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王女は死神となりて  作者: 由岐
第8章 桜の都
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4.与えられる優しさ

「今宵の宴には、我が国自慢の料理の数々をご用意しております。私が信頼する者のみを招待していますから、何の心配もせず楽しんでいって下さいね」


 はにかんだ笑みを見せた蘭樹に、ティエラは自然と気が楽になった。

 正室候補の話は、何も今すぐに答えを出せとせがまれている訳ではない。きっと、ティエラが目的を果たすまでの時間は残されているだろう。

 兄のロディオスと長年交友関係を続けているだけあって、多少周りが見えなくなる欠点はあれど、彼の人柄は良さそうだなとティエラは思った。


 しばらくして宴が始まった。

 主催の蘭樹が初めに挨拶をし、続いてティエラも蘭樹と桜樹国に対して感謝の意を伝えた。

 蘭樹の言葉通り、出された料理はどれも見た目が華やかだ。味にもしっかりこだわりを感じる、隙の無い仕上がり。

 ライラは小皿に料理を盛って、一段と艶の良いライムに食べさせている。その様子をティエラと乱麻は微笑ましそうに眺めていた。


 数分置きに貴族達やヤマトの上位ギルドのマスターが挨拶にやって来る。品の良い笑顔で相手をしているティエラのすぐ側には、スライムを連れた少女が居る。

 しかし、貴族もその護衛の騎士達もライムを警戒している様子は見られない。

 それは魔物を操る人間を信用しているからなのか、それとも美少女だから許されているのか判断が難しい。

 ティエラの美しさを賞賛する言葉を滝のように浴びせられ、流石は桜樹の貴族だなと内心苦笑してしまう。

 けれども彼女を口説き落とそうとする者は誰一人として居なかった。

 この宴に招かれた人々は、国王たる蘭樹が信用する者ばかり。皆ティエラが蘭樹の伴侶になるべき存在なのだと心から認めているからなのだろう。


「ティエラ王女、お食事は楽しんで頂けておりますでしょうか?」


 ようやく貴族達が離れていった頃、ふわりと爽やかな香りを纏わせた青年がやって来た。

 ──蘭樹陛下……


「ええ。どれも初めて頂くものばかりでしたが、桜樹の料理は素材の味を引き立てられていて……目にも鮮やかで、舌でも楽しめる素晴らしい食文化ですね」

「そう仰って頂けて嬉しい限りです。……やはり箸よりそちらの方が使い易かったようですね。用意しておいた甲斐がありました」


 汁物の器に入れられた銀のスプーンを見て、蘭樹は安心した様子で言う。

 それに入る魚介類をふんだんに使った味噌汁がティエラのお気に入りだった。

 一口飲んで味噌汁が好きになり、最初は箸を使おうと乱麻に習ってみたものの、そう簡単には扱えなかった。

 そうなることを見越してした蘭樹が、ハヴィダット大陸からスプーンやフォークなどの食器類を取り寄せていたのだ。


「箸というものは、一朝一夕には使いこなせないものですね。これからは桜樹国で生活していくのですから、扱いに慣れていかなければ……」

「剣術に長けたティエラ王女でしたら、日々の努力の積み重ねで必ずや美しい箸使いを身に付けられることでしょう」


 そういえば、と蘭樹は話題を切り替えた。


「この後で姫君のヤマト名を披露する予定なので、私はそろそろ準備に向かわなければなりません。名付け披露の際は、ティエラ王女にも皆の前に出て頂きたいのですが……」

「ええ、勿論」


 ──私の名付け……以前フェリヴィアがそんなことを話していたわね。

 ティエラの名前と生存が公になれば、また彼女はダンギクに命を狙われる危険がある。その為、レデュエータ王国が嶺禅国を含む国々との戦争に勝利するまで安全を確保する必要があった。

 華原藤家の養女としてヤマトで新たな名を名乗り、桜樹貴族の姫として暮らすこと──それがロディオスがティエラを護る為に下した決断だ。

 ティエラに与える名は蘭樹が決める。


「貴女に相応しい名前を、と毎晩悩みに悩んで決めました。私が貴女に捧げる、三度目の贈り物です」


 一度目は、十年前の白い花の髪飾り。

 そして二度目は──


「私が貴女を想って選んだその着物……とてもよくお似合いです」


 唇が触れ合いそうな程の至近距離で、ティエラは思わず顔が熱くなる。

 吸い込まれてしまいそうな澄んだ空色の瞳に、照れた己の顔が映り込んでいた。


「私の麗しの姫君……もう少しだけ、そこで待っていて下さいね」


 耳元で甘く囁かれ、ティエラは火照る頬のまま黙って頷く。

 颯爽と離れていった蘭樹の後ろ姿をぼんやりと見送っていると、背後で不機嫌そうに溜息を吐く者が一人。

 今までの二人のやり取りを眺めていた乱麻だ。


「あれが桜樹の国王……? 俺からしてみればただの女たらしにしか見えんのだがな。アンタ、ああいう優男が好みなのか?」


 牛乳を拭いた雑巾でも見るかのような、苦々しい表情でそう吐き捨てた乱麻。

 確かに蘭樹のあの言動の数々は、男の視点から見れば寒々しいものだったのだろう。

 しかし、彼はただの青年ではない。まだ二十と少ししか歳を重ねていない若き王ではあるが、彼の言葉や想いは女性を口説き落とす策略などではなく、紛れもない本物なのだろうとティエラは確信していた。

 あれこそが、蘭樹という男の偽りのない本心なのだと。


「陛下に失礼な言い方をするのは良くないわ。私は……」

「ああいう奴が良いのか?」

「……優しい男性は、良いと思うわ」


 乱麻の顔が強張る。

 歯の浮くような乙女チックで甘々の台詞など一切口にしない乱麻にとって、あの男の何もかもが理解し難かった。まるで未知の生物にでも出会したかのようだったのだ。


「だけど、ただ優しくしてくれれば良いという訳ではないの。その優しさがどこで発揮されるか──私はそこが重要だと思うわ」

「……つまり、どういう意味だ」

「私はあなたに何度も助けてもらったわ。例えば……白龍との戦いで海に落ちた私を引き上げようとして、あの後急いで飛び込んでくれたのでしょう?」


 乱麻はあの時、荒れ狂う海へと呑み込まれようとしているティエラに手を伸ばした。

 虚しく空を切ったその手はあと一歩のところで届かず、彼女を追って飛び込んだ。


「ライラに聞いたのか」

「ええ、梅に着付けをしてもらっている最中にね。海に落ちた後、私は海水を飲んでしまって意識が無くなっていたようで……あなたのその優しさが、とても嬉しいと思ったの。いざという時、命を張って誰かを助けられる──そういう優しさは、とても尊いものよ」

「……そうか」


 短く返事をした乱麻の表情は、幾分か和らいでいた。


「あ、居た居た!」


 言いながら、政春が二人の元へやって来た。


「陛下の方の準備が終わったから、最初に挨拶した前方の壇上に来てほしいとのことだよ」

「はい、すぐ向かいます」

「さっき言ってた名付けの件か」

「うん、そういうことだろうね。それじゃあ行こうか」


 また後で、と乱麻に挨拶して政春はティエラを連れて行った。


「俺は……奴よりは好かれてるってことなのか」


 乱麻の口元には控え目な笑みが浮かんでいたが、その瞳は悲しげに揺れているのだった。



「え? 桜樹国、ですか?」


 鈴の鳴るような軽やかな声が、殺風景な暗い部屋の中で空気を震わせた。

 嶺禅ダンギクの側室の一人、ツバキは深夜に彼の居室へ呼び出されていた。

 このところダンギクが部屋に呼ぶのはツバキばかりで、他の側室達はいつ自分が捨てられるのだろうかと、絶望と恐怖に支配された日々を過ごしているのを彼女は知らない。


「うん。今の時期、あの国は桜が見頃を迎えているから。たまには外に出てみようかと思って、君を誘ったんだ」


 病的なまでに白い手が、ツバキの頬を撫でる。

 すると彼女は嬉しそうに微笑んで言った。


「是非、ご一緒させてください」


 少女の心にはもう、彼に対する恐れや不安など微塵も無かった。


「君ならそう言ってくれると思っていたよ。実はもう旅の支度はさせてあるんだ。今すぐにでもここを──」


 その瞬間、静かに笑んでいたダンギクの表情が、色を失った。


「──これ、どうしたの?」


 彼の視線の先には、ツバキの細い手首に見付けた赤い線のような傷があった。


「こ、これは……!」


 気付かれまいと右腕を隠そうとするも、もう遅い。

 ツバキはダンギクの細腕で呆気なく取り押さえられてしまった。

 ツバキは戦場を知らない。そんな彼女でも彼から発せられる唯ならぬ迫力を「殺気」と呼ぶのだろうと、涙で滲む世界の中で感じていた。


「誰にやられたの」


 誰に、と言い切った。

 彼女は自分の手首を傷付けるような娘ではないと確信しているからこそ、ダンギクはそう断言したのだ。


桃華(ももか)にやられた?」

「……っ!」

「やっぱりね。最近やけにしつこく甘えてくるなと思っていたら、君に嫉妬してこんなことを……」


 桃華とはダンギクの正室の名だ。

 初めてダンギクが妻にした女性であり、側室の誰よりも優遇されていた美しい女。

 誰よりも愛されているという自信から、最初の頃は淑やかだったはずの彼女はすっかり高慢になっていたらしい。とある貴族の元から連れ去った桃華の嫉妬が、ツバキに傷を付ける原因となったのだ。

 ダンギクはツバキの着物の袖をめくり、じっくりとその傷を眺めて言う。


「僕のツバキに傷を付けるなんて……馬鹿な子だ。この前僕に新しい(かんざし)を強請ってきたのも、それを使ってツバキに怪我を負わせる武器を欲していたせいか……」

「ダンギク……さまっ……」

「泣かないでツバキ、大丈夫。後で僕があの馬鹿女にお仕置きをしに行ってあげるから。そうしたら、二人で綺麗な桜を見に行こう?」


 そっと抱き寄せられたツバキは、彼の優しさにまた別の涙が溢れた。


「あの馬鹿はね、遅かれ早かれ片付けてしまうつもりだったんだ。桜樹から帰ったその時には、君を僕の正室にしてあげるからね」

「はいっ、ダンギクさま……!」



 

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