決意
魔力は生命エネルギーと置き換えることができる。
やりたいことをやっていれば魔力は増大し、逆にやりたくないことならば減少する。
そのため自分がやりたいことを見つけることは魔法使いにとって最重要事項ゆえに、そういった資料やカウンセラーも一流ものを揃えていた。
例えば図書館。
夢宮学園は建物丸ごと一つを図書館としている。
夢宮学園において最も金を掛けた施設と噂されている図書館は、真実だと証明するかのように高さ五階地下三階と壮大な造りとなっており、そして内装も生徒にとって心地よい印象を与えることを念頭に置かれてあるだけあって、中は吹き抜けとスタンドガラスによって日中は光など必要なかった。
僕は生徒証をかざして図書館に入り、今週の新刊コーナーへと足を運ぶ。
新刊と言ってもほとんどが自己啓発ものなのは学園の性質上仕方のないことだろう。
しかし、宗教本は勘弁してもらいたい。
風紀委員時代、それらに感化された生徒による暴走を止めるのは普段より骨が折れたのを覚えている。
殉教者となった魔法使いの恐ろしさを思い知らされたよ。
「……やはりピンとこないか」
最後の本をパラパラと捲った僕はそんなため息を漏らす。
「今日こそ自分の心に響く本が見つかるかと思ってたんだけどなあ」
スランプに陥った生徒が元の調子を取り戻すのに一役買っているのが本。
フィクション、ノンフィクション問わず心を動かす物語は新たな道を示してくれる。
今まで進んでいた道が閉ざされたり終わってしまった場合、本の中に書かれてあることは何よりの指針となる。
僕が良いと思った物語の共通している点は、登場人物がもがき苦しみながらも前に進もうとしている姿勢かな。
今の僕にぴったりだ。
手を差し伸べる人を待っている者が助けられるなんてありえない。
もがき苦しみながらも努力し続けた者のみが救われる。
「……なにナルシストになっているんだか」
いつの間にか『俺かっこいい』に陥っていた自分を嗤う。
努力を自慢する者を軽蔑していたのに、いつのまにか自分がそれになっていた。
「やれやれ、今日もまた本漁りでもするか」
もしかすると自分を奮い立たせる本は既存の本の中にあるのかもしれない。
だから僕は一階の閲覧場所から離れ、二階の一般書コーナーへと向かった。
「あら、御神楽さんではありませんか?」
とりあえず目に止まった本を開く作業中に後ろからそんな声が掛けられる。
「ああ、白川先輩ですか。どうしました?」
振り返った先には両手に大量の本を抱えた白川先輩が立っていた。
「凄い本の量ですね、どうしたんですか?」
非力な白川先輩がそんなにも本を抱えていることもそうだけど、それ以上に白川先輩が何故本を大量に必要しているかが分からない。
僕の記憶では白川先輩に読書趣味はなかったはずだ。
「ああ、これですか。実は風紀委員会内で勉強会を開くんです」
白川先輩がはにかみながらそう答える。
確かに白川先輩が抱えている本は参考書の類ばかりだった。
「勉強会ですか?」
「はい、少しばかり風紀委員内の学力が疎かになってきましたので、テコ入れが必要だと神崎さんと話し合いました」
「あ~、そうですか」
委員会所属の生徒が持つ特権の一つに、委員は週末テストの結果によって退学しなくても問題ないので、一般生徒のように必死で勉強する必要がない。
しかし、だからといって全く勉強しなくても良いはずがなく、それらのしわ寄せは各々の委員長からくる。
噂によると毎週行われる委員長による会議の中で各委員会の平均点が公表されているとか。
委員長の面子からなのか、厳しいところによっては八十点以上でなければ委員会に所属とみなされないとする委員会もあった。
「手伝いましょうか」
僕は白川さんにそう提案する。
「これだけの本を一人で運ぶのは大変でしょう。なので近くまで運びますよ」
何をされるかわからないので、風紀委員会の教室に入るわけにはいかない。
なので僕は譲歩案を出したのだけど、白川先輩は首を振って。
「いいえ、これは私の仕事なので私一人にさせて下さい」
にこやかにそう答えるが、それは断固たる拒絶。
白川先輩が頑固なのは風紀委員内で知れ渡っていた。
「そうですか、出過ぎた真似をして失礼しました」
なので僕は頭を下げて謝罪すると。
「いいえ、御神楽さんのそのお気持ちだけで十分です」
打てば響くような答えを返してきた。
「御神楽さんは必ず復活しますよ」
去り際にそう言い含める白川先輩。
「魔力の全てを失ったではなく、ほとんど失ったですから望みは十分にあります」
「ありがとうございます」
白川先輩の言葉が嬉しかったので僕は心からお礼を口にしたのだけど。
「もし、望むのならば御神楽さんがまた風紀委員で活躍することを願っています」
続く言葉で笑顔が引き攣ってしまった。
「白川先輩、申し訳ありませんが僕はもう風紀委員には戻りませんよ」
白川先輩の後ろ姿に向けて僕は小さく呟く。
魔力を失い、凡人以下になり下がったとたんこの仕打ち。
神崎さんは仕方がないにしても、他の委員の豹変は僕の考えを変えるのには十分だった。
「少なくとも自分以外の何かに頼ることはもうありません」
風紀委員という学園はおろか学外でさえ一目置かれている組織でもこの有様。
結局、己の身は己で守るしかないことを痛感させられた。