TAXI
遠距離の客を送って行った帰り道。道路の脇で手を挙げている人を見つけた。
私は当然のようにそこに愛車を止め、彼も当然のようにドアを開け、中へ入ってきた。
「どこへ?」
「奈落へ」
私は返ってきた言葉に一抹の不安を感じで視線を上げた。バックミラーの中では、男が冷え切った目を開閉しているのが見えた。和知氏の視線に気づいたのか、彼はフッと笑って「一番近い駅にお願いします」と言った。
私は湧き出てくる恐れを押し潰すようにアクセルを踏んで、淡い闇の中を進み始めた。
「ねえ、運転手さん」
「なんだい」
「この仕事は楽しいかい」
唐突な質問に私は驚いた。そして、疑問を持った。
「どうして、そんなことを?」
それは極々ありふれた小学生のような疑問であったが、男は律儀に答えてくれた。
「だって、楽しそうじゃないですか。毎日別の場所へ行けるなんて」
だが、こう続けた。
「それに都会へ行けば、こんな仕事もう十年もすればなくなってしまうかもしれませんしね」
意味を図りかねて押し黙っていると、男は再び口を開いた。
「最近の科学の発展はめざましいじゃないですか。そのうち、自動車がほんとにすべて自動になってしまう日が来るでしょう?」
「そうかもしれませんね」
「すると、あなたみたいな人たちは忽ち職を失ってしまう」
確かにそうなのかもしれない。
「私は思うのですよ。人は、こんな風に自滅の道を進んでるんじゃないかって」
信号の存在すら許されない一本道では、電灯の光だけが淋しく辺りを照らしていた。
「人間は欲望に従って、自分たちの最高傑作を作り出すでしょう。しかし、ちょっとした狂いがそれを暴走させてしまう」
愛車から見える景色は飛ぶように過ぎてゆく。
「いつしか私たちは、自分たちの作り出した道具を操るのではなく、それに操られるようになるんじゃいかと思うのです」
ここで男は再び、自嘲気味に笑った。
「まあ、そのころには僕らはこの世界にはいませんけどね」
「どうして?」
「ここのカーブ。急ですよね」
「えっ......」
私は男に言われて思いっきりブレーキを踏んだ。が、愛車は速度を落とさない。むしろ、加速度的に速くなっている。頭の中に声が響いた。
「言ったでしょう?行先は『奈落』です」
ふわっとした感触の後、視界は一気に暗転した。




