5.魂を狩る者として
体調が万全であることを確認して、いよいよティエラ達が月影の里を出る朝を迎えた。
「短い間でしたが、本当にお世話になりました。このお礼は、また日を改めてさせていただきます」
「そんなの気にせんでええ。同胞に親切にするのは、当然のことじゃからの」
見送りに来た里長とルシェ、他にも数人が集まった。
ルシェはティエラ達の為に水や食料を持たせてくれた。
──ほんの数日しか滞在していないのに、ここの人々はとても親切にしてくれたわ。
昨日ルシェと乱麻が言っていたように、「死神」だからという理由だけで彼らを差別してはいけないのだろう。ティエラはそう改めて実家していた。
少なくとも月影の里に住むこの人々は、自分達の宿命から逃れたいと願っている。
だからこそ、逃れる術を求めてこの森の奥深くの小さな村から旅立った乱麻が居るのだろうから。
「ティエラさん、最後に一つだけ渡したいものがあるの」
そう言ってルシェはティエラに一枚の紙を手渡した。
手元に視線を向ければ、小さなその紙には簡単な地図が描かれていた。朱墨で一箇所に丸印が書いてある。
「これは?」
「新たな死神となった貴女は、これから自分でオーブ狩らなければいけない。でも、オーブを取るにはただ魔物を倒すだけでは駄目なのですよ」
魔物や人間から──本来ならば人間からオーブを奪うのは好ましくないが──魂の源であるオーブを得るには、特殊な武具が必要となる。
それを魂集武具と言い、死神ならば誰もが持っているものなのだとルシェが言う。
「わたしの杖も魂集武具よ。パパがおばあちゃんから貰って、それをわたしも使ってるの」
「アンタには俺の長剣を貸してやる。これで相手の息の根を止めれば、自然とオーブが手に入る。まあ、死神の能力を持たない人間が使ったらただの剣でしかないんだがな」
「乱麻は幾つもの武具がありますが、いつまでも貴女に貸したままという訳にもいかないでしょう?」
「あ……!」
そう。乱麻は〈一陣の風〉の仕事としてティエラの護衛をしている。
ティエラを桜樹国の貴族の屋敷まで送り届ければ、彼とレイの仕事は終わる。報酬を受け取り、その後はレデュエータ王国へと戻ってしまうからだ。
──短い間に色々とあったから、このメンバーでいるのが当然のように思っていた。けれど、そうよね。いつかは私達は別れて、それから……
「だから、目的地に着くまではその剣でオーブを集めて。出来るだけ沢山。それが集まったら、地図に印を付けた場所に行って下さいね」
深い思考の海に沈みかけていたところで、ルシェのその声がティエラの意識を引き上げた。
「桜樹の都にはわしの息子が居るんじゃ。あやつは武器屋をやっとるんじゃが、普通のモンだけじゃのうて、魂集武具も作れる職人でのう。オーブの殻を材料に、どんな武具でも作ってくれるじゃろうて」
「オーブの……殻、ですか?」
ピンと来ないティエラは首を傾げる。
すると、隣のライラがすぐに説明してみせた。
オーブの殻というのは、鳥の卵のように魂が持つ特別なエネルギーを保護する膜のことを指す。
天津神へと捧げたオーブは中身のエネルギーのみが抜き取られ、自分の手元には殻だけが残ることになる。
その際に入手したオーブの殻を利用して作られたのが、魂集武具なのだ。
「魂に干渉するには、同じ魂から作られた武器が一番なのよ! 普通の武器でオーブを狩れる人なんて、始まりの死神くらいのものなんじゃないかしら? だからアナタも自分の武具を持った方が良いわよ」
「アンタのその魔鉱剣と併用して、二刀流を目指すってのも面白いだろうな」
ティエラの魔鉱剣は氷と闇の多属性。こんな珍しいものを戦闘に使わないのは勿体無いからな、と乱麻は続ける。
こうしてティエラ達は新たな目的を得て、いよいよ桜樹国へと出発した。
桜樹の都まで、三人と一匹はこれまでの遅れを取り戻そうと急ぎに急いだ。
ライラがレモナともう二匹のエンジェルスライムを召喚し、人が乗りやすい形に平べったく変形してもらい空を飛んだのだ。
十分なスピードを維持しての長時間飛行は、人を乗せたままでは休憩を挟んでも半日が限界だった。
それでも徒歩で移動するよりは遥かに速い。
本来ならば七日はかかるところを三日で国境を越え、この山を一つ越えた先が都という所までやって来た。
「そろそろ見えるぞ」
若々しい緑の葉が茂る山を飛び、山頂へと到達する。
「あれが桜樹最大の街──美と花の都、桜ノ宮だ」
ティエラの眼下に広がる瓦屋根の家々と、舞い踊る桜。
天へと伸びる威厳ある塔と、白が眩しい見慣れぬ建物。あれがヤマト大陸の城なのだろうか、とティエラはあまりの美しさに目を奪われながら思う。
季節を通じて絶えることなく花を咲かせる桜。これこそがこの国が桜樹国と呼ばれる由縁であった。
「凄い……噂には聞いていたけれど、桜樹の都がこれ程までに美しい所だったなんて……!」
「ふわー……! 流石は世界一美しさにこだわる国ね! これならあの人がティエラをお嫁に欲しがるのも納得しちゃうわ」
「ああ、この前言ってたあの件か……。まあ、確かにそれが理由なのかもしれんな」
ティエラを匿う場所を用意してくれた、桜樹王こと桜川蘭樹。
美しさを何よりも尊ぶこの国においても、ティエラの美貌は圧倒的に評価されていた。
だからこそ蘭樹はロディオスからもたらされたこの機会を、心から喜んでいる。
それ故に、ティエラは彼の正室候補としてこの国へとやって来ることになったのだから。
──宴が催される日より数日遅れてしまったから、きっと心配を掛けてしまっているわね……
とにかく、無事を知らせなければならない。
ティエラ達はエンジェルスライムから降りて、都への門へと向かっていった。




