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王女は死神となりて  作者: 由岐
第8章 桜の都
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6.火急の報せ

 夕暮れ時、深い谷底の森で、一羽の八咫烏が鳴いた。

 国境を越え、その真っ黒な瞳をぎょろりとさせて見聞きしたもの。その全てを主人に伝えんが為、八咫烏は森を飛び続けていた。

 その主たる月影の里長は、普段からそれを使役して様々な情報を仕入れている。

 今回彼の元に届けられた情報は、すぐにルシェにも報されることとなった。


「事は一刻を争う事態。今すぐあらつらの元へと向かうのじゃ」

「はっ……」


 跪いた彼女はそう返事をすると、次の瞬間には濃密な魔力でその身体がゆらりゆらりと揺れ動きだした。

 そのまま空気に溶けるようにして姿を消したルシェを見送ると、静まり返った広間でただ一人、里長は眉間の皺を一層深く刻ませた。


「乱麻よ……お前さんは、どこまでその血に抗えるのかの……」



 乱麻とレイは明日桜ノ宮を発つ為の旅支度を整え、宿で思い思いに過ごしていた。


「いやぁ、それにしても乱麻殿。若さというのは素晴らしいものですなぁ! あんな熱烈な愛の告白……いつ頃から姫君を慕っていらしたので?」

「アンタもまだ若いだろうが。彼女のことは……気付いたら惹かれていた。ただ、それだけだ」

「気付いたら、ですか。ほほーう?」


 彼のの反応に照れ臭くなった乱麻は彼に背を向けたが、それはレイの笑みをより深める材料にしかならなかった。

 まだからかえそうだな、とレイが口を開きかけたその時──


「乱麻っ!」


 切羽詰まった様子の女性の声がしたかと思うと、二人が居た部屋の中央がぐらりと揺れた。

 何事かと警戒するレイを手で制し、乱麻は目の前で起きている空間の歪みが治まるまでを見守る。

 数秒すれば、その歪みの中から赤髪の女性の姿が形作られたではないか。


「……彼女はお知り合いの方ですか?」

「ああ、故郷の仲間だ。どうしたルシェ、アンタがこうして現れるなんて珍しいな」


 ──この手段で来るということは、悪い報せでも運んできたか……

 ルシェは不信そうにこちらを眺めてくるレイに軽く会釈し、早速本題を切り出した。


「里長様からの報せよ。嶺禅国が、レデュエータ王国へ向けて約二十万もの軍勢を送り込んだそうなの」

「レデュエータへだと!?」


 ──あの男、未だにレデュエータに恨みを抱いていたのか! それも、そんな大規模な軍勢を……


「おやおや……この一年に渡る膠着(こうちゃく)状態にけりを付けるつもりですか」

「魔導船を何隻も使っているようだから、あと数日もすればレデュエータとこれまで以上に激しい戦いが始まるわね」


 里長から得た情報によると、十日程前から嶺禅軍が妙な動きをしていたらしい。乱麻が感じていた嫌な予感は的中していたのだ。

 無言で苛立つ乱麻を見て、ルシェは一瞬躊躇う様子を見せた。しかし、彼女は懐に忍ばせていた一通の手紙を取り出した。


「……これは?」

「これも里長様からよ。後で目を通しておいて」

「ああ」


 ──やはり、あのことについて……だよな。

 レイが興味ありげに二人を眺めていたが、今は彼に細かいことを説明している時間は無い。


「すぐに彼女の屋敷へ向かうぞ。気配は辿れるな?」

「ええ、勿論。お隣の方もご一緒されます?」

「ん? ああ、僕のことでしたか。まあそうですね。レデュエータの危機ということは、そこにギルドハウスを置いた〈一陣の風〉の危機でもありますから。では、これから姫君のお屋敷まで全力ダッシュといきますかな?」

「いや、その必要は無い」

「私の転移能力ならば、二人も同じ場所へと転移することが可能です。さあ、あまりのんびりしている暇はないわ。二人共、私の手を掴んで」


 迷うこと無く彼女の手を掴んだ乱麻は、本当に転移が出来るのかと半信半疑でいるレイに目で訴えた。

 突然現れた女性をいまいち信用出来ないものの、乱麻が信じるならばとそっと反対側の手を握る。


「絶対に途中で手を離しては駄目よ。おかしな所に飛ばされてしまうわ」

「それは勘弁願いたいですなぁ。海のど真ん中にでも行ってしまえば、魔物のエサになるしかありませんからな」

「そうじゃなくても溺れ死ぬだろうな」

「ひぃー、怖い怖い」


 どこまで本気で怖がっているのか、言葉ではわからずとも、苦笑するレイの手の力が強まったことで少しは伝わった気がしたルシェ。

 彼女は己の魔力を練りながら、ティエラの気配──同族たる死神の魔力を手繰り寄せていく。

 三人が目指すは、枝垂れ桜舞う華原藤屋敷。



「さあ、出ておいでツバキ。ここが桜樹の都、桜ノ宮だそうだよ」


 豪華さを可能な限り抑えた籠から降り、ダンギクは微笑を湛えながら少女に慈愛の眼差しを向ける。

 到着とほぼ同時に日暮れを迎えた王都。その門から死角となった森の中で、ダンギクはツバキを支えて降ろしてやった。

 すると、彼女は嬉しさと恥ずかしさの入り混じった表情を浮かべた。


「せっかくの桜なのに、少し暗くて綺麗には見えないね。……今夜は二人でゆっくり休もう。明日になったらもう一度、思う存分綺麗な桜を見るとしようよ」

「はい! でも……」

「でも?」

「ダンギク様と二人で桜を見るのがとても楽しみだったので、ちゃんと眠れるかどうか心配です……」


 何とも可愛らしい悩みを明かし、困ったようにわらう彼女の頭を優しく撫でる。

 ──でも、なんて言い出すから驚かされたな。僕との旅行が本当は嫌だった、なんて言われるかと思ってしまったよ。

 もしもそう言われていたら、ツバキはどうなっていたのだろうか。


「僕も楽しみなのは同じだよ。そうだね……遅くとも昼には起きるようにしようか。早く眠れなくても、それなら明るい内に見られるからね」


 ──桜の次は、異国の建物でも見物に行きたいものだね。



 

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