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王女は死神となりて  作者: 由岐
第5章 因縁の白龍
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1.一陣の風

 薄い雲に覆われた暁の空には、静かに佇む月が隠れている。

 時折、風に流された雲の隙間から覗く青白い光が、後宮に冷たく降り注いでいた。


 ここ嶺禅国の森の奥深くにある後宮には、ダンギク王に見初められ、軟禁された女性達が生活している。

 その一人──ツバキという名の少女には、数多く存在するダンギクの妻の中で唯一与えられた、特別な役割がある。

 柔らかな栗色の髪と、滴る血を連想させる瞳のその少女は、今から1年程前、ティエラが襲われて間も無い頃にここへやって来た。

 ツバキは平凡な町娘だったが、不定期に新たな側室候補を探す臣下に城へと連れて行かれ、そこでダンギクに選ばれたのだった。

 ──早く、行かなくちゃ……

 この時間になると、ダンギクがとある部屋へとやって来る。俯きながら、ツバキもそこへ向かっていた。


「……今日はいつもより少し遅かったね」


 はっとして顔を上げれば、暗い瞳の青年──ダンギクが立っていた。

 空に浮かぶ青白い月のような髪と、闇の中で主張する白い肌こそが、彼であることの何よりの証明だ。


「待ってたよ、ツバキ」

「お、遅くなってしまって、申し訳ありません……」


 明け方前に決まって呼び出される生活に慣れていたつもりだったが、この日は珍しく、普段より支度が遅れてしまっていた。

 ──ああ、どうしよう……わたし、ダンギクさまに捨てられてしまうかも……!

 ツバキが後宮に身を置いてから、この一年間で何人もの女性が姿を消した。彼女達は行方不明になる前に、何かしらの不祥事を起こしたのだと噂されている。

 それが原因でダンギクに捨てられた。ツバキを含め、他の妻達もそう確信していた。


「ご、ごめんない……ごめんなさい……」


 喉から絞り出すか細い声は、恐怖に震えている。

 もしかしたら自分もとある国の姫のように、死神の手で葬られるのかもしれない──そう思うと、ツバキは身体の震えが止められなかった。


「……何を怖がっているの?」


 そう言いながら、ダンギクはツバキを抱き寄せた。

 まるで、心の底から愛する相手にするような、甘く優しい抱擁だった。


「さあ、早く部屋へ入ろう。僕だけに、君の澄んだ声を聴かせておくれ。僕の為だけに、歌っておくれ……」


 ダンギクはツバキの腰に片腕を運び、何の灯りも無い部屋へと引き寄せた。

 ──怒って……ないの? わたし、まだここにいられるの?


「僕のツバキ……僕の愛しい女の子……僕だけのモノ……」

「……はい、ダンギクさま」


 暗闇へと飲み込まれるのと同時に、深く甘美な安堵がツバキの心を満たしていった。



 すっかり陽が昇った頃、ティエラ達は南の港へと到着した。

 イリータ街から街道を南下したこの港には、彼女達の到着を待つ船が待機している。ロディオスが用意してくれたものだ。


「港は人が多いですから、あまり目立たぬようお願い致します」

「あんまりアナタの名前を呼ばないようにしないと……」

「少し不便だけれど、そうしなければ仕方がないものね」


 活気のある港を進み、双子の姉マリシャの先導で桜樹国行きの船へと向かう。

 通り抜けた市場は、新鮮な魚を買い求める人々や、これから海を渡るであろうギルド、魔物ハンターと思しき人物で賑わっていた。

 これだけの人が居るとなると、ティエラの顔を知る者が一人は居てもおかしくはない。以前描かれた肖像画のせいで、ティエラの美貌が王国全土に知れ渡ってしまったからだ。

 海風にフードが飛ばされてしまわぬよう注意しながら、ティエラ達は桟橋へとやって来た。


「確かここでしたよね? 護衛をお任せしているギルドのみなさんとの待ち合わせ場所……」


 この時期の春海に棲む魔物は、沖の方へ行くにつれて、行きかう船を襲う程凶暴化している。

 その為、船を出そうと思ったら、船員の他に護衛としてギルドやハンターを雇わなければ危険なのだ。ティエラ達の船にも、護衛としてギルドが同行する。


「もしや、皆さんが今回の依頼人さんですかな?」


 先に船で待っていたらしい人物が降りて来た。

 それは白い髪の美青年で、とても落ち着いた印象を受ける。


「えっと、〈一陣の風〉の方でよろしいでしょうか?」

「ええ、その通りでございます。僕の名はレイ。今回の任務にて、皆さんの護衛を務めさせていただきます。これからしばらく、宜しくお願いしますね」


 ──〈一陣の風〉といえば、あの日の夜、私達が向かおうとしていたギルドだったわね。

 端整な顔立ちに、人当たりの良い笑みを浮かべるレイ。

 ──彼が本当に〈一陣の風〉のメンバーだというのなら、彼は相当な実力を持っていると見て良いのかしら……?

 ティエラが知る限り、自分より強いと認めた者は師匠のアビラと兄のロディオス──そして、あの夜敗れた死神のみ。彼女と同等の実力者となると、フェリヴィアぐらいのものだ。


 〈一陣の風〉をはじめとする戦闘系ギルドは、国の為に剣を捧げ、今や戦争に駆り出されるばかりの騎士とは異なり、一般人の護衛や魔物の討伐を主に行う。

 それらは騎士でも任務で行うことはあるが、ギルドは国という枠に囚われない。つまり彼らは、国境なき戦士と言えるだろう。

 そんな戦闘系ギルドの一つとして名を馳せる〈一陣の風〉には、レイが言うには子供が所属しているというらしい。

 子供とはいっても、その辺の新人冒険者が束になっても勝てない程の実力を備えているとか。

 そんな話は全く知らず、ティエラは内心驚いていた。


「レイさんですね! こちらこそ宜しくお願いいたしますー! わたしはメイドのリリシャと申しますっ」

「同じく、お嬢様のお世話をさせていただいているマリシャと申します」

「お、お嬢様……」


 名前を伏せる為とはいえ、慣れない呼び方に違和感を感じるティエラ。


「わたしはライラよ。で、この子がライムちゃん! フリーの魔物ハンターをやってたんだけど、色々あって今はこの子たちと一緒に居るの。どう? ライムちゃんの今日のこのツヤツヤ加減、最高だと思わない!?」


 話が通じそうだと思ったのか、ライラはレイの目の前にライムを突き出した。


「ライラ殿のように魔物を操る人物が居るのは存じておりますが、僕達からすると魔物は討伐対象という認識しか出来ませんなぁ。いやぁ、本当に申し訳ない」

「そ、そんなぁ……!」


 悲しみに暮れるライラは、「先に船に乗ってるから……」と言って、ライムを抱き締めながらとぼとぼと歩いて行ってしまった。


「ええと……最後は私ね。訳あって名を名乗れないのだけれど、あなた達の評判はよく耳にしているわ。危険な船旅となるでしょうが、護衛を引き受けてもらえて感謝しています」

「いえいえ。ではそろそろ参りましょうか。まだもう一人ご紹介したい者が居りますので、どうぞ船の方へ」



 

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