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王女は死神となりて  作者: 由岐
第8章 桜の都
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1.プライド

「お嬢様!」


 桜ノ宮の門をくぐってすぐ、聞き覚えのある声に足を止めた。


「マリシャ……! 良かった、無事だったのね」

「わたしの身より、お嬢様のご無事をこの目で確かめられた事実の方が遥かに喜ばしいことにございます」


 白龍に襲われ、沈められた船。

 そこから何とか陸に辿り着いたというマリシャは、リリシャとレイと共にティエラ達を探していたのだという。


「お嬢様や皆様と入れ違いにならぬよう、一人は都に残って情報を集めておりました」

「二人も無事にここへ来られたのね」

「はい。乱麻様、ライラ様。お嬢様をここまでお連れくださり、誠にありがとうございました」

「ちょっと途中で時間掛かっちゃったけどね」

「レイ達はしばらく待てば都に戻って来るだろう。依頼の報酬はその時に戴こう」

「はい、レイ様からも乱麻様がいらしてからと伺っておりますので」


 ティエラ達はそのままマリシャに連れられ、ティエラを養子として受け入れる貴族の屋敷へと向かう。

 都の門から入ってしばらくは様々な店が建ち並ぶ大通りを進んだ。

 その途中で見付けた人が引く車──人力車に乗って、貴族が住むエリアへ入っていく。

 このエリアには、粗末な服を着た者は誰一人として居ない。やはり外見を気にする国民性故か、使用人らしき人物達の着物もそれなりの質を用意しているらしい。

 視界の至る所に一本は桜の樹が植えられたこの桜ノ宮には、町人のエリアと貴族のエリアとを分ける境界線として水路で土地が区切ってあった。

 その水路の上に架かる橋を越えると、外を出歩く人々はほとんど見掛けられなくなった。

 貴族街の更に先に見える七重の塔、そしてその傍にそびえ立つ建築物が桜樹王の住まう場所なのだとマリシャが言う。


「こちらがお嬢様の新たなご家族となる、華原藤(かわらふじ)家のお屋敷です」


 人力車が停まったのは、貴族街でも身分の高い家が集まるエリアのようだった。ここまで見てきた他の屋敷とは規模が違う。

 ──ここが、私の新しい家……

 マリシャが乗車賃を支払い、四人は華原藤家の門の前に立つ。

 門番にティエラが来た旨を伝えると、中から品のある老婆が現れた。


「お初にお目に掛かります。私は華原藤家女中頭の梅と申し上げます」


 若い頃はさぞや美しかったであろう優しい笑みを零す梅は、髪が真白く染まった今でもその美の片鱗を残していた。

 ゆっくりと頭を下げる梅の所作に、しっかりとした優雅さを感じさせる。


「姫様、よくぞご無事で……」

「海での一件は既にそちらに伝わっていたそうですね。彼女の無事をすぐに報せられず、申し訳ありませんでした」


 そう言って乱麻は深々と頭を下げた。


「そちらの方は……」

「ギルド〈一陣の風〉の一員、快刀(かいとう)乱麻と申します。この度、お嬢様のご友人であるこちらのライラ嬢と共に彼女の護衛を務めておりました」

「ぶっ! ら、ライラ嬢なんて言葉がアナタの口から出て来るなんて……」


 噴き出したライラを横目で一睨みし、乱麻は小さく溜め息を吐いた。

 ティエラを歓迎する宴が開かれる日付はとうに過ぎている。白龍の件と、華原藤家も知らないティエラの死神化の影響で遅れが出たからだ。

 乱麻は梅に対して、陸に流れ着いてから手紙を出す余裕が無かったこと。そして、出来る限り速く都へ向かっていたのだとも説明する。


「この件は俺から直に華原藤様にご説明させていただきたく思います。罰なら何でも受けるとお伝え下さい」

「そんな! 船が襲われたことや、その後のことだってあなたに原因があった訳ではないのに……」

「……良いんだティエラ。俺はそれだけ責任のある仕事を引き受けて、その結果がこのザマだ。到着が遅れ、更にはアンタを危険な目に遭わせてしまった。護衛なんて全然出来ていない……」


 魔物が出やすい時期に船を出し、運悪く春海で最も危険視されている白龍に襲われた。

 ギルドを代表してこの依頼に参加した乱麻とレイにとって、今回の護衛は大きな賭けであったと言える。

 レデュエータの王女であるティエラは、〈一陣の風〉ギルドマスターであるトシの親友、白狼騎士団長アビラの愛弟子の一人。彼女の今後を思えば、多少の危険を(はら)んでいてもすぐにティエラを国外へと逃がしてやるべきだ。

 そう結論を出したトシは、ティエラの正体を伏せて乱麻達にこの仕事を任せたのだ。

 トシが乱麻とレイの腕を認めていたからそこの判断だった。


「俺は……トシさんの期待を裏切った。ギルドの看板に泥を塗った。だから俺は、裁かれなければならない……!」


 俯き、ぎゅっと奥歯を噛み締める乱麻。

 固く握られた拳が小さく震えている。

 ──でも、私達は知っている。彼が私の為にしてくれたことを。

 ティエラは乱麻の前に立つ。

 そっと両手を包み込み、彼の手を胸の辺りへと引き寄せた。

 突然のティエラの行動に、乱麻ははっと顔を上げる。

 怯えが隠れたその不安げな表情は、乱麻を普段よりも少し幼く見せた。

 そんな彼が、何故だか愛しく感じる。


「私はあなたに、心から感謝しているわ」

「俺は……俺はアンタを死なせかけたんだぞ」


 様々な武器を使いこなし、魔法にも長け、常に自信に満ち溢れて居る乱麻。

 それが今ではどうだろう。

 不安に揺れる紫の瞳、震える手。

 ──彼は何も悪くない。全て己の責任だなんて、そんな風に思わないで……


「けれど、私の命を救ってくれたのも乱麻……あなたなのよ。あなたとライラが居てくれなかったら、私は今頃どうなっていたか……」

「ティエラ……」


 ──どうすればこの気持ちがあなたに伝えられるの?


「あなたは命の恩人よ」

「……っ!」


 目が潤む乱麻に、ティエラは心のままに抱き締めた。

 ライラとライムが思わず頬を染め、梅も微笑を浮かべて見守っている。


「本当にありがとう。私、あなたに出会えて良かった……」

「……アンタにそう言ってもらえるなんてな。俺の方こそ、アンタに救われてるってのに」


 ふわりと吹いた暖かな風が、舞い踊る桜の花弁で二人を彩っていた。



 

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