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王女は死神となりて  作者: 由岐
第3章 氷結の薔薇と烈火の琥珀
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2.氷結の薔薇は愛に解ける

 【氷結の薔薇】の二つ名を持つ、紅薔薇騎士団の女騎士フェリヴィア。

 彼女は類稀なる氷魔法の才能を持ち、白馬に跨り戦場を駆け抜け次々と敵を葬り去る。

 彼女はまるで荒れ狂うブリザードのようだ、と恐れられると同時に、讃えられていた。

 数々の戦功を立てた【氷結の薔薇】は、若くしてレデュエータ王国第一王子ロディオスの下、紅薔薇騎士団初の女性副騎士団長に任命された。


 そんな彼女には、己の祖国と主君に並ぶ大きな愛を捧げる者が居た。

 【紫水晶の姫君】、【戦場の桔梗(ききょう)姫】、【白狼姫(はくろうき)】──様々な名で呼ばれる姫騎士ティエラである。

 主であるロディオスに剣を捧げた身であるフェリヴィアは、その身体と心だけは妹のように愛して止まないティエラの為に使おうと、密かに決意していた。

 もしも騎士団を持つロディオス、そして愛するティエラが同時に危機に陥ったとしたら? 誰かにそう問われたら、迷わず「ロディオス殿下を護る」と即答出来ない。それでは騎士失格である。

 だからこそ、そんな事態を決して引き起こさないよう、彼女は己の肉体と精神を磨き日々生きてきた。


 そんなある日、フェリヴィアに届けられたティエラの訃報が、彼女の心を凍らせた。

 ティエラに出会ってから、フェリヴィアにとって、ティエラの存在そのものが世界の全てと言っても過言ではなかった。

 愛する彼女と国を護ることを生き甲斐としていた【氷結の薔薇】の心は、その日を境に永久凍土に閉ざされたのだ。


 冷血な女騎士として戦場に立ち、数多くの敵を葬った。どれだけ命を奪っても、凍てついた心は傷付くことを知らない。

 宿舎に戻れば、氷の表情に無理矢理慈愛の女神の仮面を被せて振舞った。

 この世で最も愛する者を失った悲しみは、日々彼女の心に降り積もっていく。フェリヴィアの人生から、暖かな太陽のような少女の存在がすっぽりと消えた。

 それは最早、彼女が生きる意味の大部分を失ったことを意味していた。


 フェリヴィアとティエラの仲睦まじい姿を知っている者達は、きっと彼女がティエラの後を追って自害するに違いないと警戒した。

 しかし、それはいつまで経っても実行に移されることはなかった。

 何故なら三年前、フェリヴィアはティエラとこんな約束を交わしていたからだった。


『もしも私が、あなたより先にこの世を去ってしまったら……。その時は、お願いだから私の後を追うような真似はしないでちょうだい』

『そんなっ……! あたしは、ティエラが居ない世界で生きていられる自信が無いわ! ねぇ……そんな酷いことを言わないで、ティエラ……

? そんな生き地獄、耐えられない……』

『それだけ私を大切に思ってくれているのよね。……嬉しいけれど、貴女のその剣はお兄様に捧げたものよ。フェリヴィア、あなたにはこの国の騎士として、お兄様をお守りする使命がある。それを忘れてはいけないわ』

『意地悪なこと、言わないで……!』

『あなたを困らせたくて言っているわけじゃないの。本当よ。あなたにとって私が大切であるように、私にはあなたもお兄様も大切な存在なの。だからこそ、自ら命を絶つような道だけは選ばないで。私は……私のせいで大切な人を失いたくないの……』

『ああっ、そんな顔をしないでティエラ……! あたしだってティエラが大切よ。大切すぎて、おかしくなってしまいそう……! 貴女があたしに「生きろ」と言うのなら、例え氷河の中で一人眠り続けるような孤独にだって耐えてみせるわ! 貴女が愛するもの……その全てを護りきってみせるから……!!』


 この約束があったからこそ、フェリヴィアは何とか生き永らえてきたのだ。

 今日この場所で、奇跡の再開を果たしたその瞬間まで──


「ネリア以外は下がりなさい。これからティエラを連れてロディオス様の執務室にお邪魔するから、その間にこの子の為に出来る限りのもてなしを準備なさい。……色々あって疲れたでしょう? 今夜はここでゆっくりお休みなさいな、ティエラ」


 ネリアと呼ばれた女騎士だけが残され、他の部下達はすっかり怯えた様子でフェリヴィアの指示に従った。

 ──男性の扱い方は相変わらずのようね……

 フェリヴィアは男性に冷たく、女性や子供には優しく、そしてティエラにだけはこの世で最上級に甘く接する節がある。

 嫌でも気付くフェリヴィア特有の序列に、ティエラとネリアは苦笑した。


「さぁて、お邪魔虫は追っ払ったわね。早速ロディオス様に会いに行きましょ? ティエラが帰って来たと知ったら、きっと目が飛び出すくらい驚かれるに違いないわ」

「そ、そうかもしれないわね」


 ついさっき、凍てついた声色で部下達に接していた時と大違いの上機嫌さで、フェリヴィアはティエラに擦り寄った。

 恋人同士のように指を絡めて手を握り、頬をほんのり薔薇色に染め恍惚とした表情を浮かべている。

 少しも変わらないフェリヴィアの振る舞いが、ティエラに懐かしさと安心感──そしてまだ独り身を貫いているのだろうという絶対的な確信──を与えてくれた。

 小部屋を出て、擦れ違う騎士達から様々な感情が混ざった視線を集めながら、姉妹のような二人の後ろを歩くネリア。

 ティエラより少し年の離れた彼女も、何とも言えない表情を浮かべながら小さく息を吐いた。

 ──これで一気に紅薔薇騎士団に私の顔が知られることでしょうね……

 頭一つ分上にあるフェリヴィアを見上げれば、慈愛の笑みで見つめ返してくる。

 ──だけど……こうしてフェリヴィアとまた会えて、本当に良かった。

 ティエラも花のような微笑みを返し、生きている喜びを噛み締めた。



 

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