食堂での出来事
「あんた、いつまでここにいるつもり?」
剣呑な眼つきのまま、底冷えのする声で言い放ってくるのは風紀委員長の神崎紅音。
「言っておくけど御神楽君の居場所はこの学園に存在しないの。悪いことは言わないから早く退学した方が良いわよ」
180cm近くある長身の彼女が腰に手を当てて見下ろす様は怖いものがある。
現在13時30分と昼休み真っ最中。
僕は夢宮学園に備え付けられている食堂でAセットを食べている最中、不意にそんな声をかけられた。
「アハハ、言ってくれるね」
かつてのライバル、そして密かに恋していた神崎さんからそんな弾劾を受けるのは地獄だ。
周りから感じる冷たい目線や風紀委員長といった立場とか関係なく、神崎紅音という人間から自分の存在を否定されるというのは心が折れそうになる。
「けど、悪いけど僕は夢宮学園の在籍条件を満たしているんだ」
風紀委員も辞めざるを得なくなるほど魔力失った僕だけど最低限の魔力だけは残っている。
だから辞めない。
いや、辞めるわけにはいかないというべきか。
父から夢宮学園を退学したら勘当すると言い渡されているんだ。
退学した後の進路も決まっていなく、まだ夢宮学園に在籍できるほどの魔力が残っている以上辞めるわけにはいかない。
「悪いね、それじゃあ僕は授業があるから先に失礼するよ」
そう言って僕は立ち上がり、お盆を持って棚へと向かう。
まだ半分も食べていなく、まだ惜しいと感じているけどこれ以上ここにいて食堂の雰囲気を悪くしても仕方ないだろう。
おかしいな、確か神崎さんは今日食堂を利用しない曜日だったはずだけど。
神崎さんと出くわさないよう気を使って行動していたのにそれが失敗して首を捻る。
「まあ、単なる気まぐれにしておこうか」
確率は絶対でない。
こういうこともたまにはあるさ。
「おばちゃん、御馳走様」
僕はそう納得させて食べかけのランチを食堂のおばちゃんに渡す。
「あらら、勿体無いわねえ」
確かにまだ半分も残っている以上、作った側とすればそんな感想を抱いても仕方ないのだけど。
「まあ、あの空気で全部食べなさいというのは酷だから目を瞑ろうかしらね」
あの時僕を見つめる視線は大きく分けて3つ。
1つ目は神崎さんと同調して僕を非難する視線。
2つ目は憐れみを込めて僕を見つめる同情の視線。
そして3つ目が興味津々の好奇心に満ちた視線。
それらの視線に晒され、針の筵の様な状況で食べられるのは余程の大物かそれとも空気の読めない馬鹿か。
残念ながら僕はどちらでもないので食器を下げざるを得なかった。
「しかし、神崎さんにも困ったもんだねえ」
おばちゃんは腕組みして不満を述べる。
「かつては二人とも良い仲だったのに今では冷たい関係。端から見ててやりきれないよ」
確かに一年の頃は風紀委員のエースの座を掛けてよく勝負していた。
お互いの信条は違うものの、その実力は目を見張るものがあったので決闘以外でも口喧嘩が絶えなかったよな。
まあ、今となっては懐かしい思い出の一つになっているけどね。
「それは仕方ないと思うよ」
僕は神崎さんを擁護する。
「僕が魔力のほとんどを失った原因は神崎さん自身が一番よく分かっている。だからこそ僕に辛く当たるんだよ」
神崎さんは僕が見下され、貶されている様子を見たくないんだろうな。
僕でも神崎さんと立場が入れ替わったら同じことをすると思う。
何せ落ちぶれた神崎さんを見るたびに己の不甲斐無さを責められている様に感じるからね。
「まあ、いくら神崎さんでも僕を退学にすることは出来ないから大丈夫かな」
僕はそう言って笑う。
心の底では笑える心境で無かったがそれでも笑わなければならない。
一旦弱音を吐くとそこからどんどん落ちていってしまうから。
「それじゃあ、御馳走様」
僕はそうお礼を言って食堂から離れる。
おばちゃんも気付いているだろうけど、僕は後ろから睨み殺さんばかりの冷たい視線をぶつけてくる神崎さんから逃れたかった。
「絶対に辞めさせるから」
神崎さんの後ろを通る最中、そんな平坦な声音を呟かれた気がした。
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