海のツィレード
夏が来た。
太陽が強烈な光を地上に浴びせる季節だ。
今月は、臨海学校があるそうだ。
この地を離れるということで、組織に連絡したが問題はないという。
それならばと参加してみることにした。潜入任務である以上、行事には極力参加した方がよかろう。
海で修行したことはあるが、遊んだことは無い。
どうしたものか、用務員に相談してみると、自分の好きなようにするのが一番良いという。
ふむ……ならばそうするとしよう。
さてその臨海学校。
初日は移動と、少年の家施設案内、星座の観察などだった。二日目の朝はオリエンテーリングで、それが終わると自由時間ということで、昼から海だ。
みな泳ぐようだ。
綺堂らクラスメートに誘われたが断った。
泳ぐのは苦手ではないが、好きなことをしてよいならば、己を鍛えたい。ザンバスターの一件で、つくづく自分の不甲斐無さを思い知った。
持参した木刀で迫り来る波を斬り払う。
自然との対峙。それは己を見つめ直し、飛躍する為の鍵。
時間を忘れ、ひたすら木刀を振る。
そのうち、背後に気配がした。
「何奴!」
振り返りざま、近づいた人物の首筋に木刀を突きつける。
「お、おせんにキャラメル、ジュースはいかがっすかぁ……」
「あ、お前は! 何でこんなところに居るのだ!」
そいつは麦藁帽を被り、商品を入れたケースを紐で首からさげて売り子を装っているが、どう見ても用務員だ。
「あ、その、例の予知だ。近いうちに敵がまた来るみたいでな……」
「何っ!? 本当か!?」
こいつの予知が外れたことはない。
敵が来るのならば準備をしなければ!
「誰が来るのだ!」
「あ、あの~それは……」
詰め寄ったが用務員は言葉を濁す。
まさか、言えないほどの……?
『私だ。討練師』
突然、そう突然。
全く気配も感じさせず、そいつは海の上に直立して現れた。
「貴様、何者だ!」
『私は、海のツィレード。勝虎級、四柱の一角』
「なっ!?」
勝虎級……だと……?
そんなわけはない。勝虎級が現れるなどここ十年なかった筈だ。
それに、私程度の所に現れるわけが……
しかし――
しかし、この圧力は……縛力と関係無く、生命の本能が受ける根源的危機感は……
桁が違う……! ラーゲルトから受けた圧力など比べ物にならない……!
――死。
そのイメージが浮かんでは消える。
『君らは実によくやった。我々のシナリオを超え、我が配下の朽狗級を二体も倒し、次元大戦後破られる事のなかった二十四の均衡を破壊した』
ツィレードは感情無く喋っているだけだ。
だがそれだけで、全身に汗が滲む。
足が震える。
『そして私を引きずり出した。賞賛に値する。だが、幸運もここまで。君らには、消えてもらう!』
刹那、浜辺から人々が消えた。
残るは、私と用務員とツィレードのみ。
これは……縛鎖空間なのか……?
「特定の対象だけ取り込むだと……こんな縛鎖空間見たことが……」
『決闘式縛鎖空間という。これならば邪魔が入ることはない。さぁ、くだらんおしゃべりは終わりだ。ゆくぞ』
ツィレードが構えを取る。
ぐずぐずはしていられない。
やらなければ死ぬのだ。やるしか……無い!
「く、くそっ! 我が傍らに在りしは霊なる剣! 来たれ! 中窪霊戮錬刀!」
ツィレードに飛び掛り、全体重をかけ、頭を目がけ振り下ろす!
「!?」
あまりにもあっさりとツィレードは真っ二つになった。
「……手ごたえが……無い? いや……!」
両断したツィレードは、そのまま直立している。
威圧感も一切減退していない。
『中窪霊戮錬刀か……久しいな』
即座に再生するツィレード。
いや再生したことよりも……!
「貴様……まさか前の使い手と……」
母様と……!
『その顔……成る程、そういう事か。いや……しかしこの程度のはずが……』
やはり知っているのか!
では、あの時の……
「答えろっ! 前の使い手を殺したのは貴様かっ!」
『調子にのるな小娘。聞きたければ力ずくで聞くがいい』
ツィレードが指を鳴らす。
直後、巨大な波が生まれた。
その波がこちらに押し寄せてくる……!
『できるものならな』
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「おわああああああああああっ!?」
何という力だ……
これが……勝虎の……
い、意識が……
……