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王女は死神となりて  作者: 由岐
第1章 闇夜の死神
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2.復讐の焔

 薄暗い和室の奥で、若い男が虚ろな瞳で呟いた。


「僕を拒みさえしなければ……君は死なずに済んだのに……」


 細い蝋燭(ろうそく)一本の頼りない炎が、その冷めた目に映り込んでいる。

 突き刺すように冷たく、しかしごうごうと燃え盛る黒い炎が彼の胸中を焼き焦がしていた。


「欲しかった……君が欲しかったのに……。どうして、君は……」


 ──ティエラは、僕のモノにならないの?



 死神の強さは驚異的だった。

 ここまで何人もの騎士を突破してきたにも関わらず、疲労している様子が一切無い。

 それどころか、先陣をきって戦っているロディオスの方が押されている始末だ。


「くそっ……!」


 ──お兄様でも歯が立たないだなんて!


「……っ、せやぁ!」


 諦めずに死神に剣を振るうロディオス。

 しかし、その一振りは擦りもしない。

 後方で援護するマリシャが炎の玉を飛ばすと、死神はそれを上回る火炎魔法で打ち消してしまう。

 その隙に普段おっとりした印象のリリシャとは思えないスピードで、死神の背中にダガーをお見舞いする。

 だがそれも予測されていたのか、死神は身体をひねると、自分を中心に円を描くように遠心力を使い大きく鎌を振るった。


「あわわわっ!?」


 慌てて後方に飛び退き距離を取ったが、あまりの攻撃範囲の広さにダガーを握っていた右腕を負傷してしまった。

 ティエラはすぐにリリシャに駆け寄り死神の前に立ち塞がる。


「大丈夫、リリシャ!?」

「ちょっと怪我しちゃいましたけど……まだ、戦えますっ……!」


 死神に未だ攻撃が決まっていない。この中で最もスピードのあるリリシャですら何も出来なかった。

 ──実力が違いすぎるわ。実戦経験が多いマリシャとリリシャの援護があっても、傷一つ付けられないなんて……

 死神を倒すなど、あまりにも無謀だったのだろうか。

 ゆらりと鎌を振り上げる死神。

 ティエラが歯を食いしばった、その時──


「はあぁぁぁ!」


 鎧を着込んだ男が一人、死神の背に剣の先から雷を放った。

 ティエラに気を取られていた死神はその一撃をもろに喰らった。


「……っ!」


 死神が振り返った先には、二階で突破されていたはず騎士団長アビラが立っていた。

 所々肌や鎧に傷を作ってはいたものの、アビラは昼間と変わらぬ豪快な笑みを浮かべて言う。


「危ないところだったな。ティエラ、ここは俺とロディに任せとけ!」

「助かったわアビラ! あなたの方こそ、無事で良かった……」


 アビラはロディオスとアイコンタクトを取ると、側に居たマリシャに小声で指示を出した。

 すぐにアビラとロディオスが死神に攻撃を再開し、ティエラに手を出す隙を与えないよう絶え間無く連携を続けている。

 ティエラの傘下である白狼騎士団の団長アビラは、ティエラとロディオスの剣の師だ。

 彼の実力は折り紙つき。特殊な金属を用いた剣で魔力を増幅させた雷魔法と、長年鍛え抜かれたアビラ自身の剣の腕前とでようやく死神と互角の戦いが出来るようになった。

 ──ああ……やはり私程度の実力で敵う相手ではなかったのね……


 剣と鎌。魔法と魔法とがぶつかり合う、強者達の一挙一動から目が離せない。

 ──アビラでもようやく死神と渡り合えるまでの域だというのに、何故自分ならあれを相手に出来るなどと思っていたのかしら……

 あまりにも己の力を過信していた。それを嫌と言う程、目の前で見せ付けられている。

 ──こんな風では……

 二人の戦いに釘付けになっていると、マリシャが声を抑えて呼びかけた。


「……アビラ騎士団長からの伝言です。この場は俺とロディが足止めする。双子を連れて逃げろ──とのことです」

「そんなっ、逃げるだなんて……」

「恐らく死神はティエラ様の居場所を常に把握出来る手段を持っているはずです。逃げ切るのは厳しいでしょう」


 手練れ同士の戦いに頭を冷やされたティエラは、マリシャの発言に思考を向けた。

 マリシャの言う通り、死神に狙われて生き延びた人物が居るという話など耳にしたことがない。

 ならばどうすべきか、ティエラが策を講じようとしたその時、


「……アビラ騎士団長は〈一陣の風〉を頼ればきっと力を貸してくれるだろう、とも仰っていました」


 アビラのからの提案に、はっと顔を上げた。


「そうか……! 彼のギルドなら、一流の剣士や魔導士が居る。きっと死神にも対抗出来るわ!」


 〈一陣の風〉はレデュエータ王国内で大手の戦闘ギルドとして名を馳せている、実力派揃いの精鋭ギルドの一つだ。

 ティエラは以前、アビラからギルドマスターのトシとは幼馴染なのだと聞いていた。トシのギルドならば、ティエラ達に助力してくれるかもしれない。


「ロディオスさまとアビラさまが時間を稼いでくれている間に、〈一陣の風〉のギルドハウスに行きましょう!」

「ええ」


 死神に気付かれないよう注意しながら、マリシャとリリシャを含めた三人で階段へと向かう。

 慎重に進みながら、今のところはどうにか無事に逃げられている。


「酷い……」


 床や階段に倒れた騎士達は、そのほとんどが大怪我を負っていた。

 何とか生き残っていた魔導士数人が、手分けして生存者に治療を施している。

 しかし魔導士自身も怪我をしていて、魔力も死神との戦闘でほとんど使い切っているようだった。

 回復魔法で妹の傷を治療していたマリシャが、ポーカーフェイスはそのままに悔しさを漏らした。


「さすがにこの状況下で全員の治療は出来ません……。残念ですが、今はギルドハウスに向かうことを優先しましょう」

「……ええ、そうね」


 ──この中で、一体何人がまだ息をしているのだろうか。私のせいで、どれだけの犠牲を出してしまったの……?

 滲む涙を必死に堪えながらティエラは進む。


「……っ、避けろティエラ!」


 突如、兄の叫びが響き渡った。

 はっとして振り向くと、広間の階段には、頬から血を流すロディオスが。

 そして、いつの間に背後に迫っていたのか。死神の鎌がすうっと鎧を通り抜けて、ティエラの心臓を斬り裂いたのだ。

 鎧にも皮膚にも、鎌に付けられた傷は見当たらない。

 それなのにティエラは確かに『斬られた』実感があるのだ。

 一瞬感じた冷たさの後、熱い何かが燃え盛るような──今まで味わったことのない異常な感覚がティエラを襲う。


 ──今のは、何……?


「ティエラーッ!」


 立つ力を失った身体は、力無くばたりと倒れる。


「いやあぁぁぁっ!」


 ──皆に護ってもらったのに……私は、死んでしまうの……?


 光を失っていくティエラの瞳。

 確かな手応えを感じた死神は近くの窓を突き破り、夜の闇へ消えた。


 ──ごめんなさい……私が、こんなにも無力だったせいで……


「よくも……よくもティエラを! 逃がすものかぁぁ!!」


 次第に霞んでいく視界には、必死に回復魔法をかけ続けるマリシャと、ぼろぼろと大粒の涙を流すリリシャの姿が見える。


 ──こんなところで、こんな風に死にたくなんてない……


「ティエラ……くそっ! 死ぬんじゃねえ、ティエラ!」

「ね、姉さん! 早くティエラさまに回復を! 早く!!」

「わかっているわよ! 治って……頼むから、治って……!」


 ティエラの生命の炎が尽きようとしている。

 それに反して、彼女の内では激しい憎しみの炎が音を立てて燃え盛っていく。


 ──嶺禅ダンギク……お前だけは、何が何でも……


 ティエラの目から、一筋の雫が零れ出る。


 ──絶対に……この手で、殺してやる……!



 

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