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欲漁師の代償

作者: カイマン

昔、とある漁村に与作(よさく)という漁師(りょうし)が住んでおりました。

この村の者のほとんどは漁業(ぎょぎょう)生計(せいけい)を立てており、与作もその一人でしたが、不運なことに与作の網には魚があまりかかりません。

その上に全くかからないということも決して珍しいことではなく、不漁に見舞われる与作を他の漁師たちは『不漁(ふりょう)の与作』と呼んで揶揄(やゆ)しておりました。

そして、今日も与作は魚があまり取れず、不機嫌そうに帰宅する途中でした。

「おーい、与作ー」

他の漁師の一人が与作の名を呼びました。

「何だよ」

与作は足を止めて、頭その漁師の方へを振り向けます。

「今日も取れなかったのかい。ヘヘッ、オイラは大量だぜ。見なよ」

彼は自慢気な笑みを浮かべ、与作に自分の網を見せます。

見れば彼の網には大量の魚が入っているではありませんか。どれもこれも美味(おい)しそうです。

与作は苦虫(にがむし)を噛み潰したような表情を浮かべます。

「わざわざ、これを見せるために俺を呼び止めたのか。何て嫌な奴だ!」

ここのところ不漁続きで機嫌の悪い与作は(きびす)を返すと、(おこ)りながら帰宅(きたく)しました。


「あー、面白くない!」

帰宅した与作は床に仰向けなりふてくされながら酒を(あお)っております。

「ん?」

手に持っている(びん)から酒が切れました。

「あ~あ、こいつでおしまいかよ…」

不漁であれば当然(とうぜん)収入(しゅうにゅう)がなく、与作には酒を買うほどの余裕(よゆう)がありません。

「俺、漁師向いてないのかな…」

そう呟いた時でした。誰かが戸を叩きました。

「ん?」

与作は頭を戸の方へ頭を振り向けます。

「誰だい?」

「与作さんの家ですか?」

声の持ち主は子供でした。村のガキか…。与作は体を起こし戸を開けます。

そこに立っていたのは十歳ほどの童でした。

「何だ、村じゃ見ない顔だな…」

村には童はおりますが、この童は見たことがない顔でした。

「与作さんですね?」

「ああ、そうだが…」

「僕は海童(うみわらじ)と申します」

童は与作に自分の名を言います。海童…聞いたことのない名です。

「俺に何か用かい?」

「与作さん、ここのところ不漁に苦しんでおりますね?」

何と海童は与作が不漁に苦しんでいることを知っていたのです。何故、この童は初対面にもかかわらず俺が不漁に苦しんでいるのを知っているんだ…。

与作は不思議に思います。

「僕は不漁に苦しむ漁師を助ける者で、貴方にこれを渡しに来たのです」

海童は与作に一つの漁業網(ぎょぎょうあみ)を手渡しました。その網は見た感じ普通の漁業網と何も変わりないものでした。

「明日からこの網を使ってください。この網を使えば、与作さんは明日から不漁ではなくなります」

「本当か?」

海童は頷きます。

「ただし、一つだけ条件があります。決して乱獲(らんかく)をするようなマネだけはしないでください。この条件を破った時は、網を没収(ぼっしゅう)させていただきます」

海童は与作に一つ条件を言い渡します。この条件さえ守り続ければ不漁から脱出できる。与作は海童の条件を飲みました。


さて、その翌日、与作は漁に出て早速、海童からもらった漁業網を使用しました。すると、どうでしょう。網を引き上げた途端、与作は腰を抜かしました。

網の中には大量の魚が入っているではありませんか。

そう、海童の言う通り与作は不漁から脱出できたのです。

今まで不漁続きであった与作は、この収穫後、『不漁の与作』と揶揄されることはなくなりました。

それからも与作はこの網を使い、ついには他の漁師よりも儲け、ついには村で一番美しい娘、(はな)と結婚するまでに至ったのです。

結婚生活は当初はよいものでしたが、大量続きのせいか与作は次第に人が悪くなり始めました。

家のことは全て華に任せ、当の自分は仕事から帰って来ると、酒を飲んで煙管(きせる)を吹かすばかり。

更には自分より収穫のよい漁師がいれば、その漁師の悪口を言う始末。

華はそんな与作に対し次第に嫌気を差し始めました。

与作も華が自分を好いていないということは薄々分かっていたのか、ある時には「今日は帰りが遅くなる」と、嘘を吐いて浮気をし始めたのです。

そして、周りが見えなくなった与作はついに海童の条件を破ったしまったのです。そう、他の漁師たちに負けてたまるか、と乱獲行為をしたのです。こんなことをするものだから与作は漁師たちから評判が悪くなります。

その夜のことです。どこかで若い娘と酒を飲んでご機嫌な様子で帰宅する与作は戸の前で海童と出会います。

「与作さん、僕の条件を破りましたね。文字通り網は没収さしていただきます」

しかし、酔っていた与作は海童の言葉に逆上(ぎゃくじょう)し、近くにあった薪割り用の斧で海童を殺してしまったのです。

「悪く思うなよ。この網がなきゃ俺はダメなんだよ」


その翌日、与作は漁に出ます。しかし、この日は何か変です。空に舞うかもめたちが異様なほどに鳴いているからです。

その鳴き声は何か危険を知らせるようにも聞こえます。

そして、

「うわぁぁぁぁ!」

漁師の一人が悲鳴を上げます。

「どうした?」

「あ、あれを見てくれ…」その漁師はガタガタと震えながら海中を指差します。

「ああ!」

何と海中には千メートルを越した巨大魚の姿がありました。こんな大きな魚がいる訳ありません。漁師はこの巨大魚が海神(うみがみ)である、と悟り船を沖へ進ませます。

しかし、目先のことしかない与作は周りの漁師たちの警告を無視して巨大魚を捕らえようとします。

巨大魚が海中から顔を出しました。

「よくも、私の子を殺してくれたね」

巨大魚は与作にそう言います。

「何?」

「あんた、海童を覚えているかい?」

「海童? ああ!」

その瞬間、与作はこの巨大魚が海童の母親であることを悟りました。

「あの子は元来から優しい子で、困っている漁師をほおっておけない性分なのさ。だから、あの子はあんたにあの網を渡した。けど、あんたはあの子の恩に砂をかけた!」

そう、与作が殺してしまった海童はこの巨大魚、海神の子であったのです。

「あんたには息子を殺した罰を受けてもらうよ」

与作は固唾を飲みます。しかし、海神はその言い残すと、海中へ潜り姿を消します。命を取られるのかと、思った与作は胸をなで下ろします。

それ以降も漁を続ける与作ですが、事件が起きます。

この村に立ち寄った殿様に刺身を振る舞ったところ、魚に猛毒が含まれていたらしく殿様を死に至らしてしまったのです。理由はどうあれ、与作は殿様を殺してしまったことに変わりなく、牢獄へ入れられてしまったのでした。

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