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王女は死神となりて  作者: 由岐
第4章 桜の国への誘い
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3.共に生きていたいから

 攻撃魔法、召喚魔法、回復魔法。これら以外にも、この世のあらゆる魔法を使う際には、術者が杖を持っていた方が魔力は安定する。

 特に酷い怪我の場合、回復魔法は長時間魔法を発動して治療する為、よほどの天才でもない限り杖は必須とされている。

 ネリアも勿論、自分の杖を持っていた。

 彼女が構えた長い杖の先端には、六本の銀色の爪で支えられた水色の魔石が輝いている。

 正しい発音で詠唱すると、優しい光が溢れ始めた。魔石によってネリアの魔力が増幅され、安定した治癒の力がフェリヴィアの身体を癒していく。


「……あの時、フェリヴィア副団長の励ましのお言葉が無ければ、その後自分がどうしていたかもわかりません」

「そんなことがあったのね」


 ネリアは、すぐ近くの壁に立て掛けてあった白い杖を手に取った。


「この杖は、副団長から入団祝いの品として戴いたものです。これに使用された氷の魔石、実は副団長のものだったんですよ。あの戦場での出来事から、しばらく後になって知りましたが」


 元々ネリアの得意属性は光だった。

 回復魔法の使い手には、光、地、水、風属性の魔法を得意とする者が多い。これら全ての属性に適性があれば、より難度の高い魔法を使いこなすことが出来るのだ。

 ネリアのように一つの属性のみを扱うヒーラーは、他の属性を持った装備品を揃えることで、更なる力を得る。


「このローズスタッフに込められた魔力によって、私の内に眠る力が呼び起こされたようなのです。今では光と水属性の魔法が扱えるようになり、より騎士団の為に貢献出来るようになりました」


 幾つもの属性を操る者は、それらを組み合わせた特別な術を発動出来る。

 例えば、水と氷の属性を持っていれば、まずは水で相手を窒息させて、抵抗出来なくなったところで凍り付かせる。そうすることで、氷の中から割って出て来るのを防ぎ、確実に相手の息の根を止められるのだ。


「……あの時、思ったのです。私がただのヒーラーではなく、戦場を駆けられる治癒騎士だったら──あんなに危険な状態になる前に、副団長を治すことが出来ました。それだけではありません。治癒騎士がもっと増えれば、戦場で命を落とす者を減らせるのではないか……そう思うようになりました」


 戦女神の最期を思わせるようなその姿は、騎士となった今もネリアの脳裏に色濃く焼き付いている。

 それほどまでに、あの一件はネリアにとって強烈な経験だったのだ。


「だからあたしは、ネリアに騎士としての実力をつけてあげたかったのよ」


 自然な流れで会話に入って来たのは、何とフェリヴィアだった。

 ネリアは一瞬目を見開き、すぐに騎士の礼をとった。


「まだ最前線で戦える程ではないけれど、ネリアが戦場に立つようになってからは戦死者が随分減ったの。これで、貴女がもっと強い子になってくれればね……」

「も、申し訳ございません……! フェリヴィア副団長のご期待に添えるよう、より一層鍛錬に励みます!」


 直角に背を折り曲げて頭を垂れるネリア。すると、続いてティエラにも深々と礼をし、


「ティエラ様の連日のご指導を、この身に隅々まで叩き込んで参ります! そしていつの日か、また稽古のお相手をお願い致します!」


 顔を上げた彼女は、意志の強い瞳を宿していた。

 ──私も昔は、彼女のような瞳をしていたのでしょうね……

 ただ純粋に、剣の強さを追い求めていた。いつか、兄に追い付く日を夢見ていた。

 ──それが今では、己の復讐を為すために剣を振るおうとしている。きっと、後悔はしないわ。けれど……


「あなたが持っている輝きは、もう私の手には届かない場所にある……」


 ──あの夜に、私はそれを失ってしまったのだから。


「ティエラ様? 今何か……」

「いえ、何でもないわ。ただの独り言よ。頑張ってちょうだい、ネリア」

「は、はい!」


 ティエラの言葉に、ネリアは張り切った様子で二人の下から去っていった。

 その背中を見送ると、フェリヴィアが声を抑えて言った。


「ティエラ、ちょっと時間はあるかしら? 例の件で、貴女に話があるのよ」

「ええ、今なら大丈夫よ。場所を変えた方が良さそうね」

「そうしましょ。ロディオス様の所へ行きましょうか」


 腰まで伸びたふんわりとした金髪を靡かせ、フェリヴィアは自然な流れでティエラの右手を取って、にこにこと歩き出した。

 それからロディオスの執務室へと入ると、そこには目に涙を溜めに溜めた少女と、珍しく優しい笑みで出迎える少女が立っていた。

 見慣れた黒のメイド服に、白のフリル付きエプロン。そして、柔らかな茶色の髪の双子の少女。


「貴女様がご無事で……本当に、嬉しく思います」

「うっ、ううぅ……! ティエラさまぁぁっ!!」


 遂に零れ落ちた涙を気にもせず、リリシャが胸に飛び込んで来る。


「生きててっ……よかったですぅ……!」

「こんなに心配させてしまったのね……。ごめんなさいリリシャ、マリシャ」

「ううぅ~……」


 硬く冷たい鎧に包まれた身体を、ぎゅっと抱き締めるリリシャ。

 その力強さと小さな唇から漏れる嗚咽が、ティエラの心を痛ませた。


「こんなにも心配してくれる子達が居るなんて、ティエラは幸せ者ね」

「ああ。ティエラは昔から、周りの者に愛される姫だからな」


 部屋の奥では、ロディオスとライラが再会を喜び合う三人の幼馴染み達を見守っていた。

 未だ泣き止む様子のないリリシャは、幼い子供が母親に甘えるようにべったりと引っ付いている。

 ──あなたが泣き虫なところは、いつまで経っても変わらないわね。

 リリシャの頭を緩やかな手付きで何度も撫で、困ったような、それでいて嬉しそうに口角を持ち上げるティエラ。

 子供の頃にもこんな事があったな、と懐かしさを感じていると、背後のフェリヴィアがティエラを(たしな)めた。


「その子達に、もっとちゃんと伝えなければいけない言葉があるんじゃないかしら?」


 ティエラは少し考えて、その意味を理解した。

 嬉しさと気恥ずかしさを併せ持った、胸がくすぐったくなるような気持ちを、ティエラは素直に口にする。


「……ただいま」


 とても短い言葉に込められた、溢れ出る感謝の気持ち。

 その一言だけで、温かな雰囲気がこの場に満ち溢れていくようだった。



 

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