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戦国鷲君伝  作者: ゆきまる
第一章 継承
9/30

改革

 翌日、清忠は義康を逃した責任を取らされて朱鷺田城に幽閉された。また、黒雲の手引きをした犬坂信介には妻子がいたが断絶の沙汰が下った。義康は囲みを突破した後、義綱・信十郎の追手から味方を次々に失いながらも天竜川の渡しを乗りきって遠州西側に逃れた。西側は金子家の領地ではない。逃げきれなかった義康勢は討たれるか、捕らえられるかして四散という形で生死の別れ道を歩むことになる。

「ようやく終わったな」

清政が言う。直政と清政は金子城本丸にある屋敷の居間で中庭を横目に座っていた。

「そうですね、ですがこれからが本当の戦いでしょうな」

「うむ、これからの金子家が生きるも死ぬもお主の選択次第、選択を誤れば自分でも思わなかった方向にそれることもある」

「はい、気をつけまする。時に…御爺上」

「何じゃ?」

「家臣団の編成をしたいのですが…」

「編成?、入れ替えをするのか?」

「はい、若返りをしてみようかと思います」

以前、元景に話したことを清政にも話す。

「それはおもしろいかもしれんな。だが、老若の者をうまく使わなければ内部崩壊もやりかねないぞ」

「それは承知しております」

「ならばやってみるがよかろう」

清政は直政の案を了承し、直政は早速、人事改革を始めることにした。翌日には直政をはじめ、清政・元景ら年寄衆に加え、家継・信利ら中堅、景成・弘政・十左衛門ら若手まで各々が大広間に集まる。また、家臣の任命に先立ち、元景が家督を景成に譲る旨を伝えられ、重臣たちの満場一致で承認された。さらに義康が矢野城に向かいの山に築いた城は「柴倉しばくら城」と名づけられて金子家の属城となった。夕暮れ時には全ての人事が直政の手によって施された。

「皆、よくぞここまで私を支えてくれた。礼を申す」

直政は皆に向かって深々と頭を下げた。

「矢野義康は逃してしまったがひとまず領内は安堵することができた。問題はまだ山積みだが民を安心させることを第一とし、戦乱の世においても主家に負けぬ家を築こうではないか。まずは私独自で家臣団の編成を試みた。今から申すがおそらくは不満を言う者も出てくるだろうが今後を考えればいずれは役立つときもあろう。私もそうだがまだまだ得る知識は必要と考える。豊富な戦略で狭き領地を広げて行こうではないか、皆の者、よろしく頼む」

とまた頭を下げる直政に重臣たちはどう思ったのか、それは彼らだけにしかわからないが異議を唱える者はなかった。人事に関しては直政が直接伝えた。

「まず、家老職は五名」


 筆頭家老・諏訪原城主・当主後見、松平清政

 家老・朱鷺田城主・当主後見、朱鷺田忠政

 家老・内政担当奉行、松山景成

 家老・商業担当奉行、泊貴房

 家老・軍目付補佐、長居弘政


五人の名前を述べるとざわつきが起こった。直政の守役が三人も家老になる変革とも言えた。さらに続く。


 相談役・矢野城主、矢野義綱

 相談役、松山元景

 目付衆支配・金子城留守居役、徳村家継

 目付衆(本丸目付)、葛良忠平

 目付衆(城目付)・内政担当奉行補佐、松平清之

 目付衆(軍目付)・柴倉城主、朱鷺田忠勝

 目付衆(郷村目付)、先崎十左衛門


と続き、最後に奉行衆の名前が直政から伝えられた。


 奉行衆支配・城下町奉行、島田興房

 奉行衆(普請奉行)・九郎丸付家老、徳村家義

 奉行衆(御台所奉行)、真概利政

 奉行衆(船奉行)・天竜川見廻役、倉田元盛

 奉行衆(金・兵糧奉行)、真概利康


などの人事を行った。また、直政はこの人事以外にも密約を左馬介と交わした。それは遠州を統一した証には城を築いても良いという念書でもあった。この日の夜、二人だけで会ったときに直政が直接伝えたのだ。

「いつになるかはわからぬ。しかし、必ず約束を守る」

この言葉に左馬介は終始無言であった。その後、廊下に続く障子が開かれると城下に輝く月の光が部屋の中にも入ってきていた…。


 戦いが終わった二日後の深夜、朱鷺田城内に幽閉されている清忠の許に黒雲が現れた。

「油断なされましたな」

「………」

清忠は黙っていたが反省の色はない。

「まあ、ゆるりとなされよ。父君の命、必ずやこのわしが頂戴致そう。その後はお主の自由」

「うむ、頼むぞ。だが今ひとつ頼みがある」

「なんなりと」

「直政の首も取れ」

「主君を討たれるのか?」

「もはや主君ではない。わしをこんなところに閉じ込めた後悔をさせてやる」

「ですが高いですぞ」

「構わぬ、わしがここから出れれば金など何とでもなる」

「承知致した」

黒雲は消えるようにその場を去った。清忠は暗い座敷牢の中で蝋燭を前にしながら不気味な微笑をしていた…。


「そうか、黒雲が現れたか」

直政は真剣な眼差しで左馬介の話しを聞いていた。

「清忠は父君だけでなく若の命も狙っている様子」

「そうだろうな。左馬よ、爺殿を頼むぞ」

「もうすでに」

「流石だな」

「しかし、少しふに落ちないことがあります」

「何だ?」

「黒雲はわざと足跡を残している点です」

「わざと?」

「黒雲ほどの手練であれば足跡など絶対残さないはずなのです」

「つまり、わざと情報を流しているというのか?」

「はっ」

左馬介が神妙な顔つきになっている。

「ふむ…、罠かもしれぬか…」

「御意」

「警戒を強めるよう皆に伝えてくれ」

「はっ」

「ところで爺様以外にも誰かつけているのだろう?、手練か?」

「はっ、殿には申しておきましょうか。すでに清政殿には中野忠勝、義綱殿には浮島うきしま四平しへい、景成殿には寺島國次郎、忠政殿には吉野時蔵、家継殿には敷屋しきや信太、九郎丸様には利十殿とお耀を配しております」

「なるほど…、左馬介が選んだ者たちだ。きっと守り通してくれるだろう。あ、それから、利十に先の約束で話しがあると伝えておいてくれ。夜半に来てくれ、と」

「ああ、あれですか。利十の性格からして来ないと思いますが…」

「だから、左馬が無理に引っ張ってきてくれればいい」

「ははは…、承知致しました」

「それと…、他はどうなっておる?」

「はっ、高崎の忍びも動いている様子」

「そうか、御苦労と伝えておいてくれ。黒雲の気配がいつ現れるかわからない以上、気を許すな、とな」

「はっ、他にまだありまするか?」

「ははは…、好きだな、左馬も。ならば、もう一つ」

「何なりと」

「葉祇の子を探して欲しい」

「葉祇…のですか?」

「ああ、一度会ってみたくなったのでな」

「承知致しました。しばしの猶予を」

「こちらは急ぐことではない。お前に任せる」

「承知致しました。御免」

左馬介が去ると入れ替わりに景成が入ってきた。農地の改革について談義を行い、その後、家義と共に城普請の検分を行った。さらに、大外丸で行われている軍編成を巡察しながら朱鷺田忠勝・長居弘政らと談義を行って屋敷に戻ったときにはすでに日も落ちて暗くなっていた。

「若様、お疲れでございましたでしょう」

直政の身の回りを世話する多恵が出迎えた。多恵は大倉盛信の娘で年は二十三、五歳の時に父を失い、母も他界していたので照政が引き取ったのだ。直政にとって姉のような存在だ。

「皆に比べればどうってことはない」

そう言いながら多恵が入れてきたお茶を喉に注いだ。

「しかし、こうまで忙しいと体が参ってしまうな」

「あまり無理をなさっては…、一度、長安ちょうあん殿に診て頂いてはどうでしょう?」

長安とは父の代から典医を務めた榊原長安のことである。

「いや、そこまで重症ではない」

「重症になってからでは遅うございます」

「心配性だな」

そう言って直政は苦笑しながら居間に入るといつの間にか利十がいた。

「おう、久しぶりだな。もう傷のほうはいいのか?」

「はい、随分と良くなりました」

「そうか、それはよかった。実はな、これを受けとって欲しい」

直政は側に置いてあった金を入れた袋を利十に渡した。利十は無言でそうっと懐に入れてそのまま去った。直政はあまりの素早さに頭を掻きながらもう一つ現れた気配に向かって言う。

「利十の奴め、左馬の気配を感じて去りおったか」

「ははは…、ばれてしまいましたか」

左馬介が闇より姿を現した。

「わざと気配を発して来たくせによく言うわ」

「ははは…」

「それにしても早かったな。もうわかったのか?」

「はっ、葉祇殿は今、野武士になっておられます」

「誰かに仕えているのか?」

「いえ、気ままな生活をされているようで。ただ、合戦には大小に関わらず、加わっている様子」

「なるほど…」

「正に歴戦の豪傑でしょうな。討ち取った首は二百を越えるという噂まであります」

「それが真ならば忠勝や十左に退けは取るまい。会えそうか?」

「会えますが殿が城から出られては他の者が黙っておりませぬぞ」

「うむ…、何かうまい手はないか?」

「九郎丸様に任せてみては?」

「事情を話せと申すのか?、話すとなると話しが大きくなる恐れがあるぞ」

「構わぬではありませんか、身近にいる者にはいずれわかるというものです」

「うむ、ならば明日話すとするか…。ん?、誰か来たな」

直政は左馬介との会話を世間話しに変えた。左馬介も黒装束から羽織袴姿に変わっている。来たのは多恵だった。

「あら、お客様が来ていらしてたのですか」

「うむ、良き友人でな。浦川伊の介という」

咄嗟に思いついた名前だったが左馬介も合わせる。

「浦川伊の介と申す」

神妙な口調で言うが多恵は憮然とした表情をしている。突然、二人の間に座り込んで言う。

「私にも隠すことですか?、正直に言ってくださいまし」

多恵の詰問に二人は動揺したが隠すような話しでもなかったため、話してみることにした。そのうち、驚愕してきたのは多恵のほうだった。

「ほ、本気で行うおつもりなのですか?」

「本気だ」

直政は多恵を見つめる。多恵も真剣に見つめ返している。さすがに武家の娘である。驚いたものの動じてはいなかった。

「明日、皆に話すつもりだったがどこかで漏れるやもしれぬと思ってな。九郎丸と家義を密かに呼んで協力してもらおうと思う」

「では、私は何をすればよろしいのでしょうか?」

「うむ、爺様に伝えて欲しい。『直政は病床にある故、誰も奥に通すことはまかりならぬ。代わりに九郎丸と太守とし、家義を護衛として置くように』とな」

「もし、反対なされたら如何なされますか?」

「それなら、『金子の家を守るため、ある豪傑を迎えに行く。二、三日家を空けるぞ』と申してくれ。それでも納得しなければ、『父の性格を知っていればわかるはず』と言い加えて欲しい」

「わかりました」

「他の家臣たちは爺様には逆らうこともできぬ。何かと言えるのは私ぐらいなものだろう」

直政は少し微笑し二人を見た。左馬介は違った観点から危惧の声をあげる。

「なれど清政公の発言が大きくなりましたなら後々、金子家を危機に瀕する可能性もありますぞ」

「わかっている。しかし、今は爺様以外に頼ることができぬのが現状だ」

「そうですな…」

直政と左馬介は沈黙し、居間には静かな空間が生まれた…。


 翌朝、九郎丸と家義は直政の提案に強く反対したが幼少の頃より直政と共に過ごした仲でもある九郎丸には兄のすることを理解できたようである。家義は九郎丸に説かれて渋々承諾する。多恵は清政の許を訪れて昨晩のことを伝えた。清政も最初は難色を示したが多恵が逆に今の家運の状況を説いて納得させた。この日の夜、直政と左馬介は旅人に扮して城を出た。本丸には九郎丸を代理として清政と家義が補佐し、多恵は台所を仕切った。直政たちが探す葉祇の者の名は望月もちづき信三しんぞうと言った。望月姓は母方の姓で高崎家に仕えている望月信武の甥に当たる。信三は一時、望月家に身を寄せていたが今は野武士として家を出て犬居に居を移した。犬居は今川家の直轄領で森家が代官を置いて統治している。直政と左馬介は周辺を警戒しながら天竜川を遡って犬居に入った。犬居で拠点としたのは出水屋という宿だった。


「ほう、直政は城を出たのか」

「はっ、左馬介と共に犬居に入った模様です」

「犬居か…、何が目的で…」

「それはわかりかねますが何か企んでいなければこのような行動は出ぬかと」

「だろうな。だが、犬居も我が手中にある。あそこには甚兵衛じんべえがいたな、奴に殺らせろ」

「しかし、奴は情に厚い男です。殺りますかね?」

「殺らない場合はお前が殺れ」

「承知致しました」

「それと…、甚兵衛も十分働いてくれたな。犬居のことでわからぬことはもうなくなった」

「では…」

「奴も所詮捨て駒だったということだ、兄弟仲良く消してやれ」

「心得ました」

黒雲の脇にいた男は微笑しながら煙のように姿を消すと黒雲も消えた。不気味に輝く大きな月が終わらない戦乱の世を見つめていた…。

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