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王女は死神となりて  作者: 由岐
第6章 呪われた血
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3.父の想いと娘の想い

 分厚い円卓のような形状を保ち、そこに寝かせられたティエラ。

 その円卓の正体とは、ライラが召喚したエンジェルイエロースライムのレモナだった。


「ねえ乱麻、後どれくらいで着くのよ」

「目の前に鬱蒼(うっそう)とした森が見えるだろう? あそこを進んで、まだまだ歩くぞ」

「えぇー! この森に入るのぉ!?」


 いくら旅慣れているとはいっても、歩き疲れたライラの疲労は、確実に蓄積されていた。

 それもそのはず、ティエラ達が流れ着いた海岸から北東に進むこと早半日。

 その間小休止を取りながら乱麻とライラはひたすら歩き、ライムは飛び跳ね、レモナはティエラを乗せて飛行し続けていたのだから。

 海で見た朝日の空は、もうすっかり夕焼け色に塗り替えられている。

 それでもライラは、乱麻に言われるままに森へと足を踏み入れていく。文句を言ってはいるが、これは全てティエラの命に関わることなのだと自分に納得させた。

 ──もしかして、乱麻がこれから行こうとしてる場所って……!

 そう心中で呟くライラの脳裏に蘇ったのは、彼女の父の死からすぐの出来事だった。



 ライラの父を乗せた船が白龍によって沈められ、その船の生還者はゼロ。

 もう一隻では二人が生き残り、一部始終を目撃したのだという。

 その報せを聞かされたライラは、近所付き合いの多かった隣人、ラゼリー夫婦に引き取られることになった。


「どうしましょう、貴方……。ライラちゃん、もう三日もまともに食事をしていないのよ」

「あんなに立派な父親だったんだ。ああして塞ぎ込んでしまうのも、わからなくはないだろう?」

「そうかもしれないけれど……心配だわ」


 ラゼリー夫婦には子供が一人居たが、その子はもう独り立ちをして、大きな街で暮らしている。ライラにはその子供が使っていた部屋が与えられていた。

 一日中カーテンが締め切られた、薄暗い部屋。そのベッドの上で、ライラはすすり泣いていたのだ。

 彼女の小さな手には、父が帰らぬ人となった時に読むように言いつけられていた、あの手紙があった。ライラはそれをもう何度読み返したことだろう。

 そこには、父の故郷のことと、その村に住む家族のこと。それから、彼女がこれから生きていく為に【必ずやらなければならない行為】についてが、詳細に記されていた。


「マモノを、倒して……パパの……つえでっ、あつめる……?」


 ──それをしないと、わたしもしんじゃうの……?

 涙で潤んだライラの瞳が、ベッドのすぐ横に立て掛けられた白銀の錫杖を捉える。


「わたし、そんなのっ、したくないよぉ……! わたしも、パパとママのところへ……いきたいよ……!」


 紙に走る、懐かしい父の筆跡。

 唯一父の遺品として海から回収された、煌めく白銀の杖。

 それを一瞬でも視界に入れれば、様々な思い出が胸の内を駆け巡ってしまう。

 娘の生を願う父の想いよりも、ライラにとっては両親を失った悲しみの方が遥かに上回っていた。


 それから二日後、夫婦の必死の説得で食べ物を口にするようになった頃。

 以前までの明るい笑顔を浮かべることなく、ライラは脱け殻のような日々を過ごしていた。

 彼女は魔導学校を休み続け、家の外に一歩も出ない。更に、父の手紙に記されていた【必ずやらなければならない行為】など、真面目にする気が起きなかった。


「ねえ、ライラちゃん。今日はおやつにタルトを焼いてみたの! 貴女の大好きなベリータルトなのよ。良かったらこれから一緒にお茶にしましょう?」


 ラゼリー夫人の優しい言葉など、ライラの耳には届かない。

 大好きなベリータルトも、美味しい紅茶も、綺麗な花も、可愛いぬいぐるみを与えてみても無駄だった。彼女にとって、父も母も居なくなってしまったこの世界そのものが、もうどうでも良くなってしまったのだから。


「……じゃあ、気が向いたら言ってちょうだい。いつでも用意するわ」


 全く無反応なライラに、ラゼリー夫人は困り顔をした。


 それから一週間後、突如ライラは原因不明の病に襲われた。


「凄い熱……! 今すぐお医者様を呼びましょう」

「ああ! それにしたって、今朝は何ともなかったのに……」


 ライラの意識は、高熱によって朦朧としていた。そんな彼女がただ一つ確信したのは、父の手紙に書かれていた内容についてだった。


 【──を集める作業……これを怠け続けていると、ライラは物凄い熱を出すようになる。単なる風邪なんてものじゃない、本当に危険な高熱。この熱は、最終警告なんだ】


 ──パパがかいてたこと、ウソじゃなかったんだ……

 熱い吐息を漏らしながら、ライラは周囲を見回す。


【今まではパパがライラの分まで集めていたが、今お前がこの手紙を読んでいるということは……きっと、もうパパはお前の隣に居られなくなったからだ。これからは、ライラが自分の力で生き抜いていかなくちゃならないんだ。ライラなら、わかってくれるね?】


 慌ただしく部屋を飛び出していった夫婦は、まだしばらくはここへ戻って来ない。

 ──いまなら……まだ、まにあう……


「……っ、パパの、杖……!」


 ぐらつく身体を酷使し、ベッドから起き上がる。腕を伸ばし、杖を支えに立ち上がったライラは、おぼつかない足取りで歩き始めた。


【万が一、高熱が出てしまった場合。急いで近くの魔物を仕留めるんだ。どんなに弱い魔物でも良い。一匹だけで良い。とにかく急いで倒すんだ。真面目なお前なら、学校で習った魔法を使えば……パパの杖で、魔法を使って倒しなさい】


 手紙の指示通り、魔物を求めて家を出る。寝巻き姿だったが、暗くなってきたせいか通行人にも出会さなずに済んだ。

 彼女が目指すのは、街から少し離れた草原。そこには小動物型の魔物が出る。それならば、幼いライラでも相手が出来る。


【そうすれば、倒した魔物から──】


「……みつけた!」


 静かな草原を飛び跳ねる、小さな影──額に角が生えた白兎の魔物に向けて、ライラは雷の魔法を放った。

 一発で攻撃が命中し、怯んだ隙にとどめの一撃をお見舞いしてやる。すると、倒した魔物から光が溢れ出してきた。

 呆然と眺めていると、その光は空中で一点に集まり、五センチ程の白いガラス玉のような物体が生成されたではないか。


「これが、パパの手紙にあった……オーブ……?」


 玉は重力に従って地面に転がり落ちる。歩み寄ってそれを確認してから、ライラは手にした錫杖の持ち手の下部分で叩き割った。

 すると中から白い光の粒子が立ち昇り、そのまま空に吸い込まれるように消えてしまった。


「これが、めいかいおくり……」


 光の粒を見送ると、ほんの少しだけだが身体が楽になった。

 ──これをつづけないと、わたしはしんじゃうんだね、パパ。


【──オーブが回収出来る。それを杖で破壊して、倒した魔物の魂を冥界へ送る。この冥界送りを続けることこそが、俺達のような呪われた血を受け継ぐ者の宿命なんだ】


「……あ、またうさぎだ」


【出来ることなら、この話は俺の口からちゃんと伝えてやりたかった。でも、それはもう出来ない。その代わり、これから本当に困った時の為に、ライラに伝えておきたい。パパの故郷の村──月影(つきかげ)の里が、紫魂国の西にある。そこでパパの名前とその杖を見せれば、里の皆がお前の力になってくれるだろう】


「……パパとママのために、たおさなきゃ」


【お前には本当に申し訳ないことをしてしまったと思う。せめて、ライラにだけは幸せな人生を歩んでほしかったのにな……。大人になったら、一度は里に行ってみてくれ。まだ幼いだろうお前に、俺はあんなことを告げる勇気が出ない……。情けない父親でごめんな。パパとママの子供に産まれてきてくれてありがとう。ずっと、お前と一緒に居られなくて……ごめんな、ライラ】


 この日を境に、ライラは父と同じ魔物ハンターを目指す決意を深く胸に刻むこととなった。



「親の愛って、色んな意味で重いのよね……」

「ん? 何か言ったか、ライラ」

「ううん、何でもなーい!」


 ──まさか、ティエラまで……わたしたちと同じだなんて、あり得ないわよね。そうよ、きっと……あり得ない。あり得ないわよ。

 嫌な予感を振り払うように、ライラは何度も頷いた。



 

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