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夢に呼ばれて

作者: 日毎イチ

不思議な夢を書き留めたものです

書いているうちに詩のような形になりました

一部、茨木のり子さんの詩の言葉をお借りしています

ある印象的な夢を見ました

わたしは銀の列車に乗っていて、しんしんとふる雪に埋もれた真っ白な山の隙間を抜けていく

その景色は雪国出身のわたしにはどこか懐かしく

行くさきを知らないというのに

あるいは間違えているかもしれないのに

不安になるどころかとても穏やかに感じられて

その美しさに見蕩れながら、列車の向かうさきへただただ流されていきました

すると真っ白な山々の世界に突然、雪もかぶらずに見事に花開かせている桜の木がぽつぽつと見えはじめ

雪景色は瞬く間に膨れる桜色に蹂躙されていくのです

花の色は妖しささえ孕んだ生命いのちの香り強く匂い立つ濃艶

その花びらが雪にまじって舞い踊る

この世のものとは思えぬ光景

時も凍てつく戦慄の美しさ!


わたしは思いました

この銀の列車

さてはあの世に向かう途中か

幻想郷への片道切符じゃないのかと


そのうち列車は山の隙間を通りぬけて

悠久の時が流れる開けた世界へ飛び出しました

そこはまるで、かつて世界を震わせた巨大な火山であったかのような

暴虐の歴史を思わせる 大きな大きな火口のかたち

雪と桜が彩る山腹を弧を描いてなぞる列車からは、霧とも雲とも思える霞に遮られて、そこがどれだけ広くて高いのか測りかねます

しかし霞の隙間からちらと見えたのは

火口の深みにしぃんと佇む 深い色の湖

湖のなかには一本の大樹が伸びていて、その幹の先にはやはり

堂々と咲く孤軍の桜が


ここはきっと 茨木のり子さんの詩に聞く魔の泉だ

人の内に潜むという 決して他人の降りてはゆけない禁域

その者の魅力の在処

誰もが探し求めなければならない

両の手で一杯の清水を汲み上げてこなければならない

その者の深淵


やがて列車は小さな駅に停まり、駅名を記す看板には見慣れぬエキゾチックな文字

そこで降りていく見知らぬ人々と、いつの間にやら傍らにある母の姿

わたしは慣れた調子で母に言いました

「ここから歩くよ」と

母は一言も話さず、しかしなにやら嬉しそうなのです

わたしもまたそこを案内できるのが嬉しくて

見たこともない場所なのに、不思議と知っている密かなところ


駅舎の向こう側はもう湖でした

そこにはトラックでも通れそうなほどの立派な木橋が網目のように架けてあり

あるところには鳥居がちらほらと立っている様子

まるで大神殿に続くきざはしのよう

しかし大樹のもとまでは伸びておらず

そこへいくためのこれまた立派なボートがあるようなのですが

舵取りはこちらに目もくれず 乗ることができません


ああ あの桜の麓までいかなくてはならないのに

あの麓までいって そこに在るであろう〈私〉に

取り替えることも新しく生み出されることもない かけがえのない〈私〉に

そっと 触れなくてはならないのに

それだけが唯一の望み

それだけのために わたしは歩まされる

みずからの どうしようもない欠落感に耐えかねて


ええいままよと湖に足から飛び込もうとしてみると

橋の下には二匹の白いワニがこちらをじっと見据えていて

「足を入れたら噛み付くぞ」とでも言いたげに口をかぱっと開けるのです

さてどうしたものかとワニの鼻先に足をぶらつかせていると

今度は湖面から何やら恐ろしい生き物が長い首を高々と出し、木橋の上に躍り出てきました

木々を編み込まれて創られたらしい古木の肌を持つ龍です

龍は意味深長にこちらを見つめ

ふいっと橋の向こうへドタバタ歩いていきました

なんという警備体制 さすがは〈私〉の禁足地

本人すら入れてはくれないのです


わたしは諦めて 空高くそびえる桜の大樹を見上げました

かつて大噴火で頭を吹き飛ばしたか あるいは巨大な隕石でも墜ちたのか

月面のクレーターのようなその場所

枯れ果てて

荒寥たるひび割れた世界だけが広がっていると思い込んでいたそこには

いざ覗き込んでみると

一面の雪と桜に囲まれた 魔性の湖が湧いていた

そういうこともある

そういうことがあってもいいのだと

それを許した

向こうのほうがわたしの侵入を許してくれるのは

いつになるだろうか


傷つけ 傷つけられ

嘘をつき 嘘をつかれ 嘘をつかされ

信じれば裏切られ 信じたと思えば自らの謀りであるとも気づかず

時に見捨て 見放し 手放し 裏切り 殺し なおも殺し

その息づかいさえ聞こえなくなってもまだ殺しきること敵わず

二人の あの輝くような一体感などとうに忘れて

互いを置き去りにした日を延々と呪い続ける

そんな間柄になってもまだ この後ろ髪を引き その後ろ髪を引かれ

ともに涙を流し 笑いあえる日を夢見るきみよ


もういちど わたしのことを呼んでくれ



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