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雨のラーゲルト

 雲が太陽を覆い隠す。空気が湿気を帯びる。

 矢の如き雨が大地を叩く。

 学び舎の窓の外から見えるのは、その雨と、それが水溜りの上で跳ね回る飛沫。

 雨は嫌いではない。

 雨音が好きだ。

 しとしとと、雨樋を伝い落ちる雫。

 雨の匂いが好きだ。

 辺りに広がる、深き森の如き匂い。

 だが、こう毎日続かなくても良い。

 六月。梅雨に入り、連日雨が降りしきっている。それだけでなく、湿気によりうだるような暑さが纏わりついて来る。

 昼休みになっても、暑さが消えるわけでもない。直射日光で暑いのではないから、逃げ場もない。

私は戦士だ。暑さに負けたりはしない。

 しかし暑い。

 教室で扇子で扇いでいると、振動を感じた。携帯電話に着信があったようだ。スカートのポケットから携帯電話を取り出す。

発信元は……用務員か。

「もしも~し。予知だ。もうすぐ雨のラーゲルトが校庭に現れる」

「何だと!?」

 用務員は軽く言ったが、それが本当ならば只事ではない。

 雨のラーゲルトと言えば朽狗級の一人。雨を武器として戦うといわれる魔人だ。

 私も見たことは無い。朽狗級との遭遇はバルフレアが初めてだ。

 私の力は下級討練師に分類され、決して強い階位ではない。朽狗級とは、その下級討練師が遭遇して生き残れるような相手ではない。逃げることすらあたうまい。つまり会っていれば、死んでいる。

 そうだ。バルフレアに勝てたのは奇跡以外の何物でもない。

 足に力が入らない。震えているのか。

 この私が。戦士たる私が。

 果たして……果たして行ったとして勝てるのか。

 縛力の総量はおそらく私の百倍以上……。

「ふっ……それが何だというのだ」

 両太股を思い切り叩く。

 ぴしゃんという音が教室に鳴り響く。

 クラスメートから奇異の視線を向けられたが、足の震えは止まった。

 そうだ。私は朽狗級程度で震えているわけにはいかない。

 あいつは……朽狗級どころではない。

 私は強くならねばならない。誰よりも。

 今の私の実力で勝てないというのなら……勝てるようになるまでだ。

 超えてやる。この戦いで朽狗級を!


 私は校庭に居た。用務員は物陰に隠れている。

 校庭に侵入してきたタキシードの男は、私を視認すると即座に縛鎖空間を展開してきた。

 通常完全閉鎖されているはずの縛鎖空間が展開しているにもかかわらず、雨が降りしきっているということは、用務員の言っていたことは正しいということになる。

 奴がラーゲルトか。感じられる縛力は倍雀級とさほど変わらないが……どの程度実力を隠しているかだな。

『あなたが死神バルフレアを倒した討練師ですカ?』

「だとしたら何だ」

『冗談はやめてくださイ。あなたから感じる縛力のレベルはせいぜい肉体強化程度。いくらなんでもその程度にやられるなどト……』

 ラーゲルトがいかにも芝居がかった様子で笑う。

「冗談かどうか試してみるが良いっ!」

 確かに私の縛力は、火炎攻撃のような属性召喚が出来るほど強くはない。奴の言う通り肉体強化くらいしか出来ない。

「天裂く雷、見えざる銀嶺、降り注ぐ流星――断て! 中窪霊戮錬刀!」

 だが中窪霊戮錬刀は別だ。

 雨の二つ名を持つのならば水を防御に使うかもしれん。故に開放したのは雷の力。

 霊なる剣の力、味あわせてやる!

『ほう、属性開放の呪言ですカ。成る程、その刀は相当な業物ですネ。ふム……では別にアレを手に入れたわけではないわけですカ……』

「何を言っている!」

『知らないなら知らないままで構いませんヨ』

「ふざけるなっ!」

 戯言に付き合ってやる義理はない。先手必勝だ。

 奴は全く無防備。懐目がけて飛び込む。

『遅すぎますネ。その刀だけなら十二聖剣級なのに、宝の持ち腐れですヨ』

 ラーゲルトはまるで氷上の如く、滑るように移動する。これでは間合いを詰められない。

 しかし、奴は攻撃してこない。私の攻撃が届かないギリギリの距離を見計らって動き、周りをくるくると回る。

 私など、いつでも倒せるということか……!

「貴様! どこまで嘗めるかっ!」

『もう飽きましタ。バルフレアを倒せたのは単に幸運が重なっただけでしょウ。雑魚はとっとと消えロ』

 ラーゲルトの口調と表情が一変する。道化師の如くおどけていた男はそこにはなく、代わりに戦士の眼を持つ男が居た。

 これが奴の本性か!

 奴が右手を翳す。

 そしてそれを、振り下ろ――いかん! 確証は無いがここに居たら死ぬ!

『ニードルレイン!』

「!」

 本能の命ずるままに、その場を飛びのくと、元居た場所が爆ぜた。

「なっ! なんだこれは……」

 一瞬、爆破能力かとも思ったが違う。

 雨が、凄まじい勢いでその場に降り注いだのだ。大地を引き裂く程に。

『わたしは雨のラーゲルトですヨ? あなたにはもったいないくらいですからネ、早く穿たれて散りなさイ』

「くっ!」

 ただ雨を超高速で降り注がせるだけの技だ。

 だが、それだけに防ぎようが無い。

 当たれば挽き肉だ。かすっただけでも肉を削がれよう。そうなれば二撃目はかわせないだろう。

 一滴残らずかわす他無い。

 幸い範囲は半径一メートル程度。それに、放つにはその方向に手を向け、振り下ろす必要があるようだ。手の動きに注意すれば、よけることが出来る筈だ。

 とにかくかわし続け、好機を待つ。

 ラーゲルトが次々と手を振ってくる。それは断頭台の刃に等しい。

 少しでも飛びのくのが遅れれば死ぬ。

 次から次に雨の弾幕が降り注ぐ。

 しかし、もう慣れて来た。降り注ぐ速度は目にも留まらぬ程だが、手を振ってから降り注ぐまでは僅かに時間差がある。その間によければ良い。

 五回もあれば間合いに入れるだろう。

 一、

 二、

 三、

 四、

 五!

 よしっ! 間合いに入った!

 刀を上段に構え……

「六角! 罠だ! 左手に気をつけろっ!」

 突然用務員の声が響いた。左手……そうか! それが本命かっ!

 ラーゲルトは策を読まれたことで隙が出来ている。

 これ以上の好機は無い!

 私は加速し、ラーゲルトの左手を切り飛ばす。

『しまっタ!』

「遅いっ!」

 刀を返し、再び斬撃を放つ。今度は奴の右手が宙を舞う。

『くそッ!』

「とどめだっ! 昼の月、夜の月、我求むるは灼熱の大地――焼き尽くせ! 中窪霊戮錬刀!」

 炎属性開放!

 唐竹割りにしてくれる!

『ちいィ!』

 刀が空を切る。寸でのところでかわされてしまった。そのまま奴は、連続して後ろに飛び、間合いを取る。

 しかし最早、こちらの優勢は決定的。逃がすものか!

「無駄な事! とどめを刺してやるっ!」

『甞めないでほしイ。調子に乗られても困ル……見せてあげましょウ。私の、真の姿をねッ!』

 ラーゲルトが目を見開く。

 それに呼応するように降りしきっていた雨が、空中で全て静止する。その雨粒はラーゲルトを中心に、まるで銀河のように渦を巻く。中心から順に体に吸収されているようだ。吸収する度に、その体は水の如く透き通っていく。

 今が追撃の好機。

 それはわかっている。

 だが……動けない。

『ふはははははハ! わかりますカ? この圧倒的縛力!』

「そ、そんな馬鹿な……! これほどの縛力……? 勝てる……わけが……」

 奴の体から発せられているのは、恐ろしく強力な縛力。空気が震え、大地が揺れる。

 まさかこれほどとは……。完全にその力の奔流に中てられ、体がすくんでしまっている。

 動け……! このままでは奴の変身が完了し、なぶり殺しにされるのを待つだけだ。

 今この瞬間にもラーゲルトの縛力は増大していく。

 奴がにやりと笑う。

 ……駄目だっ……! これが朽狗級の真の実力か……!

 考えが甘かった……こんな化け物に……勝てる筈が……

 諦めかけた、その瞬間――

「これでも、くらええっ!」

 突如飛び出してきた用務員が、抱えていたボンベをラーゲルトに投げつけた。

 ボンベは回転しながらも、一直線にラーゲルトの頭に向かう。

 無駄だ。そんなもので倒せるような相手では……

『そんなもノ……』

 ラーゲルトは眼前に迫ったボンベを睨む。それに合わせ周囲に収束していた雨が水の刃となり、ボンベを切り裂く。

 刹那。

 ラーゲルトに真っ白な煙が降りかかった。

『なニ? こんな目くらましに意味なド……』

 そうだ。目くらましをしたところで、我々を逃がすような相手ではない。

 だが、用務員の顔には自信が満ち溢れている。

「意味ならあるぜ――俺たちの勝ちだ」

『ハ? 何を言っ……ア? こ、ハ……』

 水と化していっていたラーゲルトの体は、冬場の硝子のように白く曇っている。

 動きも止まり、いや正確には動こうとして、関節から亀裂が入り、砕けていく。

『何を……しタ……?』

「お前がかぶったのは液体窒素だよ」

『ア……!』

 液体窒素……!

 そうか……水と化した奴には劇薬に等しい。体は凍りつき、動くこともままならない。

 やってくれた……。本当に……予知能力を持っているのか……。

「六角! ブチ砕けっ!」

「お、応!」

 奴の体から発せられていた縛力も、今は涼風同然に弱まっている。

 これならば、行ける……!

「胎動せし大地、連続なる世界の揺らぎ、砕け散る凍て蕾――切り裂け! 中窪霊戮錬刀!」

『ひィ……やメ……』

 刀を大上段に構え、ラーゲルトの頭を目がけ思い切り振り下ろす!

「断!」

『カ……』

 ラーゲルトはくぐもった声を漏らし、粉々に砕け散った。

「か、勝った……のか? 二度も……朽狗級に?」

 自分でも信用できない。

 奴は、私の想像より遥かに強力な縛力を持っていた。縛力の総量は数百倍。

 勝てるような相手ではなかった。

「そうだぜ? 役に立つだろ俺?」

 にこやかに笑みを向けてくる用務員。

「あ、ああ……」

 認めねば……ならないだろうな……。

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