2.砂浜の先
ようやく外の光に慣れた頃、少女──ティエラは海岸に出たことに気がついた。
「海……?」
そういえば、とティエラは思い返した。
自分は死神に殺されたはずなのに、何故今もこうして息をしているのだろう。
そしてあの花園で出会った男は、何者だったのだろうか。
──あの人は、あの場所を出るまで振り返るなと言っていたけれど……
「え……?」
外に出られた今ならば、もう振り返っても良いだろう。ティエラはそう思って背後を向くと……
「……ただの崖、ですって?」
今さっきまで、確かにティエラが通っていたはずの洞窟が跡形もなく消滅していたのだ。
辺りを見回しても、それらしきものはどこにも見当たらない。
「な、何で……、っ!」
ふと気がつくと、手のひらには握ったままの乳白色の石が、間違いなく存在していた。あの花園で、無精髭の男から受け取ったものだ。
──夢じゃ、ないのよね……?
一体何が起きているのか。そして、ここがどこなのか見当もつかなかった。
「……とにかく、今は城に戻らないと。早く皆に私の無事を報せなければ……!」
早速ティエラは誰かに道を尋ねようと、海岸沿いの崖下を歩き始めた。
すると、洞窟を歩いていた時には感じなかった疲労感がやってきた。
──今になって、一気に疲れが出始めたのかしら。
しばらくすると、漁に出ていたらしい小舟を漕ぐ人影を見つけた。
動きにくい砂浜を小走りで進み、近付いた。
漁師の男達も彼女に気が付くと、好意的な笑顔を浮かべて、船上から手を振った。
「おお、こりゃまた綺麗な女の子だな!」
「どうしたんだ? こんな田舎の海まで散歩かい?」
「道に迷っているの。アディールへ行くには、どう進めば良いかしら?」
「アディールへ? そりゃまた随分遠いなぁ」
「こっから王都へはかなりあるぞ」
「……ここはレデュエータ国内なのよね?」
「確かにそうだが、ここはサンキーノ王国との国境に近い。この海の先に見える陸地は、ミア公国と嶺禅国だよ」
──まさかそんな遠い場所に着いていただなんて!
ティエラも海の向こうの景色には気付いていた。
しかし、見えていたのはアディールとは正反対だった。
あそこに見える陸地が、王都の方角にあるリュジ半島だと思い込んでいたのだ。
──待って。それなら……
ティエラは漁師の話をもとに、ここから王都までの道筋を脳裏に描いた。
彼らの言う通りここが王国内ならば、王都アディールからリュジ半島を経由し、半円を描くようにして列車が走っている。
その列車に乗れさえすれば、そう時間をかけずに城へ向かえるのではないか。
「この辺りはイリータ街の近くの漁村なのよね?」
「そういうこった。アディールへ向かうなら、この村から街まで歩いて、そっからまた歩くなり馬車に乗るなりして、駅のある遠くの街まで行くしかないな」
レデュエータ王国の地理なら、ティエラもよく理解している。
後は漁師達の言う通り、駅のある街まで向かうのが最もだろう。
早速ティエラは馬車を捕まえる為、漁師達に礼を言って歩き出す。
「あの夜から、どれくらい経ったのかしら」
──お兄様や双子達は、今頃どうしているのかしら。
確かにあの夜、ティエラは死神に命を奪われたはずだった。
自由がきかなくなる手足。ズシンと来た、魂ごと引き裂かれたような、あの感覚。
──あの花園に居た男性も、また一人きりになっているのよね……
あそこはまるで天国とでも言うべき、花が咲き乱れる暖かな楽園だった。
──私は生きているの? それとも既に……
あの男の手によって、再びこの世に舞い戻ってきた──そう言われても不思議ではない程、違和感のある現象が彼女の身に起きている。
思いがけない一人旅は、ティエラに考え事をする時間を多く与えてくれた。
だが、答えは何一つ出て来なかった。