6.広がる戦火
必要最低限の物を買い揃えたティエラとライラは、村を出た。
イリータ街へと向かう道を進むティエラは、隣を歩くライラに恩義を感じていた。何故ならば、食堂での代金や店での支払いは、全てライラの財布から出されたものだったからだ。
──お金を持たずに王都まで行こうとしていただなんて……ライラには、幾ら感謝してもしきれないわ。
その事実を告げたところ、ライラに驚かれた。
しかし、旅の初心者なのだから、金が足りないのは──というかティエラは無一文であったが──仕方ない。
その代わり、後で稼いで支払った分の半額を返してくれれば良い、と言ってくれたのだ。
「お二人もこっちの道を行かれるんですか?」
振り返ると、ほんのり赤みを帯びた灰色の髪の青年が二人に笑顔を向けている。
ティエラは、彼の服装や髪色に見覚えがあった。
「あなた、さっきのお店に居たお客さん……?」
「シエルと申します~」
シエルと名乗った青年の長髪が、風に揺れる。
男性にしては大きな瞳が、優しい色をしていた。
彼がもっと幼ければ、少女と間違われてもおかしくない。それほどまでに、シエルは穏やかな雰囲気を醸し出していたのだ。
「それで? 何でアナタがわたし達に声を掛けてきたワケ?」
彼ののんびりとした口調に対し、ライラは小柄ながら堂々とした態度でそう尋ねる。
するとシエルは、情けなく笑いながら言った。
「いやぁ……実は僕、ひょろっちいなりに戦闘系のギルドに所属していたんですけど、クビになっちゃいまして」
「そんだけ草食系ならクビにもなるわね」
「ちょっとライラ! そんな言い方をしては彼に失礼よ」
「いえいえ~! えっと、ライラさんでしたか? 彼女のおっしゃる通りですし、僕は全然、草食系もやし野郎とか呼ばれても気にしないですから。それでその、クビになってからこの辺りをウロウロしてたんですけど、これから別のギルドを探そうにも、大きな街まで一人で行ける自信が無くて……」
頬を掻きながら、期待の込められた視線を向けるシエル。
「その、もしお二人にご迷惑でなかったら、僕も連れて行っていただけないかなぁ……なんて! へへっ、厚かましいお願いで申し訳ないんですけど……」
──彼は憎めない人だし、出来ることなら……
護衛も雇わず街道を往く、二人の少女とスライム。
どうやらシエルの目には、そんな少女達でも頼れる人間に見えているらしい。
「私も似たような立場だから、シエルが困っているのなら、街までは彼と行動しても良いかと思うのだけれど……」
「だめ、ですかね?」
ティエラとシエルの視線が集中すると、ライラは眉間にしわを寄せ、唇を尖らせた。
彼は、とても純粋な心を持っているのであろう。甘える仔犬のような瞳で、シエルは真っ直ぐにライラを見詰めていた。
「……わ、わかったわよ! アナタもついて来て良いわ!」
「ほんとですかぁ!?」
「ただし! 足手纏いになるようなら、わたしだってアンタを置いていくからね!」
片手でライムを抱えながら、ビシッとシエルを指差すライラ。
その言葉が告げられた途端、シエルはまるで大輪の向日葵が咲いたような輝く笑顔を浮かべた。
「良かったわね、シエル」
「はい! ありがとうございます~!」
そこからシエルが加わり、道中魔物や狼に襲われはしたが、ティエラ達は難なくそれらを屠った。
ティエラが敵を惹き付け剣を振るい、ライラはライムを嗾けて、離れた位置からシエルが銃を撃つ。
自分を弱いと評価していたシエルだったが、彼の放った銃弾は何度か外れることはあっても、役立たずと切り捨てられる程ではなかった。
──この腕前で、ギルドを追い出されるものなのかしら?
そんな疑問を抱きはしたものの、あまり他人の事情を勘繰っては失礼だろうと、ティエラはそれ以上考えるのは止めておいた。
それから一度野宿をして、翌日の夕方にはイリータ街に到着した。
するとライラはまだ宿で休むには早い時間だからと、ティエラとシエルを連れて街を案内し始めた。
そんな三人の後ろを、もっちょんもっちょんと飛び跳ねながらライムもついて行く。
「この街は北と南に門があって、国境に近いから王都の騎士団が常駐してるの。まあ、当たり前の話だけどね。あそこがその騎士たちの寄宿舎よ。で、向かい側にある広場の先が宿屋ね。今夜はあそこに泊まりましょ」
指差しながら説明するライラ。
世話好きな性格なのか、こうして二人に知識を披露しながら、生き生きとした表情をしている。
「王都の騎士が? この街に常駐しているなんて初耳だわ……」
──私が王都を離れている間に、何かあったのかしら。
寄宿舎の門の前に立つ騎士の鎧を見るに、ティエラと関わりの深い白狼騎士団ではない。
──胸の赤い薔薇の紋章……お兄様の紅薔薇騎士団だわ! 彼らが何故このイリータに……?
「へぇー、そうなんですかぁ」
「あら、二人は知らないの? 三ヶ国の侵攻を押し留める為にロディオス王子が派遣されて、紅薔薇騎士団を引き連れてこの街に来てるのよ」
「お、お兄様が!?」
ティエラが出した驚きの声に、びくりと肩を震わせたライラ。
「ちょ、あんまりおっきな声出さないでよ! ……ていうか、お兄さまって?」
「ああ、その……紅薔薇騎士団に……」
──とても近しい関係の、ロディオスお兄様が……
と、最後の言葉はティエラの胸中だけで呟いた。
「へぇー! 騎士団にアナタのお兄さんが居るのね!」
「かっこいいですねー!」
上手いこと勘違いして解釈してくれたライラとシエルに、ティエラは内心安堵した。
しかし、その安堵を大きく上回る嫌な予感もあったのだ。
「ほら、一年前にサンキーノ王国とミア公国、それと嶺禅国との戦争が始まったじゃない? あれからこの街から少し離れたところで小競り合いが続いてるの。これ以上三ヶ国にこの国の土を踏ませないために、ロディオス王子と紅薔薇騎士団が奮戦してるのよ」
「三ヶ国と……一年前に?」
過去にティエラが立った戦場。その相手はサンキーノ王国軍だった。
領土拡大を目論むサンキーノ王は、隣国のミア公国と強制的に同盟を結び、物資や資金を援助させていた。
その二つの国が相手となったのは、もう十年も前からのことだ。そこに何故嶺禅国が加わっているのだろうか。
「こんな街中で、それも騎士団の宿舎の近くで言うような話じゃないけど……王女様が、暗殺されたから……」
「あっ……!」
「確か名前は……ティエラ。アナタと同じ名前だなんて、すごい偶然ね。それがきっかけとなって、レデュエータは嶺禅に宣戦布告。嶺禅は元からレデュエータに敵対していた国を味方につけて、より大きな戦争が始まってしまった……」
ティエラは、ライラから告げられた一連の出来事に驚愕した。
ティエラの知らない間に、一年もの歳月が過ぎていた。
あまりにも信じがたい話だが、ライラが嘘を吐いているようにはとても見えない。
──真実を確かめるなら……お兄様に直接会うべきだわ。
自分が死んだことになっているのなら、いち早くこの身の無事を報せるべき。そう判断したティエラは、紅薔薇の紋章が掲げられた寄宿舎を見上げた。
「……ごめんなさいライラ、シエル。急用が出来たから、先に宿屋で休んでいてもらえるかしら。お金の稼ぎ方については、また後で詳しく話を聞かせてちょうだい」
鬼気迫る表情で告げたティエラ。
何かよほど重要な話を兄としなければならないのだろうと、ライラは足元に居たライムを抱き上げ頷いた。
「……わかったわ。あんまり帰ってくるのが遅かったら、先にご飯食べちゃってるからね! 行くわよライムちゃん、シエル」
「はーい!」
素直に聞き入れてくれた二人に感謝しつつ、ティエラは重い足取りで寄宿舎へと向かった。