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戦国鷲君伝  作者: ゆきまる
第一章 継承
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集結

 翌日は雨だった。直政は昨日から一睡もしていない。十左衛門を矢野へ走らせた後、直政は忠政に会って談義を行い、早朝より景成とも談義を行っていた。

「……ですが本城を落とすことは容易ではありませぬ。先代が要衝に築いた城ですから」

「しかし、手薄な場所もあろう。現に大外丸までは行けるのだから」

「ですが、その向こうの守りは固いです」

「左馬介が壊した跡はどうなっている?」

「修復はしないようです」

「ならば二の丸を取り、矢野軍を分断した上で本丸を包囲すれば敵の戦意は落ちるであろう?。どうだ?」

「ならば、義康はどう致しますか?。全力で攻めかかる義康をそのままにしておればいくら義綱様と言えども持ちこたえることはできませぬ」

「それはわかっている。だが、義綱殿が死守をし続ければ義康は孤立する」

「それまで時がありませんぞ」

「うむ…」

直政は焦りを見せていた。援軍の到着が待ち遠しくてたまらなかった。

「殿、少し休まれてはどうですか?。昨日から眠っておられないでしょう?」

「ん…、そうだな。何かあったら起こしてくれ」

「承知致しました」

直政は後のことを景成に任せて少し眠ることにした…。


 …どれだけ経っただろうか、目を開くと天の日差しは高く輝いていた。直政は起きあがると薄い着物を羽織って広間に行く。広間は静まり返っていたが外が騒がしかった。冊子の間から外を見た直政は、

「誰かおらぬか!」

と叫んだ。すぐに具足を身につけた足軽が走って来た。足軽は女である。直政は足軽を見て少し驚いたがよく見ると利十のもとにいたくの一だった。

「何かあったのか?」

「はい、先程、駿府と諏訪原より援軍が到着致しましたが、駿府の兵どもが近くの村で略奪を働いたとので、今、忠勝様と篠田様が捕縛に向かったとの事です」

「篠田とは?」

「はっ、岡部元信様の御家中で侍大将をなさっておられる篠田信十郎様です」

「そうか、相分かった。これより、評定を開く故、皆を広間に集めよ」

「はっ、直ちに」

くの一が退がると武将たちが広間に集まってくる。上座にはすでに直政が鎮座しており、それぞれ敬服しながら左右に分かれる。忠政と家継は直政の請うたこともあり、直政の左右に鎮座した。まず、直政が口を開く。

「岡部殿、お初にお目にかかります。我が言、聞き入れくださってありがとうございます」

「いや、此度の働きは拙者ではなく、貴房殿が頑張れたからであって私は信十郎に聞くまでは半信半疑でした。いやいや…、お恥ずかしい」

元信は頭をかきながら言った。直政は続いて清忠のほうを見る。

「清忠殿、本当に有り難い。貴殿が動いてくれると信じていたのでここまで来れたのだ。後は本城奪取と矢野義康を討つのみと相成りました」

「そんなことはない。三河出の我らを先代が義弟にまでしてくれたのだ。今こそ恩を返すのみにござる」

それを受けて直政は貴房のほうを向く。

「御苦労であった。これから忙しくなりそう故、ゆっくりと休むがいい」

心遣いの言葉を送ったのだが貴房は首を横に振る。

「若に比べれば私の苦労など比ではありませぬ。まだまだ働けまする」

「そうか…。しかし、あまり無理はするなよ」

貴房は一礼した。次に家継に話しかける。朝比奈家への援軍を依頼していたのだ。

「やはり駄目であったか?」

「はっ、聞く耳をもたぬと言った状況でした」

家継は無念の表情をしていた。それを見た元信が言う。

「私はまだまだ若造と見られているらしく期待には添えませんでした」

「いやいや、義元様が動いて頂けるだけで十分でございます」

直政は感謝の意を表した。しかし、表情が真顔になると、

「なれど、聞くところによると兵が略奪を働いたと聞く。兵二人をここへ」

と、控えていた足軽に命じる。足軽もまた忍びである。兵が引きたてられてくるが悪びれた様子もなく、上座に鎮座している直政を見ると余計に態度を崩した。見兼ねた元信が言う。

「お主ら、無礼であろう!」

元信は非礼を正すように命じたが兵たちにはその気はないようで完全に無視している。直政は苦笑しながら口を開いた。

「結構な態度だな。お主ら、宮琵に遣わされて来た者であろう。岡部殿の軍にまぎれ込んで我を殺すか、信頼を地に堕とすように命じられてきたか!。我はそんなに甘くないぞ」

この言葉に一瞬、兵たちは度肝を抜かれたように驚いた。これは左馬介から得た情報だったのだが彼らはすぐに笑みを浮かべてせせら笑う。

「これは否なことを申される?、私たちがやったという証拠はどこにありますか?。まあ、見た者がいれば別ですけれどね」

彼らが略奪した村は火を放たれて逃げる者は悉く討たれていた。正に暴挙としか言いようがない。しかし、今川家に属する小大名がどう騒ごうと義元直属の家臣である宮琵疼斎配下の兵を殺せるとは思っていなかった。兵たちは証拠を確実に灰塵の中に消したと見ていたのだが、

「そんなに証拠が見たいか?、ならば、見せてくれよう。左馬介、ここへ」

「はっ」

襖の向こうで声が聞こえて生き残った村人が連れて来られた。女である。強気な表情をしていた。直政を見て敬服する。

「わざわざ来てもらって申し訳ない。貴方の村が略奪に遭った際、村に火を放った者の顔は見たか?」

「はい、この目で確かに」

「何人ぐらいいた?」

「ざっと二十人ぐらいかと」

「逐一、覚えてないと思うがその二人もまた同じ罪にここにおる。見覚えはあるか?」

女は兵の目前に行き、じっと二人の顔を見つめた。兵たちは顔を合わせないように顔を反らそうとするが、女が顔を赤くして叫び声をあげる。

「間違いありません、この人です!。この人が…」

指を差しながら言った瞬間、女の首から血飛沫があがっていた。女の体は後ろに向けて崩れ落ちる。すぐに二人は取り押さえられる。

「まだ罪を認めていれば見逃しても良いと思ったが…」

「ならば、どうするおつもりですか?。私たちを斬りますか?、できるわけがございませぬな。我が殿は義元様のご寵愛厚き側近ですからな」

この言葉に元信や信十郎、今川勢を率いて駆けつけた村上盛綱らはこの事実に悔しがった。兵たちの暴挙をこのまま許してしまっても良いのだろうか、という思いが脳裏をよぎる。直政は、

「だからどうした?、駿府でその態度が通じてもここでは通じはせんぞ。殺れい」

と命じると十左衛門が大刀を構えて斜め前にいた兵を脳天より真っ二つにした。横にいた兵は逃れようとしたが貴房に脇腹を突かれた。それでも、傷が浅かったのか、脇差を直政に投げつける。けれども、信十郎がこれを弾き、村上がとどめを刺した。死んだ兵は左馬介の手によって即座に片付けられ、畳には血だけが残った。元信は非礼を詫びた。

「これからどうなさります?。まだ十八人もおります」

逃げられれば村人たちの無念は晴れない。

「安心して頂きたい。すでに、左馬介が追手を差し向けているでござる」

「追手を?」

「はい、左馬介は我が忍軍の棟梁。このまま見逃すほど愚かではありませぬ」

「直政殿は忍びも持っておられるのか?」

「父の代から仕えている者でござる」

「なんと…」

元信は感心すると同時に今川家にとって脅威だと感じた。

「しかし、あの娘には不憫なことをした。手厚く葬ってやってくれ」

直政は合掌をしながら言った。

「一騒動があったがこれより軍議を始めるとしよう」

部屋を移して軍議が始まる。今まで無言を保っていた清忠は心の中で呟いた。

(なるほど…、直政に忍びがいるのは確かのようだな。しかし、宮琵が先手を打ってくるとは思わなかったな。お互いどこまで強気にいけるか見物だな)

その真意はわからなかったが清忠は心の中で笑った。


 軍議が終わったのは日が落ちる頃であった。左馬介の報せを受けて矢野攻防戦は膠着状態に入ったことを告げられたため、武将たちはそれぞれ戻るべき場所へ戻って行った。直政は金子家の忠臣を集め、そこに諏訪原から駆けつけた九郎丸と家継の嫡子家義が加わった。

「皆、ここまでよくぞ頑張ってくれた。あと、もう少しだ。もう少しで懐かしい城に戻れる」

嫌味な言い方に聞こえるかもしれないが気持ちは皆同じであった。直政は弟に視線を向ける。

「九郎丸、恐ろしくはないか?」

「大丈夫です。心はここにいる方々と同じです」

と確かな口調で言った。守役の家義は感動した。次いで、直政は左馬介を呼ぶ。

「宮琵疼斎の動きを見張れ。そして、利十に代わって伊賀を討て」

「承知」

左馬介がその場を辞すると忠臣たちも各々部屋を辞する。最後に残ったのは景成と家継のみとなった。

「まもなくですな。先代の願いを受け継ぐときが…」

家継が言うと景成も頷いた。

「しかし、父上は悲しまれるだろうな。身内でこう争っているのでは」

直政は嘆きを隠せない。

「義姫の野望があまりにも大きすぎたのです。殿に罪はありませぬ」

家継が直政をかばう。さらに景成も言う。

「こちらも悪いとは言えませんが義姫は先代が死ぬと直ちに行動を起こした。しかし、殿は劣勢になりつつも幾度も難を乗り越えてきたではありませんか?。次は殿が攻勢に出る番です」

二人の言葉を受けて直政は何も言わずに障子を開いて庭に面した廊下に出た。足軽に扮している忍びたちが一礼するが、それにも構わず天を見上げる。直政の目に何が映ったのか、それは直政だけにしかわからなかった。


 一方、金子城の修復に取りかかっていた邦継は困惑していた。父邦元と共に城を見つめながら呟いた。

「この城はもう駄目だな。ここまで破壊されては…」

「ならば降る他に手はあるまい。土産を持ってな」

「直政は我らを許してくれるだろうか?」

「それは行動してみないことには何とも言えぬ。それとも、義康殿のもとへ行くか?。義康殿もこの城を諦めて矢野城向かいの山に堅固な城を築いていると聞く」

「ふむ…」

邦継は悩んだ。今夜中に決行しなければ明日早朝には危険だと踏んでいたからだ。

「ここは父上の判断に任せまする」

「よかろう」

邦元の判断は素早かった。降伏では分が悪いと判断し、義康のもとへ向かうことを決めたのである。直ちに義兼にわからぬように二百の兵を分散させて城を離れた。そして、街道を大きく離れて追手や敵の目を警戒しながら義康の城に入った。邦継は父が失踪したことを伝えて追跡の許可を得た。そして、義姫の怒りが大きいことを察し、

「奥方様のこと、よろしく頼む。どうか、穏便にして頂きたい」

「心得ております。邦継殿も気をつけて」

義兼は何の疑いもかけないまま、二人をまんまと城の外へ出してしまったのである。邦継もまた二百の兵を率いて父の後を追った。父の行動とは違い、街道を真っ直ぐ進んだ。わざわざ間道を通れば義兼に疑問を抱かせない可能性も孕んでいたからだ。そして、そのまま義康の城に入った。この裏切りとも取れる行為に義姫や鶴丸はまったく気づくことはなかったのである。金子城に残ったのは全部で千五百ほどいたが半数は負傷した兵で動かすこともままならなかった。

 義姫の暴挙が身内を失う原因になったことに義姫自身はいつ気づくときがあるのだろうか…。

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