過去の自分
「用意は良いですか?」
試験官の言葉に僕は頷く。
進級試験は扉を含めて全て鏡張りの特別教室で行われるせいか、万華鏡の世界へ迷い込んだような錯覚に囚われてしまう。
「申し遅れましたね。私の名は宮坂桜、特級指定魔法使いです」
ゆったりとした中世風ローブに身を包んだ二十八歳前後の女性はそうお辞儀をする。
特級指定魔法使いとは、数ある魔法の中でも特に有用だと判断された魔法を扱える魔法使いのことを指す。
これ一つ持っていれば食べていくことができるので、この資格を習得することは魔法使いにとって目標にもなっていた。
「そんなに固くなる必要はないですよ」
僕の緊張を解すためか宮坂先生は柔らかい声音でそう尋ねてくる。
「あくまで自然体。ここまでくれば背伸びしても仕方ないのですから、深呼吸をして落ち着いて下さい」
「分かりました」
実際は固くなっていないと思っていたのだが、宮坂先生から見れば僕はガチガチだったようだ。
まあ、深呼吸をしたところで減るものはないから、ここは大人しく従っておこうかな。
「さて、今回の進級試験について説明します。もしこれで不合格ならば御神楽さんは進退をどうするか決めることになります」
それはつまり別の魔法養成高校へ転校するか、それとも留年するかどちらかを決めろということだろう。
ハッキリと明言しないのは余計なプレッシャーを与えないためだけど、僕としては白黒つけてくれた方がありがたいのだけどな。
むしろその方がやる気は出るし。
そんなことを考えている間に宮坂先生は懐から一枚の写真を取り出す。
「懐かしい思い出」
宮坂先生は続ける。
「私は写真を媒体とする魔法使いです。これは去年の御神楽さんが写っている写真ですが、私は当時の御神楽さんを出現させることができます。進級試験は簡単、口でも魔法でも力でも何でも使って過去の自分を打ち破って下さい」
これが進級試験。
週末試験が結果を見るのなら進級試験は成長具合を見る。
去年の自分と比べ、弱くなっているようなら進級試験に合格はできない。
まあ、普通に日々の課題にヒーヒー言いつつもなんとかクリアしている一般生徒ならまず落ちない。
この試験に引っかかる生徒は僕の様な特殊な事情持ちか、それとも己の才に物を言わせている一部の連中。
なのでこの時期になってピリピリし始めるのは天才タイプの生徒である。
「なお、武力で訴えて返り討ちにあい、その傷が元で亡くなったり後遺症を遺したとしても学園側は一切責任を負いませんのでそのつもりで」
「ああ、構わない」
僕の答えに宮坂先生は一つ頷いた後に手に持った写真を掲げて。
「では、御神楽圭一の進級試験を始めます」
その言葉と同時に宮坂先生が持っている写真が光り、次の瞬間には宮迫先生が立っていた場所に去年の僕がいた。
「身長変わっていないな」
開口一番去年の僕がそう述べる。
「少しは伸びてほしいと願っていたのだけど無駄になったか」
去年の自分だと分かっていてもこの発言はイラッとくる。
もう少し言い方というものがあるだろう、去年の僕よ。
「しかし、一年後の自分を見て思った感想は……」
ここで去年の僕は区切って上を向いた後。
「壮絶な経験をしたそうだね」
苦笑しながらそんなことを述べる去年の僕。
直感の鋭さに舌を巻く。
「その通りだよ」
僕は返答としてニヒルに笑いながら。
「魔力を失い、そして自分の魔力の根源に気付いて絶望した」
「僕の魔力の根源が分かったんだ」
どうしてそんなに無邪気な笑みを浮かべることができるのだろうか。
まあ、何も知らないだろうから当然か。
「ああ、僕は群れてはダメみたいだ。一匹狼として絆を断ち切り続ける限り僕の魔力は尽きない」
僕は一つ息を吸って低い声音でそう述べるのだけど。
「生涯孤高か、自分のことながら壮絶だね」
まるで他人事といわんばかりの態度を取ってきた。
僕としてはその態度に言いたいことが山ほどあったが、続きを聞いて欲しかったので先に進める。
「まさかこんな事実が出てくるとは知らなかった」
他の皆がやっているように、仲間と共にワイワイやって過ごしたかったのだけけど、それはもはや叶わぬ願いとなった。
少なくとも魔法使いであり続ける限り、僕は孤独の道を進まなければならない。
「辛そうだね」
僕の心境を察知したのかそう尋ねてくる去年の僕。
「そんなに苦しいのなら諦めるのはどうかな」
「……何?」
以外な言葉に片眉を上げると。
「つまり学園を辞めろと?」
「うん」
あっけらかんと去年の僕は頷いた。
「だってさ、僕ならどうなっても生きていけると思う」
その根拠のない自信は何処から沸いてくるのか。
自分ながら呆れてしまう。
「どうやって生きていくつもりだ?」
確認のためそう話しを振ると去年の僕は頭を掻きながら。
「さあ? でも生きるだけならどうにかなるだろう」
と、酷く楽天的な答えが返ってきた。
去年の僕は目に浮かぶ光から本心で言ったわけではない。
ただ、どうでも良いから投げやりな解決法を答えただけだ。
未来の自分にさえこのような態度。
他人に対し、どれだけ酷い言葉を投げつけたのか容易に予想が付いた。
ああ、僕って奴は最低な人間だったんだな。
今、この時になって始めて理解した。
「剣を取れ」
僕は腰に差してある刀を抜きながら命令する。
自分のことながら叩きのめしてやらないと気が済まない。
「今、去年の僕を打倒すことで過去の自分との決別する」
これからの自分に対する戒めの意味も込めて斬り捨てる。
「うん、分かった」
僕の壮絶な決意感じても去年の僕はあっけらかんとした表情で了承する。
「一度自分と戦ってみたかったんだ。いやあ、心が躍るね」
なるほどね。
過去僕に挑んできた者が諦めていった理由がよく分かる。
ここまで貶され、そして完膚無きまでに敗北すればまた挑もうとする気なんて起きないだろう。
己の嫌な部分から目を背けたい衝動に囚われながら僕は刀を振り上げた。
次話で第一章が終わりです。
かなりグダグダになりましたが、私は全話において全力で執筆していたことを追記します。