放力使い
その後、荷物を取りにアパートへ向かう。
アパートは組織の紹介物件だ。とはいえ、家賃がただなわけではない。
正直家賃の捻出は苦しい。
私には副業もなければ、収入源もない。討練師はそもそも営利団体ではない。秘密裏に活動するがゆえに、組織自体に収入があるわけでもない。同時に我々にはさした報酬が入ることもない。
その上この高校はアルバイトを禁止している。いや、例え許可されていたとしても、いつ襲撃があるかわからない以上、アルバイトも難しい。
そもそもどうやって、他の討練師は生活しているのだ? 他の討練師とあまり交流がないために、よく知らないが。
母様も討練師だったが、どうやって収入を得ていたのだろう。
私は、その母様の遺してくれた財産を切り崩すことで生活している。それもかなり減ってきていつまで続くかはわからない。なるべくなら切り詰めておきたい。
そうだ。
あくまで調査と節約のため、それだけだ。
だから私がこいつの家に同居したとしても問題はない。
ないんだ。
早々に荷物をまとめて移るとしよう。どうせ荷物はほとんどない。私服が夏冬二着ずつで四着に制服の予備が一着に寝間着が一着、後は生活必需品が少々ある程度だ。ボストンバッグに悠々収まる。
大事なものは母様の写真だけだ。
五分もせずに準備は終了。
それがあまりに早かったせいか、用務員も驚いていた。
「お前、一応女の子なんだからもっと服とかないのかよ。ボストンバッグひとつって……なぁ」
「余計なお世話だ」
服など二着あれば充分だ。交互に洗濯すればいいだけの話だ。着飾る理由もない。
「で、管理人に引越しの連絡はしなくていいのか? すぐ出払うんだ。キャンセル料的なものとかは大丈夫なのか?」
「後で組織に連絡しておけば良い」
「へー。まぁいいや。行くぞ」
何だこの生返事は。
不安感が再燃してきた……。本当に大丈夫だろうか……。
用務員の住まいは、アパートかと思いきや意外にも一軒家だった。一家族が充分生活できるだけの広さがある。用務員は独り暮らしだと言うし、私一人が増えたとしてなんら問題はないだろう。
中に入ってみたが、特に不審な点はない一般家屋だ。
とはいえ、冷静に考えれば一つ屋根の下に男女が住まうわけだ。
「何で私が貴様と住まねばならんのだ」
文句の一つも言いたくなる。
「俺が怪しいんなら、へばりついて調べればいいだろ? 俺から言ってもつまらないしな。それに、ここなら家賃タダだしよ」
それはわかっている。わかってはいるのだが……
「妙な事を考えてるんじゃないだろうな?」
釘を刺しておかねばな。
「洗濯板に手は出さねえよ」
洗濯板だと! それはつまり私の、その、む、胸のことか……!
「いてっ!」
ほぼ無意識に手が出ていた。
……私とて、胸のサイズが小さいのはわかっているんだ……。それを……。
「……とにかく。好きな部屋を使っていいからな」
「誰が住むと言った」
「じゃあ何で荷物持ち込んでるんだよ?」
全くその通りなのだが、こいつの言う通りにするのは、何か納得がいかないのだ。
しかし、上手く切り返す言葉が見つからない。
「これは……その……本部から支給が少ないし……」
結果として、全く自信の無い言い訳しか出てこない。
「はいはい。いいから好きな部屋決めな」
くっ、その余裕、気に食わない。まるで、保護者のような……
「勘違いするなよ! これはあくまで調査だぞ……。できるだけ借りを作りたくないしな……私は屋根裏で構わんぞ」
「絶対に駄目だ!」
「……え?」
用務員が豹変した。
何だ? 何が原因だ?
「いや、何、お前さんみたいなうら若き乙女を、屋根裏なんかに住まわせられるわけないだろうが。二階の空き部屋の好きなやつ使っとけ」
……む。何か引っ掛かるが、おかしなことは言っていない。
「あ、ああ。念を押すが勘違いするなよ」
「晩飯なにがいい?」
人の話を聞いていない。こいつ……。
「……好きにしろ」
「じゃあカレーだな」
「何がじゃあなんだ」
「気分だ。……それより」
「……それより?」
何だ? 重要な話か?
「いい加減荷物おけよ。重いだろ」
「あ、ああ」
言われてみれば、荷物を持ったままだ。重くは無いがいつまでも荷物を抱えていては不恰好だ。
荷物を降ろすが、さて、それからどうしようか。
突っ立っていては、更に不恰好だ。とりあえず、目の前の炬燵に入るとしよう。
用務員は、台所で調理をしているようだ。先程言っていたカレーを作っているのだろう。
……うむ。こういった時はどうすればよいのだ? 一動作が終わるごとに何をしてよいかわからなくなる。
「今日出てきたクチク級って強いのか?」
台所で調理をしながら、背中越しに用務員が話しかけてきた。
「む?」
どういう事だ? こいつが朽狗級を知らないだと? それではあのバルフレアは何だったと言うのだ。
「そんな事も知らないのか? 貴様いったい……」
「それを知るためにここに住むんだろ?」
そうか。そうだったな。
「そうだな。そもそも朽狗級というのは……」
私は用務員に朽狗級のことをはじめ、シレン衆の構成について教えてやった。用務員は、どこか嬉しそうにそれを聞いていた。
「何でシレン衆とやらは人間の選定をしてるんだ?」
それにしても、こいつは何も知らないな。
いや、いくらなんでも知らなさ過ぎる。
「……そんな事も知らないとは……貴様本当はただの一般人じゃないだろうな……」
「そうかもな。昨日も駅で戦闘に巻き込まれても逃げ惑ってただけだしな」
「え……!? 貴様……記憶が……」
昨日も駅で戦闘に巻き込まれた?
確かに昨日は駅でシレン獣と戦った。
だが、その場に居た全員の記憶は消去したはずだ。
ならば、記憶消去を受け付けない能力を持っていることになる。
すなわちそれは縛力の持ち主であるということだ。
あの場に縛力を持った者は居なかったように思うが、記憶消去を受けつけない程の力の持ち主ならば、脱出も自在だろう。あるいは記憶消去の前に縛鎖空間を破り脱出したのかもしれない。どちらにせよ、高い縛力の持ち主でなければ有り得ない。
「物覚えはいいほうでね」
「食えない男だ」
私の言葉に、用務員は少々驚いていたようだ。追求がないからだろう。
「で? 何だってシレン衆はあんなとこに人閉じ込めて選定なんてやってるんだ?」
「潜在的縛力能力者を選定しているのだ」
「バクリキ?」
演技には見えないが……本当に知らないのか? 知らずに使っているということだろうか。
仕方なく、私は縛力について説明した。
一通り説明し終えた頃、用務員が口を開いた。
「お前も縛力使えるのか?」
「私のはそれほど強くない。バルフレアも言っていただろう末端討練師だとな。だが、貴様はどうなのだ? 記憶消去光を受けて記憶が消えないのならば、相当強力な縛力使いのはずだ」
「残念ながら多分俺にゃそんな力はないと思うがね」
「!? な……」
縛力がない? だが記憶を失っていないのは確かなのだ。
そんな、では――
「まさか! それでは放力使いだとでも言うのか!?」
「何だそりゃ」
「縛力が次元操作力なら、ホウリキは次元操作力を吸収、放出する力だ! その持ち主は縛力は一切使えないかわりにあらゆる縛力を吸収し、自在に他者に融通することができる。縛力も無しに記憶を留めるなどホウリキしか有り得ないだろう!」
「珍しいのか?」
珍しいのか……だと?
「歴史上数度しか確認されていない力だ! その力があればシレン兵は力を吸収され、その吸収された力はトウレンシに流れ込み、強大な力を得る!」
「放出する力で放力ね……な~る……あっ!」
私の説明に何か合点がいったようだ。
ということは、やはりこいつは放力使いということか!
「おい! 答えろ! 貴様は放力使いなのか!」
「違うよ」
けろりと答える用務員。
「ふざけるな! じゃあ何なんだ!」
詰め寄るが、用務員は涼しい顔だ。
「敢えて言うなら、予知能力だな。何が起こるかある程度予測できる」
「バカな!」
予知能力だと? そんなものが有る筈がない。過去どのような討練師であろうと、時間の壁を越える力を持った者はいない。他の世界に接続できるとはいえ、未来や過去に接続できるわけではないからだ。
「実際バルフレアの出現も読めてただろ?」
「くっ」
それは、確かにそうなのだが……しかし……
「……なら今すぐ何か予知してみせろ!」
「そうだな。予知っつーか、バルフレアが倒されたからな、多分今頃……例のクチク級とかショウコ級やらが集まって、核心を突かない言い回しで詩人みたいな作戦会議やってんじゃないか?」
「はあ?」
意味が……何一つわからん。