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話し手翁と青い鳥

作者: 天咲 魅琉


私は話し手。

それ以上でもそれ以下でもない。

さて、どこから話そうか。

楽しい話、悲しい話。

色々な話があるが、今日はこの話にしようか。

私の口から零れていく言葉を物語にして、その物語を空想の本にして、一つ一つ丁寧に紡いでいくとしよう。



1

僕には小学校の頃から同じ学校に通っている女の子がいた。

最初のうちは何も関係の無い、只のクラスメイトくらいのくくりの中にいる特別意識のないもので、向こうからしてみても同じだったろう。

そして、その頃から歯車が動き、いや、もしかしたら生まれた時から、あるいは、もっと前から動き出していたのかもしれないが、その速度が早まったのは中学生になった頃からといっていいだろう。

その頃から行事の度に写真をもらうようになっていた。

親同士の仲もよかったのでちょくちょくそのような事があった。

この写真は手渡しされていて、気恥ずかしさを感じた記憶はないが、実際どうだったかはよくわからない。

思春期の頃だから、素っ気ない態度をとったかもしれないが、如何せんもう昔の話だ。

男性の記憶力は怪しいのだから、分かるはずもない。

そのほかにも、バレンタインデーと呼ばれる、こう言っては日本中の多くの人から石を投げられるかもしれないが、聖バレンタインの殺害された日か、日本のお菓子業界の策略の日かと、多くもらえる人への嫉妬を込めて言っていたこの日には、彼女からしっかりとチョコを貰っていた。

だが、毎年貰ってはひと月後のお返しの日のものに悩まされた。

彼女は好きなものが難しく、そこらへんのちょっと小洒落たようなお菓子や紅茶などは好まず、毎年当たり障りのない、髪留めなどを送っていた。

しかも、それが、誕生日にもあるというのだから、計年に2回、僕は頭を悩ませている。

正解がない上に、ゲームのように、セーブして間違えたらやり直しの効かない問題なので、少なくともひと月前にはその日のことを視野にいれていた。

そんな友達以上恋人未満、はたから見たら恋人同士の関係が数年間続いた。

そして、決定的な変化が起こったのは高校に上がり、進級、しばらくしたときだった。

僕はある日、先輩と後輩、各々1人ずつと出会った。

その頃の僕は周りに影響されてか、大好きな読書の中で見つけた、偶像に憧れてか、どんな女の子にも媚を売るように、フラフラしていた。

それも、タチが悪いことに、その相手によってキャラを変えていた。

後輩ちゃんにはしっかりとアドバイスをする、先輩先輩したキャラを。

先輩さんにはおちゃらけて、冗談で彼氏に立候補したりする、三枚目キャラを。

このようなことをしていたら、案の定、どれが本当の自分なのかわからなくなり、結局このキャラを通し続ける。

完全な負の連鎖である。

しかし、ある日、僕はふと考えた。

今まで仲のいい女友達程度にしか考えていなかった彼女が、いなくなってしまったらどうなるだろうか。

大学に進学して、僕は遠い遠い場所の学校に通うとして、周りに知り合いもいない状況、僕はどうなるだろうか。

考えてみると僕は焦燥にも似た不安を感じた。

どうやら僕は自分自身で思っている以上に彼女に依存していたみたいだ。

一度そう認めてしまうと、すっきりと楽な気持ちになれた。

そのあとは次々と理想が溢れでた。

ああしたい、こうしたい、そうしたい。

とめどなく、川の流れのように。

僕はその時、初めて彼女が好きだったと気がついた。

知り合って10年以上。

いつからこんな感情が出たのかはわからないが、少なくとも1、2年程度の話ではなさそうだ。

5年、ひどければ10年以上も気がつかなかった。

いや、気がつかなかったのではなく、気がつかないふりをしていただけか。

兎に角、僕に対して彼女も似た気持ちを持っていたとしたら、随分長いあいだ待たせてしまったようだ。

実をいえば、後輩ちゃんどころか親にも呆れられるほど、僕は鈍感で、感性が残念らしい。

自分では鋭いほうだと思っていたので、後輩ちゃんならまだしも、親に言われたときは、納得いかなかった覚えがある。

兎に角、ここでも僕の鈍感スキルはしっかりと、しっかり過ぎるくらい強く発動されていたようだ。

僕はこの日、彼女に告白することにした。


2


告白を決めたまでは良かったが、今までの関係が関係なだけあって、それを壊しにかかるほどのことをしようとすると思うと怖くなった。

当たり前だ。

色々な文句を考えたが、どれもしっくり来なかった。

その日はちょうどスーパーに用事があり、お菓子を作る予定があったので、彼女を誘い、一緒に買い物に行くことにした。

二つ返事で承諾を得られるところがいかにも僕たちらしい。

僕は嬉しさ半分悲しさ半分の妙な気持ちになった。


3


そして時は過ぎ、スーパー。

僕は食材を選びながら彼女と内容の無い話をする。

余談だが、彼女の金銭感覚が狂っているのは知っていたが、予想以上で、値段など気にせずポンポンとカゴに入れようとしていた。

主婦や主夫、料理などの家事をする人ならわかると思うが、大抵価格、質、用途、この三つは必ず確認する。

その金銭感覚で僕はピンときた。

僕が彼女のこういうところを支えよう。

場所もスーパーという、洒落っ気どころか、ミスマッチもいいところだが、僕はポロっと

「君がどんな事をしでかすか、僕は不安だよ。だから、僕が一緒にいる」と言った。

彼女は冗談と捉えたのか、笑っていたが、最後に

「本当はお見合いか何かで結婚する予定だったけど、あなたが結婚してくれるなら気が楽だね」と、少し頬を赤らめながら言った。

この赤みは店内の室温が高いとかそういうんじゃないと信じている。

買い物を終え、道を歩く。

僕は様式美なので結婚の前には付き合うという期間を設けたかった。

彼女はロマンチストでは無かったから、こんな場所で付き合おうか? と言っても笑いながら二つ返事で承諾してくれた。

今日二回目の二つ返事での

承諾。

本当に僕たちらしい。

でも、今度は一回目のように嬉しさと悲しさが五分五分ではなく、嬉しさ半分安心半分だった。

この日、彼女は「僕の彼女」になった。


4


そして時は流れ、卒業式。

今まで慣れ親しんできた校舎や友人たちとの別れを惜しみながら、式典を終え、校門で連絡しろよ、とか、成人式の日に会おうぜ、とか、また遊ぼうなど各々話していた。

中にはこれが最後のチャンスとばかりに、告白されているひともいた。

逆もまた然りである。

彼女がいなければなんて羨ましいシチュエーションなんだと思っていたら、彼女に叩かれた。

なぜ女性というものは、こんなにも男性の考えていることが分かるのか、摩訶不思議である。

それはさておき、一通りのそれを済ました僕は彼女と共に帰ることにした。

どうやら先程叩かれたときから

にいたのは僕を待っていてくれたらしい。

この学校からの帰宅に歩く、最後の日の通学路を彼女とともに歩く。

いつもどおり内容の無い話をし、通学路の半分程を過ぎたとき、彼女がふとこれからの僕らのことについて口を開いた。

「ねぇ、これからさ」

「うん」

「今までみたいに頻繁にあえなくなるけどさ」

「うん」

「四年後、結婚するよね?」

「…え?」

あまりの突然のプロポーズに僕は変な声を出してしまった。

正直、卒業式をきっかけに別れを告げられるんじゃないかと不安だったのだ。

だからもし何も言ってこなければ、僕から四年後に結婚して欲しいという旨を伝えるつもりだった。

だから、まさか自分からではなく彼女の方から言われるとは思ってもみなかったのである。

せいぜい、これからもよろしく程度だそ思っていた。

しかし、段々とその言葉が躰に染み渡ると、心の奥底から嬉しさが染み出てきた。

「勿論。君が僕を捨てなければ、ね」

「普通捨てるのは男が、でしょ」

そんな冗談をいいながら、この日、彼女は「僕の婚約者」になった。


5


四年後、僕たちは式をあげた。

幸い両家の親達は仲もよく、僕も信用されていたので大きな山もなく結婚を許された(大きな山もなく、と書いたが、実際は普段低血圧の僕が高血圧になるくらい緊張し、僕にとっては富士山よりずっと高い山を駆け足で登った気分だった)。

式では四年ぶりに会った友人もいた。

まあ四年ぶりにと言っても文明の力であるスマホ(ケータイのやつもいたかもしれない)でメールはしていた。

友人はみな、僕の早い結婚に驚き、羨み、憧れ、妬みのどれかをもしくは複数を感じていた。

僕は収入は決して多くはないけれど、こうしていられるのは本当に幸せだと思った。

式は滞りなく終了し、二次会と洒落込み、深夜になって漸くお開きとなった。

少々飲みすぎた気がしないでもないが、あいつも僕も本当に楽しんだ。

だからたまにはこんな日があってもいいと思う。

僕たちが帰宅したのは、日付が変わる頃だった。


6


その後数ヶ月、僕の、僕たちの身に災難が襲いかかった。

僕が交通事故により昏睡状態に陥ってしまったのである。


彼が昏睡状態に陥って一週間。

私は毎日彼が目を覚ましていないかと期待して病室のドアを開ける。

医者の話では、一命は取り留めたが、意識が戻るかどうかは五分五分らしい。

私は毎日、眠っている彼に話しかけた。

昨日はこんなものを食べた、とか、こんな夢を見た、とか。

どうして、長年の末、漸く理想の、願っていた関係になれたのに、どうして引きさこうとするのか。

神様がいるとしたらなんて残酷なんだろう。

私の気持ちは、日に日に深く深く沈みこんでいった。

そんな生活を続けて二ヶ月が経とうとしていた。



7


昏睡状態に陥って二ヶ月を過ぎたある日、私はふと起きると病室にいた。

どうやら昼寝をしてしまったらしい。

しかも彼の足の上に伏せるような感じで。

そこまで意識がはっきりとして、初めて頭を規則正しく撫でられているのに気がついた。

ふと彼を見ると彼は優しい笑みで「おはよう」と言った。


「お、おはようじゃないよ、一体どれだけ私を待たせたと思ってるの? 本当に毎日辛くて、辛くて、泣きそうで、あなたがいないと、ご飯作っても誰も褒めてくれなくて、どんなにいい材料を使って、上手に出来ても美味しくなくて、本当に、本当に…」

僕は泣きじゃくる彼女の頭を「よしよし」と言いながら撫でた。

横に時計の日付を見てみると、どうやら僕は二ヶ月半ほど寝ていたようだ。

随分寝過ごした。

「ごめんな、もう大丈夫だから」

そう囁きながら頭を撫でる。

「…ねえ、約束して」

彼女が約束という言葉を使うのは珍しい。

僕も今までに三、四回ほどしか聞いたことがない。

その彼女が約束をねだってきたのだ。

それにいつもの

ふざけた様子も全くない。

僕は「なんだい?」と問い掛けた。

「もう、何処にも行かないで」

たった一文。

だけど、僕にはこの世の何よりも、重く、だが優しい言葉が、心の中にポトリと落ちて、音色を奏で、静かに小さな波を立てながら全身に広がっていった。

嗚呼、僕にはこれがないと生きていけない。

そうどこからともなく思った。

ひと呼吸おき、「ああ」とふた事で返事をした。

たったこれだけの会話だが、僕らには密に込められた優しさを感じた。



8


と、こういう話だ。

誰の話かだって?

これは、誰の話でもあって誰の話でもない。

いわば、君たち自身が白紙の本に筆を遊ばせるといったところか?

なににせよ、今回のこの話のベースは、とある少年の話をもとに作った物語さ。

どこまでが本当で、どこからが創作かは教えかねるがね。

ただひとついえることは、例え長年そばにいた子でも、しっかり捕まえないといつの間にかいなくなってしまうということさ。

もしその子が君にとって大切な人なら、尚更急ぐべきだ。

なぜなら時を刻む砂時計は、ひっくり返せないのだから。



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