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王女は死神となりて  作者: 由岐
第8章 桜の都
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5.決意と告白

 名付けの儀が終わり、あれから一週間が経過した。

 歓迎の宴で蘭樹に与えられたその名は、少しずつ彼女達の生活に馴染んでいた。


「失礼致します。紫乃(しの)様、朝食のご用意が整いました」

「ええ、ありがとう。すぐに向かうわ」

「あとちょっとで済みますからね~」


 『紫乃』と呼ばれたその少女──ティエラは、リリシャに髪を結い上げてもらっている最中だった。

 華原藤紫乃としての生活の中で、彼女はこの数日間、乱麻に借りた剣で都の周囲に出た魔物を倒し続けていた。

 それはオーブを入手し、その殻を用いて作られる魂集武具を作る為である。

 自分の魂集武具を持たないティエラは、乱麻の剣が無ければ自力でオーブを集められない。なので宴の後、マリシャから報酬を受け取った乱麻達に無理を言って滞在期間を延長してもらっていたのだ。

 己が扱う武器の材料は自分で集めたい、という我儘を快く受け入れてくれた乱麻には苦労を掛けてしまったなと彼女は感じていた。

 なるべく早く必要な数を揃えた昨日、月影の里の長が紹介してくれた職人に素材を渡し、今日の午後には完成するとの連絡を受けた。

 その後、もう桜樹国を出る期限が迫っているであろう乱麻に会い、彼の剣を返すつもりでいる。


「あっ、今朝の庭の桜も綺麗に咲いていましたよー! あと一ヶ月は満開だろうと波音さまからお聞きしましたから、まだまだ楽しめそうですね」

「そうね。丁度私達が来た頃に満開になったそうだから、それに合わせて観光客も増えてきたんですって」

「それを踏まえ、午後の受け取りの際は混雑が予想される大通りを避けて向かいましょう。その後はお屋敷に乱麻様、レイ様、ライラ様がいらっしゃる予定ですので、皆さんもこちらで昼食をとられるようお誘いなさいますか?」

「ええ、それが良いわね」


 ──今日で彼の剣を返す……つまり、明日には彼がこの国を発ってしまうということ。だからせめて、もう少しだけでも一緒に居たい……


 胸に燻るこの感情の正体には、もう気が付いていた。


 ──もっと早くあなたに会えていれば、私はただこの想いに身を委ねることが出来たのに……


「……なんて、今更もう遅いのよね」

「紫乃さま?」

「何でもないわ。さて、今朝のメニューは何かしらね」


 自嘲気味に漏らした呟きを適当に誤魔化し、美しき姫の仮面で本音を隠す。

 紫乃という役柄を演じ、ティエラという獣があの男の喉笛を噛み切るその時を夢見て、少女は淡い恋心に蓋をする。



 午後、ティエラは真新しい着物に袖を通した。これも蘭樹から贈られたものらしい。

 マリシャとリリシャはというと、こちらもヤマト文化に合わせた女中用の衣服に身を包み、彼女の護衛と世話にあたっていた。


「おお、紫乃姫様。お待ちしておりました」


 里長の息子であり、魂集武具の職人でもある文信(ふみのぶ)という穏やかな五十代の男性が営む鍛冶屋。

 彼は店の奥から大切そうに抱えた長い箱を持って来ると、その蓋を開けた。


「ご注文の品、どうぞお受け取り下さいませ」


 箱の中はクッションが敷き詰められており、そこに横たわるティエラの腕一本分程の長さの銃──オーブの殻が使われたショットガンが鎮座していた。

 魂集武具はどんな武器にすることも可能である為、ティエラは右手に闇と氷の魔鉱剣、左手に魂集ショットガンという戦闘スタイルを選んだのだ。

 鈍く輝きを放つそれを手に取り、彼女は薄く笑みを浮かべる。


「……良いわね。重さも気にならないし、とても頑丈そうね。装飾も派手過ぎす、しかし気品漂うデザイン。気に入ったわ、ありがとう」

「蘭樹様の正室候補たる貴女様のお言葉、ありがたく頂戴いたします」


 ティエラが正室候補となったことは、既に多くの国民に知れ渡っている。

 婚約者という状態ではあれど、人々は彼女の姿を見掛ければ笑顔を向けてくれるようになった。遠くない未来、この国の王妃となる女性だと受け入れられたのだ。

 けれど、大人しくその道を歩むつもりは彼女にはないということを知る者は、ごく僅かである。


 鍛冶屋を後にしたティエラ達は、屋敷を訪れた乱麻達との昼食を楽しんでいた。


「こちらでの用事も全て片付いたので、明日にでも桜ノ宮を発つ予定です。ギルドマスターのトシ殿にも、先日手紙でそのように連絡しておきましたので」

「アンタの銃も出来上がったようだからな。もう俺達がこの国に滞在する理由も無くなった」


 そう告げたレイと乱麻の言葉に、ティエラとライラは眉を下げる。


「そっかぁ……わたしはフリーだからどこでも大丈夫だけど、やっぱりギルド所属ってなっちゃうと色々あるものね」

「ええ。〈一陣の風〉は少数精鋭ギルドなので、日々舞い込んでくる依頼の消化も大変なものでしてな。流石にそろそろ戻らねば、トシ殿に長ーいお説教をされてしまいますでしょうな」

「……二人には最後まで迷惑を掛けてしまったわね」

「いえいえ。ちょっとした休暇のようなものですから、こちらとしては終始刺激のある日々を過ごせて楽しかったですよ」


 レイと乱麻は何かと理由を見付けて、今日まで都に留まってくれていた。

 魂集武具が出来るまでの間、レイに死神のことを知られぬよう振舞ってくれた乱麻。彼には頭が下がる思いだとティエラは思う。

 ──でも、明日で彼とはお別れなのね。けれど、これで良かったのかもしれない。

 この想いはきっと、ダンギクへの復讐の邪魔になる。叶わぬ恋ならば、早いうちに諦めてしまうべきなのだから。


 向かい側で箸を動かす乱麻をちらりと見ただけで、もうこの決意が揺らいでしまいそうになる。

 彼への想いを引き摺ったまま、あの男を殺せるとは思えない。

 だからこそ、この初恋は綺麗な思い出として、全て過去のものにしてしまおう。

 きゅっと目を瞑り、ティエラは念じるように想いを閉じ込めようと集中する──すると、コトンと前方から物音がした。


「どうしたの乱麻?」


 ライラの口から彼の名前が出た途端、思わず目を開けてしまったティエラ。

 物音の正体は、食器を置いた乱麻だったらしい。

 彼は食事の手を止め、給仕をしていた双子を含めた全員へ目線を送ると、何かを決意したような深呼吸の後にこう言った。


「一つ言っておくことがある。俺は今回の依頼を最後に、〈一陣の風〉を抜ける」

「おやまあ……トシ殿には?」

「ああ、とっくに話は通してある。一度向こうに顔を出して、最後の挨拶を済ませたらヤマトに戻るつもりだ」

「何故ギルドを辞めるの? だってあなた……」


 ──ギルドの仕事をしながら、死神について調べるのではなかったの?

 その言葉を言い切るよりも早く、乱麻が続ける。


「俺がこれからすることに〈一陣の風〉を巻き込みたくないからだ」

「何をなさるおつもりで?」

「……ティエラを支える為だ」

「私を……!?」


 瞬間、ティエラは息が止まってしまうかと思った。

 真っ直ぐに見詰める紫の瞳。

 心臓が鷲掴みにされたように、上手く言葉が出て来ない。

 その視線から、目が反らせない。

 ──彼は私が何をしようとしているのか、知っているはずなのに……

 例え王殺しの共犯者になろうとも、彼女の側に居ることを選んでくれたというのか。


「俺はアンタを誰にも譲るつもりはないし、多少強引でも俺の気持ちは伝わってくれるものだと考えている。これがそう簡単に許されるものではないとは理解しているつもりだが、それでもこの決意を伝えたくて仕方が無かった」


 頬が熱を持つのを感じながら、ティエラは大きく胸が高鳴っていた。


「それって……期待しても、良いのかしら……?」


 ライラは二人のやり取りに興奮し、ライムをぎゅうっと抱き締めながら悶えている。

 すると、乱麻は安心したようなふやけた笑みを浮かべて頷いた。


「ああ。……俺も、アンタに期待してもらえて舞い上がりそうだ」

「ひゃーっ! 両想いよ両想い! こんなシチュエーションで告白を目撃しちゃうだなんて!!」

「婚約中の姫君を……ほほーう、これは所謂略奪愛という奴ですな?」


 瞳をキラキラと輝かせてはしゃぐライラと、ニコニコとティエラ達を眺めるレイ。

 そんな二人の反応に少し照れた様子を見せながら、乱麻は言う。


「こんな俺を受け入れてくれるというのなら、アンタがやらなきゃならないことを成し遂げるまで、全力で護ると誓おう」


 そっと歩み寄った乱麻は、ティエラの手を取ると優しいキスを手の甲に落とした。


「え、ええと……その、う、嬉しいわ。あ、ありがと……乱麻」

「紫乃さま、お顔が真っ赤ですね」

「しょ、しょうがないじゃない! こんなの、生まれて初めてのことなんだものっ……」

「という訳ですので乱麻様、姫様はこのように純粋なお方であらせられます。わたし達以外にこのことが露見しないよう、十分ご注意なさって下さいませ」

「バレなければ認めてくれるのか?」


 乱麻がそう問えば、普段表情の乏しいマリシャがニヤリと口角を上げた。


「禁断の恋、略奪愛、姫と青年……こうも素敵な要素が並んでいるのですから、わたしはそれを影から見守らせて頂くだけで満足にございます故……」

「マリシャ殿、この状況を楽しんでらっしゃいますな? まあ僕も同じなのですがな。あっはっは」

「もうっ、姉さんとレイさまったら!」


 そういえばマリシャはこういった内容の恋愛小説が好きだったな、とぼんやり頭の隅で思うティエラ。

 こうして、ここに秘密の恋人達が誕生したのだった。



 

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