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魔法学校の中の刀使い  作者: シェイフォン
1章 彷徨う者
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鍛錬室での出来事

 放課後。


 明日を続けられることを安堵した僕はいつものようにホッと一息を吐いて帰ろうと教室を出た時、見知った生徒が二人僕を待ち構えていた。


「風紀委員の橋本だ。御神楽、ついてこい」


「……呼び捨てか」


 そのぞんざいな口調を聞いた僕は苦笑するしかない。


 どうやらもう一人も僕に対する扱いに何も思わないようだ。


 以前はこの二人を含め、上級生からもさん付けだった態度を比べると悲しさを覚えて仕方ない。


「やれやれ、未だに未練を引きずっているということか」


 敬語とかお世辞とかはうっとおしいと思っていたのに、いざ無くなると寂しさを覚えてしまう。


「はあ、本当に最近は自分の嫌な所ばかりを発見する」


「御神楽! 変なことをブツブツ呟いていないでサッサと付いてこい!」


「はいはい……」


 橋本のどなり声に僕は肩を竦めた。




「お久しぶりというべきかしら?」


「どっちでも」


 神崎さんの挑発に僕は肩を首を振ることで返す。


 風紀委員から同行によって指定された場所に行くとそこには神崎さんが待ち構えていた。


 ここは風紀委員がよく使用する鍛錬室で、基本は体育館と似た作りになっている。


 違う所といえば壁や床などの耐久度か。


 魔法や武器を使用してでの戦いもあるため必然的にそれらの攻撃に耐えられる頑丈さが求められる。


 今、僕が携えている真剣の刀でさえ合板で出来た床や壁には傷一つ付けられないだろう。


「御神楽君、ここに呼ばれた意味は分かっているわね?」


「まあ、おおよそは」


 僕を案内した風紀委員は退場し、後に残るは僕と神崎さんのみ。


 臨戦態勢に入っている神崎さんの様子を見れば次に何が起こるかなんてすぐに予想できるだろう。


「神崎さん、言っておくが決闘の際は回復魔法を使える者が常駐させなければならないはずだが」


 力加減の難しい高校生の年代による決闘だと勢い余って相手を殺してしまう可能性も十分考えられる。ゆえに校則には決闘には必ず治癒が可能なものを立会人とすべしと決まっていた。


「今は決闘の前の最後通牒よ。そしてもし御神楽君が従わないのなら」


 そして神崎さんは右手に炎を出現させる。


 めらめらと燃え盛るそれは数メートル離れているここでさえ熱気を感じることが出来る。


「……真っ赤な蒲公英(リトルフレイム)


 久し振りに見た神崎さんの魔法に僕は冷や汗を垂らす。


 真っ赤な蒲公英は神崎さんが使用する魔法。


 今は野球の球ほどの大きさしかないが、その気になればサッカーボール級の大きさも出現させ、さらに連射や追尾も可能という汎用性の高い魔法だった。


「僕を殺す気か?」


 殺傷力の高い類の魔法を扱う神崎さんの様なタイプと戦う際において回復役がいないということは、下手すれば死んでしまう。


 昔はともかく、生きたがりということを自覚した今の僕に死は御免だった。


「御神楽君次第ね」


 ニッコリと神崎さんは笑う。


「御神楽君が夢宮学園を去ると誓うのなら何もしないで帰してあげるわ。けど、断ればどうなるか分かっているわよね」


 顔は笑顔を作っているものの、目は全く笑っていない。


 これは本気で言っているのだなと推測できる。


「ご期待に添えなくて残念だが僕には退学するという選択肢がない」


 学校を辞めれば勘当。


 他に頼る伝手もない僕にとっては学園を放り出されることは即死を意味していた。


「何言ってるのよ、親が本気で絶縁するわけがないでしょう」


 神崎さんは呆れ顔を作るが残念ながら本当だ。


 あの厳しい父は前言を翻すことは絶対にない。


 あそこまで明言した以上、退学したら必ず勘当するだろう。


 それこそどんな理由があってもだ。


「まあ、そこは家庭の事情という所で納得してくれると嬉しいな」


「……ふうん。家庭の事情は人それぞれだし、そういうことにしておきましょうか」


 驚くべきことに神崎さんはそれ以上聞いてくることは無かった。


 ふむ、つまり神崎さんも人とは違う家庭事情があるのかもしれないな。


 まあ、今はどうでも良いことだが。


「だから僕としてはこのまま帰らせてほし――」


 言い終わる前に神崎さんが高速で炎球を打ち出してきたので僕は首を傾ける。


「あなたに進級は無理よ」


 ユラリと神崎さんは手首を回し始める。


「魔力の大部分を失った今の御神楽君だと卒業どころか進級試験すら受かることが出来ない。留年することは分かり切っているのだから早い所見切りを付けて新しい道を模索した方が良いわよ」


「勝手なことを言う」


 僕は平坦な声音で返す。


「高校中退となった僕はどうなるのか。例え名門高校だったとしても中卒を雇ってくれる会社なんてありはしない。しかも両親に頼ることはできなく、退学した次の日には外で職を見つけなければ野たれ死にする状況だぞ」


「大丈夫よ、御神楽君なら何とかなるわ」


「まあ、所詮他人事だから何とでも言えるよね」


 神崎さんのあっけらかんとした言葉に皮肉を言う。


「神崎さんにとっては僕が邪魔で仕方ないんだろう。だから僕を眼の届かない場所に置こうとする。やれやれ、本当に勝手だ」


「そこは否定しないわ。しかし、それ以上に今のままだと御神楽君は本当にボロボロになって辞めることとなり、悲惨な人生を送る羽目になるわよ」


 だからまだ体力と精神力が残っている今学園を辞めなさい。


 と、神崎さんはそう締め括るのだが、僕ははいそうですかと頷くことが出来ない。


 それどころか理想論を唱える詐欺師を見ている気分になる。


「勝手なことを言う」


 僕は吐き捨てるように言う。


「神崎さんは恵まれているからそんなことを言えるのだろう。一度テレビで中卒の現実を見てみたらわか――」


「十分すぎるほど分かっているわよ」


 僕の言葉を遮り神崎さんは暗い声を出す。


「御神楽君、言っておくけどね。私は御神楽君が知っている以上の地獄を経験しているわよ。雑草を食べたこともあったし川の水で体を洗ったこともあった。なまじ裕福だったから本当にあの日々は堪えたわね」


「……」


 僕は神崎さんがどのような道を歩んできたかを知らない。


 神崎さんと接する機会は多く、その時にお互いの身の上話はするもののある時期の過去は決して口にしようとしなかった。


「学校を退学になったら生きていけない? はっ、だったら寮完備の仕事場に行けばいいじゃない。新聞配達でも良い、工場に勤務するのも良い。いい、御神楽君。その気になれば生きていく手段なんていくらでもあるのよ」


「だから勝手に決めるなと。僕はそんな道を歩みたくないし、何よりまだ希望があるから諦めるわけにはいかない」


「希望? 何寝言を言ってん、の!」


 その言葉と同時に神崎さんは真っ赤な蒲公英を投げつけて来る。


 僅か数メートルという至近距離と発射速度も相まり、常人なら目に負えないほど速く映ると思うが僕は造作もなく避ける。


「神崎さん、一応僕は御神楽一刀流を修める剣士だよ?」


 剣士として動体視力と反射神経を鍛える訓練はそれこそ幼い頃から叩き込まれている。


 だからあれぐらいの速度なら簡単に避けることが出来た。


「私、この決闘の立会人を務めます白川雪です。よろしくお願いします」


 扉の奥から回復魔法を使える風紀委員所属の生徒が立会に入ったことからここから先は言葉など無用なのだろう。


「御神楽君、刀を構えなさい」


 神崎さんは僕の左脇に携えている刀を指差す。


「最後の手向けよ。『魔力が残っているから大丈夫』……そんな妄想から御神楽君を解き放ってあげるわ」

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