1.紅薔薇騎士団
門の前には二十歳前後の騎士が二人。それぞれ腰に剣を差し、近付いてくるティエラに警戒していた。
しかし臆することなく、ティエラは二人の前へと出た。
「ここは紅薔薇騎士団の寄宿舎です。何用でしょうか」
ティエラの纏う鎧や、腰の剣を見て判断したのだろう。騎士は彼女を王都からの使者か何かの類だと推測しているらしい。
──私が誰なのかわからないみたいね。
もう日が落ちてきたせいか、ティエラの顔がはっきりと見えていないようだ。
──まあ、私をよく知る人物を呼べば済む話だわ。
この騎士達が目の前の少女がティエラ王女なのだと気付いていれば、もっと簡単に事が運んだかもしれない。
しかし、どうやら世間にはティエラが死んでいると認識されている。ここで下手に正体を明かすより、まずは話の通じる相手を連れて来てもらう方が良いだろう。
「紅薔薇騎士団への入団を希望する者です。私は幼い頃より、師の下で剣術の稽古を積んで参りました。敵国との戦いに身を投じるべく、愛する祖国の為に騎士団への入団を強く希望しております。試験監督殿はおられますでしょうか?」
数年間を白狼騎士団の宿舎で過ごしてきたティエラは、こうした入団希望者が時折訪ねてくることを知っていた。
気が向いた時に何度か入団試験の様子を見学したこともあり、貴族の次男坊や三男坊、腕の立つ農民など、身分に関係無く騎士となる者達を見てきた。
今のティエラのように、突然試験の申し込みをしに来るような場合でも、持ち物検査等を済ませれば宿舎に通してもらえるのだ。
「入団希望の方でしたか。少々お待ちを」
門番の一人が宿舎に入っていった。
通常ならこの場でボディチェックを済ませるが、女性の検査を男性がするわけにもいかない。
すぐに若い女騎士がやって来てティエラの持ち物を確認し、一時的に剣を預けることになった。
そのまま女騎士に宿舎へと通される。
二階の通路の奥にある小部屋で待つように言われ、ティエラはここに来るであろう顔見知りの騎士の到着を待った。
「入るわよ」
部下数人を引き連れ入室してきたのは、豊かな金髪を靡かせた柔和な印象の女性だった。
すらりとした身体は紅薔薇騎士団の鎧に包み込まれ、女性の象徴たる胸部は大きな曲線を描いている。
長い睫毛と紫の瞳、そして艶やかに熟れた唇。
戦場を駆ける騎士だとはとても思えない程に、彼女の美貌は血煙に塗れた世界との縁を感じさせない。それなのに、この女性は剣を取ることを選んだのだ。
──私と同じ女騎士、フェリヴィア副騎士団長……
「入団希望の女の子が来たと聞いたけど、うちの入団テストは厳しいわ、よ……?」
笑顔を浮かべていたフェリヴィアは、ティエラの顔を見るなり表情を失った。
アビラほどではないが、フェリヴィアとも長い付き合いだ。ここ二年ほど疎遠になっていたが、顔を忘れることはないはずだ。
その証拠にフェリヴィアの眉は徐々に情けなく下がっていき、両手で口元を覆っていた。
そんな彼女の反応を見て、ティエラは申し訳なく思いながら、笑みを浮かべる。
「フェリヴィア……」
「あ……ああっ……! ほ、本当に貴女なの? だってあたし、貴女の棺に花を手向けて……!」
彼女の言葉を聞いて、ティエラの笑みは苦笑に変わった。
──私の葬儀まで済んだ後なのね……
「私は生きているわ。この通りよ」
実の妹のように可愛がってくれたフェリヴィア。
ティエラが稽古で怪我をした時には、傷が残らないようにと貴重な傷薬を用意してくれた。
フェリヴィア手製の料理を持って、ロディオスとアビラも一緒に湖まで馬を走らせたことも、ティエラにとって大切な思い出だった。
彼女が紅薔薇騎士団の副騎士団長となってから、一気に仕事量が増えた。手紙のやり取りや式典で見掛けることはあれど、昔のように過ごすのは難しくなっていたのだ。
死神に襲われた夜から一年経ったという話が本当なら、もうかれこれ三年はまともに顔を合わせていなかったことになる。
一歩ずつ歩み寄り、フェリヴィアはティエラの存在を確かめるように、そっと少女の頬に触れた。
「ほら、おばけなんかじゃないでょう?」
「本当に……貴女なのね、ティエラっ……!」
つうっと流れたフェリヴィアの涙が、彼女の白い頬を濡らす。
「ええ、本当よフェリヴィア。私はこうして、今あなたの目の前に居るんだもの」
「ああ、ティエラっ……!」
フェリヴィアに抱き寄せられ、呼吸をすれば彼女の香りに満たされる。
強く抱き締める腕の中で、ティエラも静かに抱き締め返した。
「ティエラ、姫様……?」
「何故ティエラ王女がここに……!?」
二人の会話から察した部下達が騒ついた。
名残惜しそうにティエラを解放すると、フェリヴィアは部下達に振り返った。
「……あの日、あたし達は確かにティエラの葬儀に参列したわ。そして、最期までそれを見届けた」
もう一度ティエラに視線を向け、涙を拭うフェリヴィア。
「だけどこの子は還って来た! きっと神様がこの子に祝福を授けたのよ……! まだ死してはならない存在なのだと、ティエラをこの世に導いて下さったに違いないわ!」
「そのような事が、本当にあるのでしょうか……?」
「この者が、亡き姫君の名を騙る魔の者だという恐れもありますが……」
「このあたしがっ! 本物のティエラと偽物のティエラとを見間違えるとでも思ってるの!?」
鬼の形相で叫んだフェリヴィアは、再びティエラを胸に抱き寄せた。
部下達はビクリと肩を震わせ、次の言葉を待った。
「ああ、しばらく見ないうちにまた一段と綺麗になって……! それでも貴女の愛らしさは昔とこれっぽっちも変わっていないわ。ああ……吸い寄せられるような唇に、ピンクダイヤモンドのような煌めく瞳……! こんなに可愛くて儚い、美の女神にこれでもかと愛された女の子をティエラ以外に知らないわ! ……それでも貴方達はあたしの目と溢れんばかりのティエラへの愛を疑うのかしら?」
「い、いえ……! そんな、とんでもありません……!」
「あらぬ疑念を抱き、申し開きもございません……」
真っ青になって深々と頭を下げる部下達。
それを絶対零度の目で見ながら、フェリヴィアは……
「あまりあたしを嘗めないことね。今度あたしの大切なティエラに無礼を働いた時は……覚悟なさい」
「しかと、肝に銘じます……!」
どんな魔物よりも恐ろしい、圧倒的な恐怖の念を部下達に植え付けたのだった。




