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王女は死神となりて  作者: 由岐
プロローグ
1/45

忍び寄る脅威

 剣を持った一人の少女と、貫禄のある男が戦っていた。

 それを見守るのは、男とよく似た鎧を身に纏った男達だ。

 少女の顔には疲労の色が見えている一方、男にはそんな様子がまるで見られない。朝方から始まったこの戦いは、もう太陽が真上に昇る時間帯まで続いているというのにだ。

 数メートル離れた位置で剣を握り、乱れた呼吸を整える少女。

 男はそんな少女を見兼ねて言った。


「──そろそろ休憩にしないか? 姫様」

「……そうね。また後で稽古の続きをお願いするわ」


 姫様と呼ばれた少女──レデュエータ王国第一王女のティエラは、王都の警備や要人の警護を主とする白狼(はくろう)騎士団の寄宿舎で生活している。

 この戦い──ティエラの稽古の相手をしていたのは、彼女に剣を教えたアビラ騎士団長だ。

 そんな二人の手合わせは、騎士たちにとって貴重な見学の機会となっていて、気がつけば修練場には多くの見物人が集まることが恒例となっていた。


「流石だなぁ姫様。もうちっと上手く立ち回れるようになれば、すぐにでもロディにも追いつけるようになるだろうよ」


 男らしい豪快さが際立つ表情に、愛弟子の一人へ微笑と共にそう言ったアビラ。

 しかし、彼女はそんな師匠からの称賛の言葉をすぐさま否定した。


「いいえ。私が強くなればなるほど、お兄様は更に上を目指そうと先へ進んでいく……。今までずっとそうだったのよ。そう簡単に追い抜ける人じゃないわ」


 二人は剣を収め、互いに一礼した。ティエラの表情には、兄に追い付けないことへの諦めの色が浮かんでいた。

 アビラはティエラの肩を軽く叩き、無言で励ました。それでも、ティエラの心の雲を晴らすことは出来なかった。

 屋外の修練場を出て、すれ違う騎士達に軽く挨拶をしながら、人気の少ない小さな庭へと向かう。


「私とお兄様は、ほぼ同時期にアビラから剣術を習い始めた。それなのに私達には明らかな実力差があるわ。勿論性別の違いもあるのだろうけれど、お兄様には間違いなく才能がある。たったの十年で、アビラと互角に剣を交えるまでになってしまったのだもの」


 この庭の花壇は、男だらけの白狼騎士団の生活を支える、気立ての良い女中達によって手入れがされている。

 稽古の途中にこうして休憩を挟む時、ティエラは決まって花壇の花を愛でに行く。季節毎に様々な花を咲かせるこの庭は、幼い頃からティエラの心の癒しとなっていた。


「ティエラはそう言うかもしれんが、それは贅沢な悩みだぞ?」


 ティエラの隣に並び、花壇を前にしゃがみ込むアビラ。

 そんなアビラを横目で見る。


「贅沢?」

「ああ。俺の愛弟子である姫様と王子様は、ぶっちゃけた話、この白狼騎士団は勿論、城の騎士達の誰よりも強い……と、俺は思ってる!」


 まあ、この俺を除いてだけどな! と、アビラは笑いながら言った。


「ただ、そんな愛弟子にもそれぞれ特徴がある。ロディの剣は、荒波のような激しさと、尖りに尖った氷柱のような鋭さと繊細さ……その両方を兼ね備えている」

「……ええ」

「そしてティエラの剣には、ロディのような力強さは無いが、一瞬の隙を突く突風のような素早さと、水のように相手の攻撃を受け流す技がある。せっかくの流水が荒波の迫力に飲み込まれちまってんだ。だからあと一歩のところで、いっつもロディに押し返されんだよなぁ」

「私の剣が、お兄様の迫力に飲まれている……?」

「そうだ。いざとなると変にプレッシャーを感じすぎて、いつも駄目になっちまうんだよ」


 アビラの指摘に、ティエラはハッとした。

 兄の重く鋭い剣を受け止める度、それがそのままプレッシャーとなってティエラを追い詰めていく。

 自分には到達出来ない領域。手に入れることが出来ない力。圧倒的な自信と気迫。それを感じると、いつも実力の半分も出せずに終わってしまうのだ。

 ──いつまで経っても追い付けないことへの諦めと、いざ対峙した時のプレッシャー。それが私の弱点……


「まあ、お前も近いうちにどこかの国のお偉いさんに嫁ぐんだ。それまでに、どうにかロディから一本取っておきたいもんだな」


 アビラの口から飛び出した発言に、ティエラは心の底から不快感を吐き出した。


「もう、嫌なことを思い出させないで!」

「おおっと、すまんすまん! これは禁句だったな。だがそれは事実だろ?」

「……出来ることなら、自分が心から愛せる人と結ばれたいけれどね。レデュエータの姫として生きるからには、国のために剣を取り、国のためになる結婚をする。それこそが、私がなすべきこと。……そう割り切るしかないのよ」

「ティエラ……」


 ティエラは深く息を吐くと、アビラに向き直った。


「さあ、稽古に戻りましょう」


 麗しい姫騎士の言葉を合図に、彼女の剣の師は小さく口元を綻ばせながら立ち上がる。


「仰せの通りに、ティエラ姫」



 王都に『死神』が現れた。

 その噂は、瞬く間に王都中に広まった。


「それは本当なの?」

「はい。今日の未明、大きな鎌を背負った男が目撃されたようで……」


 再開された稽古の最中、一人の騎士からもたらされたその報告に、少女の表情は強張った。

 ──まさかマリシャ達の話は本当だったのかしら……

 仲の良い双子の姉妹の顔を思い出しながら、剣を握る手にギリリと力が入る。


「……今すぐマリシャとリリシャを私の部屋に呼びなさい」

「はっ!」

「午後の稽古はここまでとする! 各自、速やかに通常任務に戻りなさい!」


 男たちはすぐさま少女の命令に従った。

 その後ろ姿を見て、アビラは苦笑を浮かべた。


「噂をすれば……ってやつか?」

「……アビラも後で部屋に来て。警備関連について相談しましょう」

「わかった。また後でな」


 すぐに彼女も刃を鞘に収め、真剣な面持ちで私室へと向かった。


「ティエラさま!」


 私室への扉の前で、例の双子がティエラを待っていた。

 ティエラはすぐに二人を部屋に招き入れ、椅子に腰掛けた。

 双子達は、テーブルを挟んだ向かい側で、ティエラの顔色が悪くなっているのに気が付いた。


「急な呼び出しをしてしまってごめんなさい。だけど、事は急を要するわ」

「承知しております。本来ならわたしたちがあの噂を現地で確かめるべきでした」

「その上で早めに何らかの手を打っておけば、ティエラさまを危険にさらすようなことにはなりませんでした……」

「申し訳ございません」


 生真面目な姉のマリシャが頭を下げると、それに続いて深々と頭を下げるおっとりした妹のリリシャ。

 幼い頃からの付き合いだからこそ、双子はわずかに顔に出たティエラの不安と焦りを感じ取り、自分たちの詰めの甘さと弱さを痛いほど思い知った。

 顔を上げない姉妹を見て、ティエラも己が下した決断がマリシャたちの心を苦しめているのだと思うと、胸が痛んだ。

 ──でも、こうするしかなかった。


「顔を上げてちょうだい。今回のことは、私が決めてしまったんだもの。だからこそ、最悪の結末を迎える前に、死神を迎え討つ準備を済ませたいの」


 ──臣下や国民を蔑ろにし、女性を物のように扱う男のもとへなんて、誰が嫁いでやるものか!


 早速ティエラは双子に指示を出した。

 未明に目撃された男が本物の死神だとしたら、それはきっとここの下見にでも来たに違いない。

 そう予想したティエラは、自分に縁談を持ちかけて来た男のことを思い返した。


 ティエラはハヴィダット大陸最大の領土を持つ、レデュエータ王国の第一王女だ。

 王女でありながら、剣の腕に秀でた素晴らしい才能を持ち、有事の際には兄である第一王子ロディオスと共に戦場に立った経験もある。

 ティエラは自分が持つ騎士団を訓練させたり、騎士を連れて王都の見回りにも出ている。

 そんな彼女は兄や王、そして王妃が暮らす城ではなく、騎士団の宿舎があるこの場所で生活していた。

 住み込みで働く女中を除けば、ティエラはここで暮らすただ一人の女騎士だ。

 だからこそ彼女は国民から姫騎士と呼ばれ親しまれ、兄と共に国の未来を担う若き王族として期待されていた。


 そんな彼女のもとに縁談が舞い込んで来たのは、一ヶ月前のことだった。

 十六の誕生日を迎えた記念にと、王が画家を呼んでティエラの絵を描かせた。

 母親譲りの滑らかな古代紫の長髪を、細やかな細工が施された白い花の髪飾りで彩り、若草色のリボンで一纏めにする。

 普段は全くしない化粧を城のメイドに任せれば、ティエラが持つ美しさはより一層際立った。派手過ぎず、素材の良さを生かした仕上がりだった。

 レグホーンの優しいクリーム色をした、フリルをたっぷりと使った豪奢なドレスを身に纏う。

 すると、誰もがその気品と美しさに平伏してしまいそうな完璧な王女が出来上がる。

 画家が描いた絵は大きく、城だけでなく、各騎士団の宿舎やギルドホールにも飾られる。

 その為、何枚もの巨大な絵を描き終えるまで、ティエラは絵のモデルを務めることになった。


 完成した絵は、これでもかというほど緻密に描かれていて、それを見たティエラ本人も、そのモデルは本当に自分なのかと疑いたくなるほどの出来の良さに皆驚いた。

 すぐ各所にティエラの絵が飾られ、貴族やギルドの有力者達からの絶賛の声と、祝いの品が届けられた。

 唯一庶民の目に触れる場所に飾られたギルドホールには、ギルドに所属していない一般人が押し寄せたという。


 数日もすると、その絵を真似た肖像画や、ドレスや髪型を変えたティエラの絵が市場で出回るようになった。

 そして、それらレプリカ絵の中の一枚がある男の手に渡った。

 その男こそが、ティエラに縁談を持ちかけた相手──嶺禅国(れいぜんのくに)の王ダンギクであり、ティエラの不安と焦りの原因を差し向けたであろう張本人だった。


 嶺禅国は春海(しゅんかい)を越えた先にある、ヤマト大陸最大の国家だ。

 何人もの女性を妻として迎え入れ、飽きれば捨て、気に入らなければ殺しているという情報を双子が入手した。

 そこから更に探りを入れようとしたものの、今の時期の春海は海に棲む魔物が活発化していて、乗組員の命に危険が伴う。

 陸から向かおうにも、嶺禅国へ行ったとしても、返事の書簡を出す期限までに戻れない。

 確定した情報ではないが、他にもダンギクの良くない噂は多かった。

 例えば、気に入った娘が結婚を拒めば、ダンギクは報復として死神に殺しを依頼している……とか。

 そんな悪い話しか聞かない男の妻になどなりたくない、とティエラは断りの手紙を送った。

 そもそも死神が実在しているかどうかも不確かではあるが、現にヤマト大陸やそちら側に近いハヴィダット大陸の国では、傷一つ無い遺体が発見されているらしい。

 そんな中、この国で死神らしき人影を見たという目撃情報は今回が初めてだった。

 ダンギクが死神を雇って若い娘を殺しているという噂と、その目撃情報。そして、王の縁談を断った事実。

 早ければ今夜、遅くとも数日中に死神がティエラを襲うだろう。

 ──私はただの小娘じゃない。この国で一番の女剣士……姫騎士なのよ。


「魔物か幽霊か悪魔の類だか知らないけれど、この私は大人しく殺されるような器ではないわ!」


 立ち上がり、瞬時に空気を横薙ぎに切り裂くティエラ。


「レデュエータ王国第一王女、このティエラが! 卑怯者に雇われた死神など、この剣で返り討ちにしてくれる!」



 

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