3.もう戻れない
薄っすらと里に陽光が差し込んできた頃、長い眠りから少女は目覚めた。
覚醒していく意識の中で、視界に映る見知らぬ天井と、人の気配に気が付いた。
──ここは……?
天井の木目は美しく、床との密着度が高い寝床。
少なくとも、この部屋のデザインはハヴィダット大陸のものではないのだろうと推測出来た。
眠っていた頭を働かせて、自分の身に何が起こったのか思い出していくティエラ。
──海に呑まれて、あの白龍が私達の船を破壊して……もしかして、ヤマトのどこかに流れ着いたの?
しかし、下手に動けなかった。流れ着いた先が嶺禅国ではないとは限らないからだ。
「あら?」
穏やかな女性の声。
ティエラが目覚めたことに気付いたようだった。慌てて目を閉じるが、それにすら気付いていた女性がくすりと笑う。
「大丈夫、ここは安全ですよ。私はルシェと言います。月影の里の民で、ここは私の家。貴女を助ける為に、乱麻とライラさんがお連れになった場所です」
二人を呼んで来る、と告げてルシェは部屋を出て行った。布団から起き上がると、少し身体が重かった。
だが、あれだけ高かったはずの熱はもうすっかり下がっていた。
ちょっと体力が落ちて、だるさが残っているのだろう。そう思うことにした。
しばらくすると、部屋へと駆けて来る足音が耳に届いた。勢い良く襖が開けられる。
「ティエラ!」
「ライラ……!」
嬉しそうに胸に飛び込んで来るライラを受け止める。後から小さく笑む乱麻とルシェもやって来た。
ティエラはライラを抱きしめ返し、そっと頭を撫でる。
「何だか、随分心配を掛けてしまったようね……」
「そうよ、すっごく心配したんだから! わたし、乱麻と一緒に頑張って……! ホントに良かった……アナタが、目覚めてくれて……っ」
「何だか、長い間眠っていたように身体が重いのだけれど……」
「それは俺から説明しよう。海での騒動のことと……アンタの、身体のこともな」
笑みを消した乱麻に、ティエラは尋常ならざる何かを感じ取った。
ひとまずライラを落ち着かせてから、乱麻は改めて語り出す。
「──といった具合だ。今日はもう一日ここで休んで、明日の朝には桜樹国へと再出発しようと思う。その道中か都でレイと合流出来るはずだ」
「マリシャとリリシャは無事なのかな……」
「あの子達がそう簡単に命を落とすようなことは無いはずよ。きっとまた会えるわ」
「そうよね。うん、絶対みんな無事よね!」
「それから……アンタの身体の事なんだが」
乱麻はライラに目を合わせた。頷くライラ。ルシェは静かに皆を見守っている。
そして、意を決して乱麻が口火を切った。
「……ティエラ。アンタはもう、普通の人間じゃない」
「え……?」
「これまで通りの生活とは少し……いや、かなり違う人生を歩むことになる」
「普通の人間じゃないって、そんなの……!?」
困惑するティエラを宥めるように、乱麻は彼女の手を取って目線を合わせる。
宝石のような美しい瞳は揺れ、整った眉も八の字に下がっていた。
「……アンタは一度、命を落とした人間だからだ。心当たりがあるだろう」
「あっ……!」
あの夜、ティエラ自身も死を自覚したはずの死神の襲撃事件。
──私は、本当にあの時死んでいた……?
では何故、今もこうしてこの世に存在しているのか。
ティエラの混乱は増すばかりだった。
「俺の故郷であるこの月影の里という土地には、古くからの伝承が語り継がれていてな。一度死したはずの人間が、人ならざる者として甦る……。それを太古の人々は、死神と呼んだ」
「しに、がみ……?」
あらゆる生物の魂を狩り、それを天津神に捧げることを天命とする者──死神。
大昔に突如として出現したとされる死神は、この月影の里を築き子孫を残し続ける闇の一族だとされている。
死神のみが狩ることを許されたオーブ。それを神へ捧げることを放棄すれば、その者の魂は永遠の闇を彷徨うと言い伝えられてきた。
乱麻を含む里の者や、外界で生活する一族の者も皆、その伝承に逆らわずに今日まで生きてきたのだ。
「で、でも私は、この里の者の血は引いていないわ! それなのに、どうして私が死神になったというの?」
「ごく稀にだが、死神に魂を狩られた人間が死神化することがあるんだそうだ。アンタは一年前、城に攻め入ってきた雇われの死神に魂を狩られた。だからそうなったんだ」
「そんな……! 私が、死神になっただなんて……」
「あまり私達一族のことを悪く言わないで下さいな。私達だって、この身に流れる血は呪われたものだと知っていますから」
ちょっぴり傷付いてしまいますわ、とルシェが言う。
大きなショックに未だ立ち直れないものの、その言葉にティエラは口を噤んだ。




