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王女は死神となりて  作者: 由岐
第9章 大いなる者
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1.怒れる黄金

 すっかりと都が夜の空気に包まれたその時、門の前に突然人が現れたとの報がティエラの耳に届いた。

 門番に呼び出されたマリシャが連れて来たのは、ティエラの恋人となったばかりの乱麻と仲間のレイ。そして、月影の里で暮らしているはずのルシェだった。


「急な訪問で済まないが、すぐにアンタに伝えなければと思ってな。可能なのであれば、国王にも……」

「陛下にも?」

「かなり悪いニュースなんだ。今からでも城へ行くことは出来るか?」

「火急の用であれば、特に問題は無いと思うけれど……」


 普段からにこやかという訳でもないが、明らかに表情が暗い乱麻。

 ──よほどの事態が引き起こされたということかしら。ならば、一体何が……

 ティエラは政春と波音に家を空けることを伝え、乱麻達三人とマリシャとリリシャを引き連れて桜華城に向かう。

 早速蘭樹の待つ部屋に通されると、彼の真紅の着流しと、珍しく解かれた桜色の髪が目に入った。

 未来の妻となるティエラを満面の笑みで迎え入れた彼は、乱麻達にも優しい眼差しを向けている。その姿はさながら桜の精だ。

 彼もまた、ティエラと同じく人並み外れた美貌の持ち主であることの証明だと言える。


「皆様、ようこそ我が城へ。そちらのお二方は宴の日以来ですね。そして紫乃……貴女が私の元を訪ねて来て下さるとは、嬉しい限りです」


 二人きりならもっと嬉しかったのですがね、と茶目っ気を含ませて可愛い愚痴を零す蘭樹。

 皆は、ふかふかと座り心地の良い座布団に腰を落ち着けた。

 護衛を兼ねる双子のメイドは、座布団には座らずいつでも主人を護れる位置で直立の姿勢を崩さない。それは蘭樹の護衛も同様だ。


「それで、本日は如何なさいましたか?」

「こちらの女性は、以前私がお世話になったルシェという方です。この方が、何やらとある筋から重大な情報を得たとのことで……陛下と私に、その件についてご報告させて頂きたいそうなのです」


 紹介されたルシェが丁寧に頭を垂れると、蘭樹は一つ頷いた。

 ルシェは発言の許可を得ると、早速二人に嶺禅国の怪しい動きを説明する。

 それを最後まで聞いたティエラ達は、まさかと耳を疑った。

 蘭樹はすぐさま諜報員を嶺禅に派遣するよう指示を出し、その危険を書簡に記してレデュエータ国王に伝えると彼女達に約束した。

 それでも、ティエラの胸のざわつきは一向におさまりそうにない。

 何故なら、嶺禅を含む三ヶ国との戦争の最前線に立つのは紅薔薇騎士団──兄のロディオスとフェリヴィアが率いる騎士達が食い止める戦場に、突如二十万もの軍勢が加勢するかもしれないのだから。

 ──お兄様とフェリヴィアが危ない! けれどここで下手に私が動いては、お兄様達に余計な心配を掛けてしまう恐れがある……

 しかし、何もせず安全な場所で待っているだけではいられない。

 だが、自分が勝手な行動をした結果、大切な人を失うことになってしまったら……

 そう思うと、少女の胸中で二つの感情が互いにぶつかり合った。無意識に握られた拳の中で、柔い肉の部分に爪が食い込んだ。そんな痛みは、今の彼女には何も気にならない。

 ──何も出来ない自分は嫌……誰かを失ってしまうのも嫌……! 私はただしおらしく守られているだけの、おとぎ話の中のお姫様なんかじゃない。剣と銃を手に戦場を駆ける【白狼姫】……それが私、レデュエータの王女ティエラなのだから!!


「──貴女は動いてはなりません」

「……っ!?」


 彼女の決意を読み取っていたとでもいうのだろうか。

 動くな、と言い放った青年王の有無を言わさぬ圧力に、少女の瞳がぐらりと揺れた。


「祖国が大きな危機に見舞われるかもしれない。そんな状況で、貴女が居ても立ってもいられないそのお気持ちは、私も痛い程わかります。ですが、よくお考え下さい。貴女がこの都を飛び出し、その身に万が一のことが起きたとしたら……悲しむ者は数え切れぬものなのですよ」

「……そうだとしても、最初から諦めてしまっては──」

「──やってみなければわからない、と? それはあまりにも甘い考え方ですよ、紫乃」


 いつぞやロディオスに浴びせられた言葉と同じ。

 二度目のそれに、あれから自分は何も成長出来ていないのではないかと、かぁっと目の奥が熱くなる。

 蘭樹の穏やかだった微笑みは、いつの間にやら冷静な『国王』の顔となっていた。


「……どうか、わかって下さい。私もロディオスも、貴女にはもう二度と傷付いてほしくはないのです。貴女にとても歯痒い思いをさせてしまうということは、重々承知しています。ですが、今回こそは我が国も可能な限り助太刀させて頂く所存」


 彼はティエラの白い頬に手を添えた。

 薄っすらと赤みを帯び始めたそこを優しく指先で撫でると、ピンクダイヤモンドの瞳が潤み、今にもその雫が零れ落ちそうだった。

 彼女の瞳に映る己の表情が、ほんの一瞬だけだが『男』の顔になっていた。

 ──ああ、こんな時にまで胸を高鳴らせてしまうとは……私もまだまだ青い。ですが、私を誘惑するような……そんな顔を見せた、貴女が悪い。そう思ってしまうのは、私の我儘(わがまま)なのでしょうか……


「私が必ずや、この戦に終止符を打ってみせましょう。ですから、どうか……っ!」


 蘭樹が息を飲んだその時、目にも留まらぬ速度でその手が払われた。

 何が起きたのか理解出来ず、美しい新緑の眼を見開いて数秒硬直する蘭樹。


「どうか今回は諦めて、大人しく指を咥えて待っていろってのか? ふざけるなッ!!」


 彼の理解が追い付いた後、そう叫んだのは乱麻だった。蘭樹の手を払ったのは、彼だったのだ。

 呆気に取られていた城の護衛達は、慌てて乱麻の身体を押さえ付ける。

 一連のそれを目の前で見ていたティエラは唖然とし、レイは唸りながら頭を抱え、ルシェは無表情で刺すような視線を乱麻に向けていた。

 それでも乱麻は鋭く蘭樹を睨み付け、対して蘭樹は落ち着き払った様子で言った。


「……ふざけているのは貴方の方では?」

「何だと?」

「仮に、彼女がこれから戦場へ向かったと致しましょう。すると私は、彼女が国を出たことをレデュエータに報告せねばなりません。紫乃の保護と、その身の安全を第一に動くことがロディオスと交わした取り決めであり、私の義務ですからね。すると今度は軍総出で紫乃の捜索、保護に乗り出します。娘が消えた華原藤家も混乱するでしょうし、どこからかその噂が民衆に漏れることも避けられないでしょう。これが嶺禅の間者に知られれば、向こうも紫乃を捕らえ交渉材料にしようと画策します。私が紫乃を見捨てることはありませんから、辛い選択ではありますが桜樹国もレデュエータと敵対せよと言われるのはほぼ確実。紫乃と我々が無事に戦争を終わらせたとしても、彼女を危険に晒した事実は変わりませんから、我が国は罰せられることでしょう。大切な姫君を安全であるはずの我が国に預けたのですから、それは当然のことですよね。ですが戦に敗れた場合……そうですね、最悪ハヴィダット大陸とヤマト大陸は遠くない将来にかの国に蹂躙され、暗黒の時代の幕開けとなるかと思われます。紫乃自身も、あの低俗な王からどんな目に遭わされるかわかったものではありませんが……貴方はこういった危険性も理解して、ああいった発言をなさったのだと捉えて宜しいので?」


 ごうごうと音を立てて流れる荒れ狂った大河の如く、蘭樹の言葉は止まらなかった。

 ティエラも乱麻も、途中で口を挟む隙を見付けられなかったのだ。


「……と、言いたい所なのですが」


 蘭樹は小さく苦笑したかと思うと、軽く右手を挙げて護衛の拘束を解かせた。

 自由になった乱麻は戸惑っていたが、彼は気にせずそのまま言葉を続ける。


「貴女は本当に真っ直ぐで美しい心を持っている。ロディオスの手紙に、毎回のように書かれていました」

「……どういうつもりだ?」

「紫乃。貴女に贈ったその名と立場、上手く活用して下さい」

「名と立場を、活用……?」


 突然態度を変えた彼の様子に、今度はこの場の全員の理解が追い付けない。


「……失敗は決して許されませんよ。絶対にあの男を討ち取る自信と覚悟がおありなら、私について来て下さい」



 

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