5.この剣で斬り裂いて
ティエラは意識を集中させ、剣に濃密な闇の力を纏わせた。
するとティエラは再び跳躍し、黒いもやを放つその剣を龍の身体に浴びせた。
──手応えあり!
ライラとレモナの攻撃では傷一つ付かず、まともに通用しなかった。
しかしティエラの一撃は確かに効いている。痛みに唸り声を上げているのがその証拠だ。
「闇属性が弱点よ!」
「とは言っても、僕達の中で闇が扱えるのは──」
龍の身体を足場に飛び、ティエラが甲板に着地した瞬間、もう一撃放たれた黒い衝撃波。
頭上に輝く黄金の煌きが、陽の光に反射する。
「──乱麻殿だけですねぇ」
乱麻が放った闇の衝撃波も、かなりのダメージを与えていた。
しかし龍は乱麻に仕返しと言わんばかりの猛攻を開始した。
長い尻尾を勢い良く振るい、空中でそれをもろに喰らった乱麻は甲板に叩き付けられる。
「乱麻!」
それだけでは終わらない。白い龍が海中に飛び込んだと同時に、まるで竜巻のように天高く昇る渦を巻き起こした。
「あれに呑み込まれてしまえば、船ごと沈められてしまいかねませんな」
「く……っ、そ……!」
──このドラゴンへの対抗手段を持つのは私と乱麻しか居ない。でも、このままではあの渦に呑み込まれるのも時間の問題。
「私にもっと、力があれば……!」
ティエラは闇を振り払うと、また新たに氷の力を剣に纏わせた。
──今はとにかく、あの渦を打ち破るしか方法はないわ!
龍の咆哮が鳴り渡りその強大な魔力に影響されたのか、つい先程まで晴れていた空は陰りを見せ、海は荒れ狂っている。
「やるしか──ない!」
ティエラは船を飛び出し、水の塔と化した龍の渦へと剣を振るった。
魔力を帯びた刃が水を斬りつけると、割かれた水壁が凍り付く。
しかしそれも一瞬で暴れる水に飲み込まれてしまうのだ。
──この程度の魔力では、この水柱は止められない……!
「アンタ、何一人で突っ走ってんだ!!」
その声の主は、乱麻だった。まだ痛む身体に鞭を打って駆け付けたのだ。
そんな乱麻の叫びを聞きながら、ティエラの体は重力に従って海へと落ちていく。
「──っ、乱麻……!」
船から身を乗り出した乱麻の腕が、差し出されたティエラの手を掴もうと伸ばされる。
だが、彼の手は届かなかった。
ティエラは虚しく宙を掻いた手を見上げながら、どぷんと海に呑み込まれてしまった。
「お、お嬢さまがっ!」
「ティエラぁぁぁ!!」
リリシャと身を寄せ合って見守っていたライラが、形振り構わず走り出した。
ライラもあの海に飛び込みティエラを助けだそうと、身体が勝手に動いていたのだ。
「今わたしが──」
「アンタまで助ける余裕は無い! 俺が行く!」
ライラよりも先に飛び降りた乱麻。
「あっ、ちょっと!」
「ライラ殿、ご覧なさいな。白龍のあの動きを」
龍を包み込んだ水柱が、ぐにゃりぐにゃりと暴れ出した。
ほんの数分で天候は一変し、空は鉛色の雲で覆われ、遠くには雷が落ちる様子が見て取れる。
「何かとんでもない大技を出す前兆ではないかと思います」
「そんなこと言ってないで、早くあの二人を助け出さなきゃ!」
「いやいや、これ結構重要な話だと思いますよライラ殿?」
轟く雷鳴のように唸る龍。
水柱はまるで龍が纏う鎧のように、白龍の動きと一体となっている。
「……無事、どこかの海岸に流れ着くことを祈りましょうか」
「ね、姉さん! 諦めちゃダメですよ! 頑張って乗り越えましょう、この苦難を!」
リリシャ達の頭上に影が差した。
その次の瞬間、船は水の槍と呼ぶに相応しい水流に貫かれ、彼女ら諸共、荒れ狂う春海に消えるのだった。




