翻弄されることもできず、ただただそれを持て余してしまっている。
応えきれないことへの罪悪感。
慣れないことへのむず痒さ。
こんなにジリジリと、ゆっくり焦がされる感覚を今まで味わったことがない。
その場限りの、焼き尽くすような関係。
派手な見た目もあって、いつもどこかに遊びに行くような女だった私にはそれが楽で、めんどくさくなかったはずなのに…
たかが恋愛でこんな戸惑うこともなかったはずなのに…
作った自分を演じなくてもいい人。
だからそれで楽だったから一緒にいただけなのに…
今はその穏やかな時間さえ落ち着かない。
そこに、潜んだ触れたことのないような熱を感じてしまうから…
空は雨の日のほうが好きだった。
外に出ずに、家に篭る理由ができるから。
風の音は嫌いだった。
耳にまとわりつく音が、耳障りに聞こえていたから。
葉を透かすような日の光は苦手だった。
キラキラと映し出す世界があまりにも綺麗すぎるから。
水の音を聞くと泣きたくなった。
まるで自分はなす術もなく周りに流されている気になるから。
穏やかな時間は落ち着かなかった。
何かしていないと、自分の存在意義を確かめられないから…
あなたのことが苦手だった。
全てを見透かしたような穏やかな瞳が、私の仮面の下を覗き込んでくるから…
あなたと出会って変わってしまった。
嫌いだったもの、苦手だったもの、好きだったもの…
いろんなものが変わっていった。
果たして、次は何が変わるのかしら?
…ちらりと彼へと視線を向ける。
すると、彼はその視線に気がついたかのようにこちらにまた目を向けた。
穏やかで優しくも、燻るような熱をもつその瞳に絡めとられる。
落ち着かない…
でも、
どこかその瞳に焦がれ始めている。
あと少し、
あと少しだけ待っていて。
そうしたらたぶん…
あなたの気持ちに追いつくから、
あなたに同じ熱を返してみせるから。