決意
……声がする……。
この声は……
「う、うう……ん……けほっ、けほっ……」
うっすらと戻ってくる視界に映るのは、用務員だけ。私を抱きかかえているようだ。
助けて……くれたのか……?
「……ツ……ツィレードは……どこだ……?」
体を起こそうとするが力が入らない。
辺りは磯だ。どうやらまともに打ち付けたらしい。
少し力を入れるだけでも、激痛が走る。
それでも、顔を動かし、ツィレードを探していると、おかしなことに気付いた。
水かさが増している。磯の岩の上の筈なのに、関係なく水が渦を巻きながら用務員の足に巻きついていく。
その渦に飲み込まれるように、用務員の体はどんどん沈んでいく。私の体が飲み込まれるより早く、用務員は私を抱きかかえた。
しかし、これは……一体……?
『これはボルテクスアビス。はまればニ度と抜け出せん』
突如、眼前にツィレードが現れる。
これは奴の術か……しかし、私に破る力は……。
だが、用務員まで死ぬことはないんだ。
「は、放せ……このままじゃお前も……」
だけど、用務員は放さない。
『少々追い詰めれば、潜在能力を開放するかとも思ったが……所詮この程度か……。深海の藻屑となるがいい』
ツィレードはそう言い残し、消える。
「貴様っ、待てっ!」
奴は消えたが、技はもちろん縛鎖空間も消えない。
「……くそっ、こんなところで……死ぬのか……」
仇の手がかりを目の前にして……こんな……
「……お前、体は動くか?」
「……すまん……まだ、力が入らない……」
討練師は常人より回復力が優れているとはいえ、それでも動けるまでにはまだしばらくかかる。
ボルテクスアビスを抜け出すのには間に合うまい。それに、万全であろうと勝虎の技を破れるとも思えない。
もはや……
「やっぱ、そうだよな……」
用務員が天を仰ぎ、ぽつりと呟いた。
どうしたというのだ……?
「よく聞け……今から脱出させてやる」
「……出来るのか?」
ツィレードの技を破るなど……十二聖剣でも出来るかどうか……。
用務員は上半身を捻り、投手のように構える。
「じゃあな。六角、元気でやれよ」
そして、にこやかに笑った。
「な、それはどういう意味……」
「うおおおおおおおおおっ!」
用務員は思い切り私を投げ飛ばした。
「あっ……」
私は砂浜の上に落ちる。
しかし、これでは私が助かっても……
「お、お前……なんで……こんな事……」
「体が動くようになったら縛鎖空間を破って綺堂のところに行け」
「何を言って……このままじゃ……」
用務員の体は徐々に沈んでいく。もう胸まで渦に囚われている。
「綺堂は放力が使えるはずだ。あいつといれば、これからの困難もきっと乗り越えられる」
「そんな事今はどうでもいいっ! 私のせいで……お前は……」
涙が溢れてくる。
綺堂? 放力? それどころじゃないだろう!
私を見捨ててさっさと逃げていればこんなことにはならなかったんだ……!
「気にすんな。こうなったのも俺が事態を引っ掻き回したせいだ。だからお前が気にする事じゃない」
話すうちにも、用務員は首の部分まで沈んでしまった。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
嫌だ!
今更、
今更私を独りにしないでくれ!
「行くな! 頼むからっ! もう大切な人を失いたくないんだ……」
「嬉しいねぇ……。悪いが俺はここまでだ。その分他の奴と仲良くするといい……」
渦に口まで囚われて……。
行かないで! 行かないで!
「用務いぃーーーーーーんっ!!」
「俺は……脇山……雑太だあ……ぶくぶく……」
「ソウタ……ソウターーーーーーっ!!」
ソウタは、海の底へ……
沈んで行った……。
どれくらい時間が経ったのだろう。
体が動くようになった私は縛鎖空間を破壊した。
ソウタが言っていたな……綺堂が放力を使えると……。
綺堂の所に向かわねば……。
放力があれば、勝機がある。
奴にも……
ツィレード……!
貴様だけは……貴様だけは許さん!
必ず、私の手で殺してやる……!
必ず……!