魔法使いの定義
「良い眼をしているわね」
神崎さんが嬉しそうに笑う。
「その腹が定まった人のみが発する光……好きよ、そういうの」
「上から目線だな」
「実際何もかも私の方が上だから問題ないじゃない」
嫌味を口にしたら反論しようもない正論が返ってきたので僕は黙りこむしかなかった。
「さて、時間が惜しいから手早く始めちゃいましょう」
神崎さんはそう言って首をコキリと鳴らす。
「御神楽君、私達魔法使いとその他一般人と比べて最大の違いは?」
「魔法――正式には因果法則で説明できない力を扱えること」
「正解。さすが学年五指に入る秀才ね」
「馬鹿にしているのか神崎さん」
基礎の基礎である当たり前のことを褒められた所で全く嬉しくない。
それどころか小学生扱いされた様に感じてむしろ不快だな。
が、神崎さんは笑いも侮蔑もせずに遠い眼をして。
「ええ、当たり前のことなのに何故うちの馬鹿達は理解しないんでしょうね」
「……そういえば風紀委員会は数ある委員会の中で、学力平均点のワーストを更新し続けていたな」
風紀委員はその特性上力が求められるので学力は二の次になっている。
まあ、学力が低いからと言って業務に差し支えは無いと考えていたのだが。
「たまに思うのよ。御神楽君が勉強を教えてあげられれば少しはましになって肩身の狭い思いをしなくても済むのではないかと」
風紀委員長となった神崎さんは他の委員長との折衝において苦労しているようだ。
「……頑張ってくれ」
風紀委員を辞めた僕にはそう励ますしか出来ることはないだろうな。
「話が逸れたわね」
コホンと咳払いをして空気を元に戻す神崎さん。
「さて、この因果法則では説明できない力。ブースターとなる媒体は人それぞれだけど、魔法の源となる力はどこからわき上がる?」
「感情」
僕は間もおかずに答える。
「正確に言えば感情の奥にある心の底から発する何かを魔力と定義されているよ」
自分には叶えたい欲求があるが、それは現実的に不可能な事柄があるとする。
そしてそれを認めた時に人は二通りの行動を取るとされる。
一つは諦めること。
自分には不可能だと認め、何か別の事柄に力を注いで不満を解消する。
そしてもう一つが認めつつも足掻くこと。
現実を直視しながらもそれに向かって手を伸ばそうとした人間が魔法使いになれるとされる。
その意味では五十代や六十代でも魔法使いになれる可能性は十分にあるけど、大抵は感情の揺れが激しい十代や二十代で魔法使いの素質が開花する。
「そう、私達魔法使いはどうしようもない現実に抗うからこそ魔法を使うことが出来る」
神崎さんは右手に炎球を出現させる。
燃焼するものが無いにも関わらず炎球は燃え続け、さらにそれを自在に操ることが出来るというのは、どんな法則でも当てはめることが出来ないだろう。
「私の魔力は悪に対する怒りから来ている。この世の全ての悪人を焼き尽くすまで私は止まらないわ」
悪を滅することが神崎さんの誓い。
悪に対して怒りを抱き続ける限り、神崎さんの炎は消えることが無い。
「さて。その魔力だけど、ある日突然パッと消えることがあるのよ。それは何でだと思う?」
神崎さんの質問に僕は肩を竦めながら。
「諦めたから」
魔法というのは現実に抗い続ける者のみ授かる力。
「世界はこんなものだと。自分一人ではどうにもならないと認めた瞬間、その人は魔法使いでなくなる」
「ええ、抗い続けることが魔法使いの第一条件なのよ。休むことなく弛むことなく、満足すらしてはいけない」
神崎さんの言葉に僕は同意とばかりに頷く。
「御神楽君、ここまで言えば私が何を言いたいのか理解できているわよね」
「つまり僕が魔力を失ったのは心のどこかで満足してしまったからだと?」
「そうよ、御神楽君。あなたは乱暴されそうになった私を救ったことで満足してしまったのよ」
神崎さんは首を振る。
「どうやって外の人間を呼び出しのか分からないけど、あの時の御神楽君は本当に嬉しそうだった。そう、例えるなら愛しい人を守り切れた夫というべきかしらね」
言いたいことは分かるが、もう少し言い方というものがあるだろう。
気恥ずかしさに頬をかこうとすると。
「あんた何喜んでんの?」
神崎さんの鋭い声音が僕の動作を止める。
「言っておくけどね。私はあの時死にたいぐらいの屈辱だったのよ」
その時の様子を思い出しているのか神崎さんはギリギリと歯を食いしばる。
「悪に負けてしまった上に情けをかけられた……しかも私のせいで御神楽君が魔力のほとんどを失ったのよ。あんたを見る度に私は己の未熟さを思い出してしまうのよ」
その言葉と同時に神崎さんの右手に漂っていた炎球に変化が現れ、真っ赤な色から血の様に暗く粘り付く炎へと変化する。
「……何だそれは?」
今まで見たこともない真っ赤な蒲公英に僕の表情が引き攣る。
「見るからに危険だということがヒシヒシと伝わってくるのだけど」
僕の勘が告げている。
あれは危険だと。
直撃どころか掠ることすら許されないと警鐘を鳴らしていた。
「地獄に咲く向日葵」
神崎さんは謳うように告げる。
「あれから新たに開発した魔法よ。その威力はその身で思い知って頂戴!」
その言葉と同時に神崎さんは新型魔法を僕に投げつけてきた。