1.乱麻の罪
ようやく谷底に下りた乱麻達は、まだ昼間だというのに薄暗く木々が茂る森を歩いた。
ライラはあれきり弱音を一切吐かず、未だ熱に苦しみ生死の境を彷徨うティエラの世話を焼いている。
鳥の鳴き声が近くでしたかと思うと、その鳥はすぐにそこから飛び立っていった。
それに気付いた乱麻はライラに言った。
「迎えが来るな」
「え? 迎えって、里の人達の?」
「今そこから飛んで行った鳥が居ただろう? あれは里長の使役している八咫烏だ」
三本足のカラス──八咫烏が向かった方向には、確かに村があった。一言で言い表すなら、辺境の村。
村を囲う質素な柵や、日当たりの悪い土地でも育ちやすい作物が並ぶ畑が見える。
──ここに帰って来るのは一年振りだったか。さて、里の皆は二人の客人にどんな歓迎をするのだろうな……
村の出入り口には、数人の村人が集まっていた。ライラにとってここは父親の故郷である。
この中に親族が居るかもしれない。そう思うと、ライラは複雑な心境だった。
「おかえりなさい、乱麻。そしてようこそ、同族のお嬢さん」
村人の一人が代表して挨拶をした。滑らかな赤い髪を持つ、落ち着いた雰囲気の女性だった。
「同族って……何でわかるの?」
「それは勿論、貴女からから私達と同じ血を感じるからですよ。まだ若い貴女には、これが上手く伝わらないのでしょうね」
血を感じると言ったその女性はルシェと名乗った。
ルシェはレモナに乗せられたティエラを見て、すぐに彼らがこの里を訪れた理由を察した。
「……すぐに私の家に彼女を運びましょう。ライラさん、だったかしら? 貴女はそのスライムさんと一緒に私の家へ、乱麻は里長様の所へ行きなさい」
「ああ」
「は、はい!」
里長の館へと向かう乱麻に、他の村人達はすぐに道を開けた。
「私の家はこっちよ。そちらのお嬢さんのお名前、教えてもらえますか?」
「あ……えと、この子は……ティエラ、です」
「ティエラさん……。そう、本当にあるんですね、こういうことって」
意味深長な物言いをするルシェに、ライラは言い知れぬ不安を抱いた。
──乱麻もそうだけど、このルシェって人も何か大事なことを隠してる。確かめた方が……良いわよね。あの子の為にも……!
「あ、あの!」
少し前を歩いていたルシェが振り向いた。
俯くライラに、ルシェは小さく笑みを向けている。
「ずっと、気になってたことがあるんです」
「……私に答えられる話なら、ライラさんに教えてあげられますよ」
立ち止まった二人とスライム達。ライラはごくりと唾を飲み込んで、顔を上げた。
里長の館は大きく枝を広げた大樹の上にあった。
「暫く見ないうちに、また一段とあやつに似てきおったのう」
腰が曲がった着物姿の老人が座る座布団を前に、乱麻はどっかりと腰を下ろす。
館の奥、畳敷きの大きな広間で二人は向かい合っていた。
「そんなのはどうだって良い。里長、もう八咫烏を伝ってこっちの事は全部わかってるんだろう。さっさと準備しないと……」
「それもそうじゃな。全く……お前さんのその態度も、若い頃のあやつにそっくりじゃて」
「うっせぇ」
憎まれ口を叩きながらも、乱麻は内心焦って仕方がなかった。
ジロリと族長を睨むその顔には、嫌な汗が滲んでいる。そんな乱麻の態度が里長の老人には物珍しく、興味深げに観察していた。
すると、里長は袖から透明なガラスの瓶を取り出し、乱麻に手渡した。
「ほれ、これを持ってお行き」
「……借りが出来たな」
「なぁに、今回の事はお前さんは何も気にせんで良い。色々と珍しいものを見せてもらったからの。その礼じゃよ」
──やはりこのジイさんとは馬が合わん。
不機嫌な態度を隠すことなく、乱麻はすぐさま立ち上がった。そのまま広間を出ようと背を向けた、次の瞬間。
「なあ、やはり彼女は……」
「うん?」
そう問い掛けた乱麻の表情には、里長への嫌悪以外の色が浮かんでいる。
それは顔が見えていないはずの里長に容易に想像出来る、不安気な声色だった。
「……俺達と同じに、なってしまったのか?」
「そうでなければ、わしがそれを渡す必要もなかろうて」
「そう……だよな」
その返事を耳にして、乱麻の胸には大きな後悔が溢れ出してきた。
──俺は……どうすれば良かったんだ……!
強く下唇を噛んで、血が滲む。それでも、彼が犯した罪が覆ることはない。
己の不甲斐なさに憤りを感じながら、乱麻は突風のように館を後にするのだった。




