地獄に咲く向日葵
「言っておくけどそれは追ってくるから」
「言われなくとも分かっている!」
神崎さんの言葉に僕は刀を抜くことで答える。
直線形の技なら避けるだけで問題ないが、対象に向かうタイプの技に避けるなんて行為は愚の骨頂。
移動した先で硬直している自分にあたって一巻の終わりだ。
「しっ」
少しの掛け声とともに黒炎球を切る。
見た目通りというか普通の炎球よりも粘り付く印象があったことは否めない。
「御神楽君、まだ終わっていないわよ」
「っ」
神崎さんが両手に腰を当てて何を言っているかと一瞬考えたが、すぐにその意味を思い知る。
黒炎が。
斬ったはずの黒炎が刀の上で燃え盛っているという光景がそこにあった。
どうして黒炎が燃えているのか考えるのは後で良い。
今、大事なことは刀が熱で変形しない内に至急この黒炎を払い除けなければならないことだった。
刀を振ってみるが黒炎の勢いは弱まらない。
「仕方ない」
あまり魔力を消費したくないが四の五の言ってられない。
「……」
僕は意識を刀に集中させる。
自分を外界に同化させることをイメージするとこれまで見ていた景色とは異なり、色を失いそして無数の鎖があらゆる対象に巻き付いている世界が浮かび上がってくる。
神崎さんも黒炎も刀でさえも鎖が巻き付いている世界。
僕はこの鎖を因果の鎖と呼んでいる。
何かしら外的要因が起こるとその鎖が反応して様々な効果を及ぼすそれは、魔法使いや魔法に巻き付いている鎖は心なしか緩んでいるように見える。
僕は黒炎と刀を結びつけている一本の鎖に神経を集中させ、そして一気に斬り下ろしてそれを断ち切った。
「へえ、終焉の斬撃は使えるんだ」
神崎さんはニヤリと笑う。
「あらゆる魔法を切り裂き、無効化する終焉の斬撃の前には地獄に咲く向日葵も無意味か」
「つまり地獄に咲く向日葵は嫌な付随効果があるのか?」
僕の質問に神崎さんは頷いて。
「ええ、それに燃え移った対象は焼き尽くすまで消えることはない。しかもそれは私でさえ制御できないのよ」
一度打ち出せば止まらない魔法――地獄に咲く向日葵。
その魔法の凶悪性に僕は思わず斬った黒炎球の行方を追ってみると。
「安心して、ここの鍛錬場一帯に掛けられている特殊な防御魔法はたかが一学生の魔法に負けるわけはないわよ」
神崎さんの言う通り、壁にへばり付いていた黒炎はすぐに矮小化して消えた。
「……危険な魔法だな」
熱によって刀が変形していないか確かめながら呟く。
「こんな代物など一般生徒には使えないぞ」
「まあね、私も使うつもりはないし」
神崎さんはけろりと言う。
「この魔法を使用する相手は外。つまりあいつよ」
神崎さんが差すあいつというのは、先月に僕と神崎さんを叩きのめした外の魔法使い。
真っ黒なローブで顔を覆っていたので詳しい顔を覚えていないが、あの魔法使いが使っていた闇の不気味さは今でも印象に残っている。
「手も足も出なかった」
確かにあれは一方的にやられた。
彼が生み出した闇の前にはどんな攻撃も吸収され、終焉の斬撃で斬り裂こうともその圧倒的な物量の前に倒れ伏すしかなかった。
「あんな屈辱はもうごめんよ」
「神崎さん……」
僕はもう終わったこととして捉えているけど、神崎さんはまだ呪縛に囚われたままらしい。
「あの闇を焼き尽くす魔法。それを突き詰めていった結果がこの地獄に咲く向日葵なのよ」
一度くらい付いたら焼き尽くすまでその勢いを緩めることのない黒い炎。
そう考えてみると、確かに地獄に咲く向日葵はとても良い魔法だと考える。
「でもね、これでもまだまだ」
神崎さんは続ける。
「御神楽君はこの地獄に咲く向日葵を斬り続けてもらうわ。そして出来れば感想を教えてちょうだい」
「ちょっと待て、目的が変わっているぞ」
神崎さんの台詞に突っ込みを入れる僕。
「当初の目的は僕の無力さを分からせて退学に追い込むことだったのだろう? 聞いている限りだと目的が地獄に咲く向日葵の練習になっている気がするが」
すると神崎さんは笑いながら。
「ええ、そうよ。どうせなら私も利益があった方が良いじゃない?」
そんなことをのたまったので僕は呆れながら。
「もしかして神崎さんが突然協力的になったのは練習台を探していたからなのか?」
地獄に咲く向日葵の追加効果を防げる魔法使いなんて僕の知る限り風紀委員にはいない。
神崎さんのことだから他の委員から人を借りるような真似なんてしたくないことゆえにちょうど手頃な僕を選んだ気がする。
「さあね、どうでしょう」
イエスと取ってもおかしくない態度と表情に僕は閉口するしかない。
「……死んだらどうするんだよ」
魔力が切れて終焉の斬撃が放てなくなったにも拘らず、気分が乗って攻撃してくる神崎さんが容易に想像できた僕は恐怖に身震いした。