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王女は死神となりて  作者: 由岐
第8章 桜の都
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3.恋色に染まる花

 その日の晩、波音の言葉通り桜華城にてティエラを歓迎する宴が催されることとなった。

 蘭樹王が主催することもあり、ティエラは淡い桜色の着物を選んだ。

 髪は高い位置で結い上げ、十年前に蘭樹からプレゼントされた白い花の髪飾りをメインに、それに合う小さな花や蝶を模した飾りで彩りを添える。

 特別な日にしかほとんど化粧をしないティエラだが、今夜は素材の良さを引き立てる自然なメイクをマリシャに施されていた。


 ティエラと共に宴に出席することになったライラと乱麻も、各々女中頭の梅が見立てた着物に袖を通している。

 ライラの腰まである長い髪はハーフアップにされて、白銀の髪色によく映える赤い花の飾りで留められ、薄めのメイクをされていた。

 オレンジとイエローのグラデーションの着物は、普段は青い衣服を纏う彼女を明るく新鮮な印象を与えられる色使いで──胸元にスライムさえ抱えてさえいなければ、居たって普通の可憐な少女である。

 一方、乱麻は渋みのある深緑に染め上げた着物を自然と着こなしていた。

 幼い頃は月影の里で生活していたからだろう。久し振りの着物でも、動きづらそうにしている様子はなかった。

 ティエラ達の捜索で屋敷を空けていたレイとリリシャも、マリシャと共に出席する。

 華原藤夫婦と城へ向かうと、見上げた城の装飾の華やかさにティエラは言葉が出なかった。


「さて、もうじき蘭樹陛下とご対面だね。以前陛下はかの国へ外遊に向かわれていたけど、その時はお会い出来なかったんだろう?」

「はい。当時、私の体調不良が原因で……」

「緊張してるかい?」

「いいえ。蘭樹陛下はお兄様のご友人でいらっしゃいますから。それに──」


 と、ティエラはそっと頭上花飾りに触れた。


「こんなにも素敵な贈り物を下さったお優しい方ですから。不安に思うことは何一つありません」


 ふわりと微笑んだティエラに、政春は満足そうに頷く。


「そうだね。陛下はお若い方だけれど、とても立派な考え方をなさるお方だ。信頼し、忠義を尽くすべき素晴らしい主君に違いないよ」


 上機嫌で歩く政春の背を見ながら、ティエラ達は今宵の会場となる大広間へ通された。

 百人は余裕で収容出来るその空間は、やはり美の国に相応しい豪華絢爛で優雅な調度品に満ち溢れている。


「すっごーい! こんな豪華なお城、わたし初めて見たわ!」

「驚くのはまだ早いよ。ほら、上を見てごらん?」

「ほう……」

「これはまた見事なものですなぁ」


 政春の言葉に従い見上げると、そこには大輪の花と天界の神々が描かれた、緻密で華やかな天井画があった。


「なんて綺麗なの……!」


 この国にある芸術の数々は、そのどれもがティエラの心を震わせるものばかりだった。


「流石は桜華城……他国の美術館にも劣らぬ芸術の最高峰に溢れているな」

「乱麻殿の仰る通りですな。いやぁ、僕もこの城に来られて良かったです」

「歴代の桜樹国王が世界の芸術品の数々を見て回って、美的感覚を磨き選んだものばかりだからね。世界の美の結晶、それがこの桜華城なのさ」



 開宴前、ティエラは政春と二人で大広間の近くの部屋を訪れていた。ティエラの保護を引き受けた男、桜川蘭樹に挨拶する為だ。


「待っていましたよ、レデュエータの【紫水晶の姫君】……ティエラ王女」


 畳敷きの小部屋で蘭樹は二人を出迎えた。

 桜色の長髪を高い位置で束ねた、優美な青年──彼こそがこの桜樹国の王、蘭樹である。

 白い着物に金の刺繍が施され、桜の花弁が散りばめられた彼の着物。

 それを身に纏う蘭樹は美しさを凝縮した出で立ちで、女性と見紛うほどに繊細な顔の造形だ。


「ああ……私の贈り物を今でも大切にして下さっているのですね」


 ティエラの花飾りを見て、彼の美しい(かんばせ)がふわりと緩む。


「レデュエータ王国の姫君は地上に舞い降りた美の女神に違いない──幼い頃から私の耳にも貴女の噂は頻繁に届いておりました。どれほどお美しい姫君なのかと期待に胸を踊らせ、貴女にお会い出来る日を待ち望み続け……もう十年の月日が流れましたね」

「これほど美しい子を娘に出来るなんて、ロディオス王子には幾ら感謝しても足りないですよ」

「お褒めに預かり光栄です」


 和やかに微笑む政春と、まるで恋する乙女のようなうっとした瞳でティエラを見詰める蘭樹。

 ──そういえば、この方は私を正室候補にしたいと仰っているのよね。

 そのことを踏まえれば、彼の熱視線にも納得がいく。

 ──本気で私を欲しているのね。そうでなければ、私のような厄介者を受け入れるメリットなんて一つも無いのだから……


 ティエラが死神に殺害された事件は世界中に知れ渡っている。

 世界で最も美しく、麗しさを湛えながらも戦場の血飛沫の中で舞い踊る姫騎士。彼女の復活と、その後の身に起きた異変までもを知る人物は数えるほどしか存在しない。

 死んだはずの人間を──それも嶺禅ダンギクが差し向けた死神に殺されたティエラを匿っていることが知られれば、今は平和を保っているこの桜樹国も狙われてしまうことだろう。

 そんな危険を孕んでいるティエラを受け入れた蘭樹の考えが、ティエラには理解出来なかった。

 ダンギクに目を付けられれば、確実に戦争に巻き込まれる。それは桜樹の国民の命を脅かすことに直結するのだから。

 ──どうせこの方だって、私の外見だけを評価しているに過ぎない。私を褒める人なんて、私の中身を知ろうとする素振りも見せないのだもの……

 そんな悲しみを理解してくれているのは、兄であるロディオスや姉のように慕うフェリヴィア、そして双子達ぐらいのものだった。

 ──ライラのように、ようやく心を開けそうな人にも出会えたけれど……そんな人には早々出会えないわよね。


「ロディオスに宛てた書簡にも綴りましたが、私は貴女を我が伴侶として迎えたいと思っております。貴女と顔を合わせたのは今宵が初めてではありますが、私はずっと……この十年、ロディオスからの便りや風の噂でしか知ることの出来ない貴女に恋い焦がれ、そして確信したのです」


 薄く頬を赤らめ、幸せを噛み締めるように目蓋を閉じる蘭樹。


「やはり貴女は、私の想い描いて通りの──いえ、それ以上に美しく、そして私の伴侶となるに最も相応しい唯一無二の女性なのだと!」


 パッと目を開いた彼の若草色の瞳が輝いた。


「故に私は、こんなにも素晴らしい女性である貴女のもっと深いところを余す所なく知り尽くしてしまいたい……! ティエラ王女、私は貴女の魂に触れてみたい……」


 言いながら、蘭樹はティエラの方へと手を伸ばし──


「……っ、ああ、申し訳ありません。何の断りもなく女性の手に触れては無礼千万でしたね。あまりにも眩しい貴女を目の前にして、どうやら自制が効かずに舞い上がっているようです」


 恥ずかしそうに俯きながら手を引っ込めた蘭樹は、一度深呼吸をしてから顔を上げた。


「ですが、私のこの想いは紛れもない本物です。ですから……また近い内に、二人きりでお話しましょう。貴女にも、私のことをもっと知ってほしい……互いのことを深く理解していきたいのです」


 とめどなく溢れ続ける甘く激しい感情を必死に抑えながら、何とか気持ちを伝えようとする蘭樹。

 ──互いのことを……?

 蘭樹の吐露に、ティエラは驚いていた。

 己の中身までもを熱心に知ろうとする蘭樹は、過去にティエラを口説こうとしてきた男達とは一味も二味も違うのではないか。


「私は貴女を無理矢理伴侶にしてしまおうなどという、どこかの凡愚な王のような下賤で野蛮で美しさの欠片もない想いの押し付けは決して致しません。だからこそ、私は姫を正室候補として我が国にお越し頂いたのです」


 そう真剣な面持ちで告げた蘭樹に、胸の内に小さな炎が灯ったような気がした。

 ──この方と先に出会えていれば、私の人生はもっと変わっていたのかもしれないわね……

 あり得たかもしれない未来に少しの悔しさを感じながら、改めてティエラは気持ちを引き締める。

 ──蘭樹陛下……あなたなら、信用しても良いの……?

 この復讐に彼を──この国を巻き込んでしまっても、彼なら許してくれるのだろうか。



 

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