3.もにゅりたいお年頃
悶々としながら、人の気配がする方へと歩き始めて数十分。
前方からぽにょん、ぽにょんと弾力のある音が聴こえてきた。
「な、何なのかしら……あの小さな塊は……」
飛び跳ねる塊は、よくやく見えてきた漁村の方からティエラの方へと近付いて来る。
──あれは、魔物なのかしら?
漁村近くに魔物が出たのなら、もっと村民が騒いでいてもおかしくない。
それなのに村人達は平然としている。小さな謎の塊のことなどこれっぽっちも気にしていないようだった。
「ライムちゃーん! 朝ご飯の時間でちゅよー!」
あの塊を追いかけてきたらしい、ウェーブした長い白髪の少女がやって来た。
ライムちゃんと呼ばれた緑色の塊は、ぱよーんと大きく飛び上がる。
そして、ぴちゃっとティエラの胸に飛び込んで来た。
ティエラは反射的にそれを抱きとめる。
「あら! アナタ、わたしのライムちゃんを捕まえてくれたのね。礼を言わせてもらうわ」
「この、もちょんとした物体のことかしら?」
「ちょっとアナタ、スライム見たことないの?」
「スライム……というと、図鑑の挿絵でなら見たことがあるわ」
「図鑑ですって!? 生でスライムをもにゅったことないの? 本気で言ってるの?」
「もにゅる……?」
視線を下げると、ライム──少女にそう名付けられたらしい緑色のスライムと目があった。
くりっとした目と、曖昧な口元。ほどよくひんやりしたボディは、彼女の言うように腕の中でもにゅんもにゅんと形を変える。
──これが……スライム……!
「何だか……無性に指でつつきたくなる……!」
「そう! それこそがスライムの魅力なのよ! ほら、ちょっとライムちゃんのほっぺたをこう……指先でつんつんしてみなさい! 遠慮はいらないわ!」
「ああっ……! く、クセになるもちもち感……!」
「やっと! やっと出会えたわ! わたし以外にスライム系の素晴らしさを理解してくれる同志に巡り会えたんだわー!」
正面から飛び付いてきた少女は、嬉しさのあまり涙が溢れていた。
服の袖でごしごしと涙を拭いながら、小柄な少女は至近距離でティエラの顔を見上げる。
「わたしたち、スラ友になりましょ!」
「す、スラ友?」
「スライム系好きな友達のことよ! わたし、ライラっていうの。こんなド田舎の漁村で、アナタみたいな違いのわかるオンナに出会えて幸運だわー!」
あまりにも強く抱きしめてくるせいで、ティエラとライラの間に挟まったライム。
緑のぷるぷるボディは、ぶちょーんと潰れてしまっている。
「アナタの名前はっ?」
感動の涙はもう引っ込んで、キラキラとしたアイスブルーの目がティエラを見上げている。
「私は……ティエラよ」
少し悩んだが、本名を名乗ることにした。
「ティエラね! よーし、覚えたわ!」
目の前の少女は、とても純粋にスライムを愛している。そんな少女になら、名前を偽らなくても、悪いことは起きないだろう。
ライラには、自然とそう思わせる魅力があった。
「早速スラ友になったんだから、もっとライムちゃんを愛でて愛でて、愛でまくってほしいわね! ほーらライムちゃん、こっちでちゅよー」
ライラが呼ぶと、潰れていたライムは、彼女の胸、首、顔と順にのぼっていく。
ライラの顔全体が緑のでろでろに覆われた時には、ティエラが言葉を失った。
息苦しそうな様子は一切見せない。むしろ、これ以上ない至福の瞬間だと感じさせる幸せそうな笑顔──というか、にやけ顔──を浮かべるライラ。
どぅるんと頭の天辺まで到達すると、ライムはぷるんと体を震わせた。
ぷるん、ぷるんと震えるたびに、元通りだ円形の潤いボディを取り戻していく。
「ぐふふっ……!」
「……生命力に溢れているのね、このスライム」
「スライムはね、どれだけ潰れても千切れても、真珠サイズの核が生きてさえいれば何度でも蘇るのよ……! ハンパなく形状記憶なの。覚えておいてねティエラ!」
ライラの頭上で、ぷりっぷりのスライムが満足そうにティエラを見下ろした。