2.残された時間
ザクザクと砂を踏み鳴らしながら、乱麻とライラはティエラを探し続けていた。
先頭を行く乱麻は、時折背後のライラに目を配って歩く。
そこからしばらくすると、岩場の多い場所にやって来た。互いに黙り込んだまま進んでいると、不意に乱麻が口を開いた。
「この感覚は……?」
「な、何よ」
「アンタ、魔導士なんじゃないのか?」
「だから何の話よ!?」
小さく息を吐き、やれやれといった様子でライラに振り向く。乱麻の声色には、彼女への呆れが込められていた。
「何も感じないのか? この近くにある、奇妙な魔力の奔流を」
「ええぇ……?」
眉間に皺を寄せつつ、ライラは彼の言う魔力の奔流を探ろうと、意識を研ぎ澄ました。
──一体何だってんだ、この膨大な魔力は……! これはティエラのもの、なのか……?
乱麻は目に見えない大きな波のような、激しい魔力の流れを全身で受け止めていた。
「わかるような、わからないような……?」
「そんな調子で、よくもまあ今まで一人でやってこれたモンだな。今後は魔力感知の訓練をしといた方が身の為だぞ」
「う、うるさい! わたしは一人じゃなくてライムちゃんたちと旅してたし、自分の魔力を操るのは得意だけど、感知はわたしに向いてないんだからしょうがないでしょ!?」
「相手を感知出来なくて敵に殺されても、不得意なんだからしょうがない、で済ませられるのか?」
言葉に詰まったライラは、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
──とんだお子様魔導士だな。
そう心の内で吐き捨てて、乱麻は奔流の発生源へと近付いていく。
「アンタはそこから動くな。何が潜んでいるかわからんからな」
「はぁ!? わたしが足手纏いだって言うの? ふざけんじゃないわよ!」
「ふざけてない。本気で言ってんだよ、俺は」
「うぐっ……」
苦い顔でその場に立ち止まったライラ。それを横目に見てから、乱麻は腰に下げた剣に手を掛ける。
──これ以上、アイツを傷付けるような真似は出来ないんだよ……
大きな岩陰に近付くにつれて、乱麻が感じ取った魔力は、より強くなっていった。少しでも気を抜けば、その流れに呑み込まれてしまいそうな程だ。
慎重に距離を縮めていく。
大岩に身を隠しつつ、息を潜める乱麻。それに釣られて、ライラも呼吸を止めて見守っている。
──行くぞ……!
刹那に飛び出した乱麻。
その視線の先には、横たわる少女と小さな物体──ティエラとライムの姿があった。
「……お前達だったのか」
乱麻に気付いたライムと、ばっちり視線が合った。
岩場に打ち上げられてからずっとティエラの側に居たのか、乱麻の目にはライムが不安げな様子に見えていた。
静かに剣を鞘に収めると、乱麻はライムと目線を合わせ、片膝を付いて言う。
「彼女を守ってくれていたんだな。ありがとう。向こうにお前のマスターが居る。ここへ呼んできてくれないか?」
すると、ライムは嬉しそうに飛び跳ねた。乱麻が指差した方へとぴょこんぴょこんとすっ飛んで行く。
ライラを待つ間、そのままの姿勢でティエラを観察した。不幸中の幸いではあるが、ティエラも海水を飲んでしまった訳ではなさそうだった。呼吸はある。
しかし、その吐息は熱っぽく、顔も赤らんでいた。
──あまり猶予は無さそうだな……
「ねえ乱麻! ライムちゃん無事だったわよ! ……って、ティエラもここに流されてたのね!」
「ああ、だが……」
明るいライラとは対照的に、乱麻の声は沈んでいた。
その違和感に気付き、すぐさまライラも二人の側に近寄る。彼女の胸に抱かれたライムも、いつもより元気が無かった。
「呼吸が浅く、発熱もしている。この状態では一人で歩くことはおろか、目覚めるのも難しいだろう」
「そんな……! どうにか出来ないの? ティエラを助けたいの! 何か……何かティエラを助ける方法があるなら教えて!!」
深く暗い色をした海。
その水平線から、徐々に明るい空の色が顔を覗かせようとしていた。
「……方法ならある」
乱麻は立ち上がり、目の前に広がる海を見渡す。
薄っすらと明るみ始めた空に、岩場を歩く小さな蟹の甲羅が照らされる。
「ライラ、知ってるか?」
「な、何を?」
振り向いた乱麻の背に、太陽の光が輝いた。
すると、乱麻は足元をうろついていた蟹をつまみ上げた。
「この蟹はヤマトシコンガニって言うんだが、名前の通り紫魂国の海岸に生息する蟹なんだ。つまり、俺達が今居るのは紫魂国──それも、西海岸の方に流されていたらしい」
「どうして西海岸だってわかるの?」
乱麻は鋏に注意しながら、もう片方の手で甲羅を指差した。
「この子蟹の甲羅には、よく見ると小さな棘が沢山生えているんだ。西海岸に生息するヤマトシコンガニにしか見られない特徴だ」
「ほんとだ……」
「だからここは紫魂の西。ティエラを救う術が、この地域には存在している。大急ぎでそこへ向かうぞ」
「そ、そうなの? ティエラが助かるのね!?」
「今から行って間に合えば、の話だがな」
子蟹をそっと放してやってから、乱麻は軽々とティエラを姫抱きにした。
「ちょ、ちょっと何やってんのよアナタ!?」
「動けない彼女を目的地まで運ぶんだ。こうするのが一番なんじゃないのか?」
目を見開いたライラに、乱麻は不思議そうに首を傾げる。
「アナタねぇ! お姫様抱っこしたまま行くバカがどこに居るっていうのよ!」
「馬鹿とは何だ。他に方法があるなら言ってみろ、未熟者」
「うっさい! 未熟者で悪かったわねぇ!」
そう叫びながら、ライラは船でしてみせたように白銀の杖を召喚した。
──感知が出来ないくせに、何故武器召喚なんて高度な魔法が扱えるんだか……
「契約せし魔の者、出でよ我が僕! レモナ!」




